第7話 悪役令嬢のおつとめです

少しだけ長めの話です。

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 ふむ…私は計画書を読み返していた。

 もちろん完璧な役割をこなすためである。

 ヒロインさんとは既に談合済みなのよ。


 腹黒王子ルートを回避するためならなんだってするわ!


 大先輩方の悪役令嬢様たちに習って、私も悪役を立派に務めあげなければ!と、使命感に打ち震えていた。

 あ、もちろん処刑とかのデッドエンドは回避でおねしゃす!






「私がこのゲームのヒロインよ!」


 転校してきた初日にそう話しかけられた私は最初、この人頭大丈夫? 言ってることが分からないわ! と思って、逃げようとした。

 しかし、凄い勢いで迫ってきたヒロインさんは、私がゲームの悪役令嬢なのだと断言した。

 私の過去や婚約者の王子のことや、誰も知らないはずの秘密まで事細かに知っていた彼女の話を聞かない選択肢はなかった。


「私はあなたの悲惨な運命も知ってるの!」


 悲惨な運命と聞いて、無視できないでしょ?

 そこを詳しく! と、色々聞いてみれば…ヒロインさんは思ったよりいい人で。

 しかも王子が最推しとかでベタ惚れしているらしい。

 どちらかと言うと社交も男性も苦手な私は将来の王妃という立場には全く興味がなかったため、自分が王子と婚約したいから婚約破棄に協力してくれと真っ正直に告げられた私は、二つ返事で了承した。

 私のような人間はヒロインさんの国では『ニート』と呼ばれるらしい。

 しかも…ヒロインさんが王子ルートを選択してハッピーエンドにならなければ、私は処刑されてしまうらしい!


 こわっ! 何、そのそら恐ろしい未来視は!?


 ヒロインさん言うには、私が婚約破棄をして彼女が王子とハッピーエンドになれば我が伯爵家は王都を追放されるものの、辺境にある領地でのんびりと暮らせるようになるらしかった。王子の新たな婚約者となった彼女がそう進言してくれるらしい。

 スローライフバンザイ!

 我が家には現在有り余るほどの財産があるから、お父様が働かなくても暮らしていけるわね!

 学校にも行かなくてもいいなら引きこもり放題!


 更にそのゲームにやたら詳しいヒロインさんは、色々なイベントとやらを細かく覚えていて、その予知を教えてくれた。


 私は王子の婚約者として、王子に優しくされる彼女に嫉妬していじめ抜くらしいのだ。

 

 トイレでバケツの水を被せたり。

 中庭で取り巻きと酷い侮辱の言葉を投げつけたり。

 試験前に教科書を破いて燃やしたり。

 王妃様に招かれたお茶会で彼女のドレスにお茶をかけて貶めたり。

 体育倉庫に閉じこめたり。

 階段から突き落としたり。


 とにかく酷いいじめをしまくった私は学校の卒業式後のプロムで断罪イベントと言う名の糾弾を受けるらしい。


 私は彼女の言葉に愕然となった…私がそんな酷いことをする人間になってしまうとは情けなくて涙が出てしまう。


「とにかく、あなたにその気がなくてもいずれ強制力が働いてそうなってしまうのよ」


と、ヒロインさんは恐ろしいことを言った。


「だからこのまま放っておいてもいいんだけど…もしあなたがゲームと違う行動をしてしまうとあなたには悲惨な未来が待ち受けてることになるの! だから私が協力してあげるわ!」


 私は涙ながらに彼女の両手を握り、その慈悲深さに深く感謝の意を表した。

 彼女曰く、私にとって一番安心安全なのが王子ルートのハッピーエンドらしい。それ以外のルートではお家取り潰しやら財産没収の上国外追放、極めつけに処刑までされる未来まであるらしい。

 私は震えが止まらなかった…たかがと言ってはいけないが学校でいじめただけで処刑されることになってしまうなんて!

 ヒロインさんが言うことには、私の婚約者である王子は優しい仮面を被った腹黒王子との事で、裏から手を回してしまえばそんなことは朝飯前らしい。

 腹黒王子怖い…。

 私は未だ知ることのなかった婚約者の裏の顔を聞かされて心底恐怖した。

 そして同時に、そんな恐ろしい王子の怒りを買ったら、辺境の地に逃げたとしても追い詰められそうでガクブル──けれどそこはベタ惚れさせたヒロインさんが何とかしてくれるとの事だったので安心した。


 そんなにも恐ろしい方と将来の約束をしてただなんて…貴族にとってある程度の政略結婚は当然だから今までは特に彼の性格に興味もなかったけれど、彼女の話を聞いてしまうと私と結婚したとしても大事にして貰えるとは到底思えない。

