第2話 殺人柿の攻撃

 天高く馬肥ゆる秋、という表現がぴったりな、清々しい秋晴れの日が数日間続いていた。

 この言葉は元々、敵襲への警戒を促す言葉であった。中国の北辺に暮らす人々にとって、秋というのは匈奴をはじめとする騎馬民族の来寇に悩まされる季節である。夏から秋の間に草を食んで馬が肥えると、その馬に跨った北方騎馬民族たちが中国に侵入して略奪を働くのだ。

 とはいえ、それは過去の中国の話であり、現代の日本人には全く関わり合いのない事情でしかない。日本人にとって秋というのは、夏の暑さにも冬の寒さにも、春の花粉にも苦しめられない過ごしやすい季節なのである。


 だが、この秋、誰もが予想だにしなかった敵が密かに牙を研いでいるのであった。


***


 「よう兄ちゃん、悪いけどさ、カネ貸してくんねぇ?」


 街路樹の下で三人の男が一人の少年の前に立ち塞がり、ドスを利かせた声で言い放った。如何にも不良じみたガラの悪そうな男が、三人がかりで小柄でひ弱そうな少年に金をせびる。典型的なカツアゲというものであろう。

 すっかり怯えきった少年が、懐から財布を取り出した、まさにその時である。


「皆サン、お金の入用ですか?」


 そう言いながら、少年の後方から人が歩いてきた。黒い中折れハットを被り、黒い燕尾服を着た金髪の人物は、碧い瞳で三人の顔を順繰りに眺めた。その目つきは、眺めるというより睨みつけたと言った方が正確な表現である。


「な、何だお前……?」

「お金、欲しいですか? ワタシの知り合いの住む島ではホホジロサメを捕まえると一万ドルの賞金が出るらしいですよ。挑んでみてはいかがでしょう」

「サメだぁ? おいテメェ舐めてんのか!」


 三人は突如乱入してきたこの人物をまじまじと眺めた。体躯は華奢で、腰まで伸びた金色の長髪をしている。顔立ちは美人そのもので、声を聞かなければ女性であると思ったかも知れない。

 恐らく、その見た目で弱そうだと思ったのだろう。三人の意志は固まった。


 ――拳でねじ伏せてやろう。


 左にいた一人の男が、拳を固めて殴り掛かった。見たところ相手は外人のようだが、それだけだ。どう見ても強そうには見えない――そう思ったのは、この男も、他の二人も同じであった。

 拳を避けられ、腕を掴まれて投げられる、その時までは。


「ケン!」

「やんのかテメェ! オカマのくせによぉ!」


 立て続けに、他の二人が殴り掛かってくる。喧嘩拳法とも言うべき、型も何もない力任せな拳の振るい方であった。無駄の多すぎるその動きを、この金髪の青年は完璧に見切っていた。青年は殴り掛かってくる男たちをいなし、順番に腕を掴んで放り投げた。


「口ほどにもありません。この間戦ったサメの方がずっと強敵でしたね」 

「何だこいつ……めちゃくちゃつえぇ……」


 三人は尻尾を撒いてという表現がぴったりなほどに、情けなく逃げていった。


「あ、あの、ありがとうございます」

「あれぐらいポンッとしてパッパッパですよ」


 助けられた少年は、金髪の青年と並んで歩きながらおずおずと礼を述べた。恐怖によって固められた少年の表情筋は、徐々に緩んできていた。


「キミは彼らよりもずっと強いですよ」

「な、何で?」


 少年は首を傾げた。言っている意味が分からない、とでもいった風に。 


「ちゃんとお礼ができるんですから」


 金髪の青年はそう返すと、少年に対してにっこりと微笑みかけた。

 

***


 その頃、突如乱入した青年に返り討ちにされた三人の不良は、うの体で高架下まで落ち延びていた。


「やべぇ……何なんだあいつ……」

「あんなほっそい腕で……バケモンかよ……」

 

 三人とも喧嘩慣れしており、腕っぷしには自信があった。だからこそ、あんな華奢な、それも女のような見た目の男一人にあっさり返り討ちにされたことが未だに信じられなかった。恐れからか、三人の体は小刻みにがたがた震えている。

 その時、三人の内の一人の、頬に傷のある男が、自分たちの方へと近づいてくる丸くて小さい物体を発見した。


「何だあれ……?」


 最初はネズミか何かかと思ったが、こんな鮮やかなオレンジ色をしたネズミなどいようはずもない。しかも近づいてくるそれは、一匹ではなかった。十……いやそれ以上の何かが、徒党を組んで接近してきている。

 目を凝らして見てみると、ようやくそれの正体に気がついた。


「か……柿か?」


 よく熟したオレンジ色の柿の実が、ころころと転がってきている。風もなく、傾斜のある地面でもないのに、まるで坂道のように転がってきているのだった。


「おい、柿がどうした」

「柿が転がってきてる……風もないのに……」

「おいバカなこと……本当だ……」

 

 他の二人も、ようやく柿の実に気づいた。その時、その内の一つが、跳躍するかのように飛びかかってきた。


「いてぇ!」


 柿には、真っ白い牙がびっしりと生えていた。柿を発見した男は、顔面に飛び込んできた柿に鼻っ面を思いっきり噛まれてしまった。


「こいつら、バケモンだ!」

「うわぁ! ホンモノのバケモンが出たぁ!」


 柿たちは白い牙をむき、一斉に不良たちに飛びかかった。


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