 そんな腹黒王子を引き受けてくれるという彼女に私は本当に感謝の念しか無かった。

 それから私は空き時間を使って彼女と綿密に断罪イベントへ向けての計画を練って、私はそれらを密かに決行した。

 ちょっと面倒臭いのは、それらを必ず目撃者のいるところでしなければならないと言うことだけれども、何とかやり遂げた。


 トイレでは予め隣同士の個室に入って、誰かが来た気配でヒロインさんにバケツの水を被せた。もちろん彼女には事前に乾いたタオルと着替えを用意しておいた。ずぶ濡れで帰宅したら風邪をひいてしまうことだろう。


 中庭で取り巻きと酷い侮辱の言葉を投げつける際には割と苦労したが…何しろ私の友だちは類は友を呼ぶというように、悪口なんてとても口に出せないような引っ込み思案な人が多かったので、新しい友だちを作らなければならず、その過程で少々手こずったのだ。しかし、演劇倶楽部の方に悪役の心理の研究という名目でサクラの取り巻きを演じてもらうことに落ち着き、私はイベントを完遂した。


 試験前に教科書を破いて燃やしたりするのは被害者である彼女が協力してくれれば簡単だった。もちろん勉強に支障が出たら申し訳ないので新しい教科書は予め注文しておき、翌日には届く手筈になっていた。


 一番苦労したのは王妃様のお茶会で彼女が粗相したように見せかけてドレスにお茶をかけて貶めることだった。王妃様のお茶会で粗相をするなんて何かの罰を与えられてしまうかもしれない。細心の注意を払って任務を遂行することになった。結果、大勢の前で私がワザと手を当てて彼女のカップをひっくり返すことに成功した。シミヌケールという最高級の染み抜きの薬を送っておいたから、お茶のかかったドレスも無事だと思う。


 体育倉庫に閉じこめる際には、王子と二人でという注文がついたため、少々難航すると思われたけれど…王子が私の呼び出しに素直に応じたため、無事イベントを終えることが出来た。朝まで閉じ込めるなんて本当に申し訳なかったので、彼女には何か緊急の事態があった時に連絡できるようにと予め連絡用の魔石を手渡しておいた。突然気分が悪くなったりしたら大変ですものね!


 階段から突き落とすと彼女が怪我をしてしまいそうで、正直抵抗があったものの、階下に高飛び用のマットレスを運ぶ人が通りがかるという仕込みをしたので、怪我人が出ることなく終えることができた。彼女の落ちっぷりも見事で、逃げなければならないのに思わず見とれてしまったのは失策だったけれども。


「これで断罪イベントのフラグを全部回収できたわ!」


 王子との仲を進展させるイベントとやらも順調に進んでいるらしい。それは僥倖だ。

 優しいヒロインさんが嬉しそうにしていたので、私も嬉しい。

 ありがとう! 私のために身代わりになってくれて!

 何とお礼を言っていいか!




 そして迎えたプロム当日。

 私はヒロインさんに言われた通り、一人で会場へ向かった。

 王子からエスコートの申し込みがあったけれど、随分前にお断りしている。ヒロインさんが言うには、婚約者としての体裁を保つために申し込みはするものの、ドタキャンされるとの事だったので、それなら最初から不要だと断りを入れたのだ。

 エスコートなしで会場へ向かう私に侍女が物凄く心配そうな表情を向けていたが…。


 心配かけてごめんね…でも、私が処刑エンドなんかになったらあなたたちも路頭に迷ってしまう。

 そうさせない為の今日なのよ!


 私は自分に言い聞かせながら、侍女を宥めた。





「伯爵令嬢! あなたを断罪します!」


 そして私が学校でほとんど会話したことの無い人々によって断罪劇は始まった。学校なのに断罪ってちょっと笑っちゃうけれど、これは私の一生を左右するイベントなのだと思うと身が引き締まる思いだった。

 次々に現れる証人によって、私のいじめが赤裸々に語られる。


 悪意を持ってトイレでバケツの水を被せたり。

 中庭で取り巻きと酷い侮辱の言葉を投げつけたり。

 試験前に教科書を破いて燃やしたり。

 王妃様に招かれたお茶会で彼女のドレスにお茶をかけて貶めたり。

 体育倉庫に閉じこめたり。

 階段から突き落としたり。


 あらゆる場面での目撃者も当然いる。

 ヒロインさんは大女優ばりの泣き顔を披露して、私にいかにいじめられて辛い日々を送っていたかということを切々と訴え、プロムの参加者たちは皆涙目になっていた。あの才能は凄い! きっと舞台女優になっても生きていけたに違いない。

 私も青ざめているフリを上手くできればいいなぁと思いながら、並べ立てられた罪状に心の中でうんうんと頷いていたが、根は小心者なので本当はかなり心臓がバクバクしていた。


 罪状が書き連ねてあるに違いない紙の束を誰かから受け取り、私に突きつける彼。


「ここに挙げられた事柄を認めるな?」


 うんうん。


「金輪際彼女には関わるな」


 うんうん。

 彼女とはお友だちというか戦友になった気分だったので少し寂しいけれど、平和な未来のためには仕方がない。


「もう学校も来なくていい」


 うんうん。

 学校にも来なくていいなんて! 嬉しい!

 いや、嬉しい表情はまだ出してはいけない。

 私はギリギリと唇をかみ締めた。


「今すぐこの場から立ち去りなさい」


 冷たく言い放たれ、私は悔し紛れに吐き捨てるように言った。


「覚えてなさいよ!」


 いや、覚えてなくてもいいけど!

 むしろ私のことは忘れてキャッキャウフフの甘い日々をお過ごしください!


 私は怒りの表情を浮かべたまま、まだ薄寒い外へ踏み出し、会場を後にした。

 初めてやったけど演技って意外と楽しいわ!


 そして敷地外で待つように手配しておいた我が家の馬車に向かって歩き出した。


「さあ、愛しの我が家へ帰りましょう!」


 馬車に乗り込んだ私が肩の荷をおろしそう言うと…


「帰さないよ?」

「ひいいぃぃぃっ!」


 侍女が待っていると思った馬車の中で私に凍りつくような笑みを浮かべたのは、さっきまで会場にいたはずの王子その人だった。


「さぁ、今から城へ行って結婚式を挙げようか」


 はっ?!


「王子妃となる君はもう学校へ行かなくていいし、家にも変える必要は無い。明日から妃教育を受けるのだから」

「どうして…」


 声が掠れたのが分かった。喉がカラカラだ。


「私にバレないとでも思ったのかい? 君もあの娘も私のことを見くびりすぎだよね? 私は気に入ったものは手に入れないと気が済まない性分なんでね。君には悪いけれど、このまま城へ行ってこの婚姻証明書にサインをしてもらうよ。ご両親のサインは既に貰ってるから心配しなくていいよ。まぁ、ある意味君たちの言う腹黒王子はピッタリな二つ名かもしれないが」


 ぎゃああああ!


 バレてる! 腹黒王子呼ばわりもバレてる!

 背中をつうっと嫌な汗が伝ったのは気のせいではないはず。

 王子は私の目の前で何かの用紙をプラプラさせる。

 さっき会場で私に突きつけた悪事を書き連ねた紙かしら?


「書類はよく読もうね?」

「はぁ…」


 私がそれを受け取ってよく見てみるとそこには『婚姻証明書』と記されてあった。


「ひいいぃぃぃ」

「さっき認めるかって言われて頷いたものね? 証人は沢山いるから言い逃れはできないよ?」

「でもっ! でもっ! さっきのは私の罪を糾弾する為の罪状が書いてある報告書だったのでは?!」

「いいや」

「金輪際彼女には関わるなと仰っていましたよね?!」

「それは彼女にね。君に言ったのではない」

「へっ?! で…でも! 私を断罪するって言って!」

「その、断罪を仕切っていた彼らの顔に覚えはないのかな?」

「見覚えなんて…あ…」

「彼らは君が協力を頼んだ演劇倶楽部の方々だよね? 今宵は私の一風変わったプロポーズに協力してくれたことになっている」


 王子は笑いを堪えるようにずっと肩を小刻みに震わせていた。


「わ…」


 私の渾身の演技が…。

 もう何を口にしても無駄だとは悟りつつもしゃべり続けるのをやめることはできなかった。


「で…ですが! 王子はヒロインさんにベタ惚れしていたのでは…」

「ヒロインさん? あの娘のことだよね? そんな事実はないよ。そのことに関してはなんなら証人を呼んでもいい。彼女とは言葉を交わしたことさえない」

「えぇぇ…」

「彼女と会う時は必ず他の者がそばにいたしね。私は彼女の一方的な話を聞いていただけだけど?」

「でも、あの…体育倉庫に一晩閉じ込められてより一層親密になったのでは…」

「腹黒王子の私がそんなミスをすると思うかい?」

「い…ぃぃぇ…」


 今ならよく分かる。この王子がそんな失策を冒すことなど有り得ないことが。


「まぁ…君も彼女と話をしていて楽しそうだったし少しのことは目を瞑ろうと思っていたのだけれどね。体育倉庫には君が呼び出してくれたのだし。それなのに好きでもない相手と閉じ込めるなんて酷いと思わないかい?」

「は…はい、酷いと思います…本当にごめんなさいっ! でもどうやって…」


 既に私は泣きそうだったが、倉庫の顛末は気になる。

 倉庫は確かに外から鍵を下ろしたのだ。中から開くはずがない。


「私は王子だからね。常時護衛がついてる」

「あ…」


 そう言われればそうである。学校内とは言え王子に一人も護衛がついていない状態はありえない。


「さて、今度は私が閉じ込める番だよね。城からは出してあげられないから覚悟してね? でも、ニート志望の君にはピッタリかもしれないよね?」


 覗き込むと共に彼の瞳がすうっと細められた。




 か…監禁エンド…。

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