第6話 608番目の勇者

 人には変えられない運命というものがある。

 俺は生まれた時から勇者になる運命だった。

 この国では生まれた時から勇者やその仲間というのが分かるようになっているらしい。

 なんでも勇者やその仲間は保有する魔力の量が桁違いなのだそうだ。

 勇者の魔力を授かった俺たちは村から王都へと連れてこられ、幼い頃から勇者としての厳しい訓練が施される。それは血のにじむような訓練と努力の日々だった。


「カイン、ボーッとしちゃってどうしたの?」


 これは幼なじみのサーシャ。同じ日に同じ村で勇者の仲間になるべく生まれた女の子だ。彼女には魔術の才能があり、共に切磋琢磨し合ってここまで来た。


「いよいよだからな、カインと言えども緊張してるんだろ」


 これは武闘家のアレン。貴族の三男で王都生まれのお坊ちゃまだ。真面目な性格の彼はそれを言うと嫌がるが。


「微力ですがお役に立てるよう頑張ります」


 控えめに、けれど力強く呟いたのはリリアンナ。彼女は幼い頃に魔物の襲撃で両親を亡くしているが、その辛さをバネにして教会で学び勇者の仲間となるべく聖職者になった。


「くぅー腕が鳴るぜ! 早く魔物をビシバシとやっつけてぇなー!」


 軽い口調で言ったのは戦士のコーダ。根っからのお調子者だが、仲間がピンチの時は文字通りその身体を盾にして仲間を庇ってくれる熱いやつだ。


 俺たちはたくさんの人達に見送られて王都を旅立った。六百八番目の勇者として、魔王を倒す旅に出たのだ。


 ちなみに六百八番目というのは初めて打倒魔王の旅に出たとされている勇者から数えての事だ。そして、彼の魔王はその間一度も倒されていない。それほどまでに強大な敵であり、打倒魔王は王国の悲願である。

 王都には強力な結界が張ってあり魔物の侵入を許さないようになっているが、俺たちの生まれた村のような小さな村や町はそうはいかない。魔物に襲撃されて滅びてしまった村や町も多い。

 俺たちのような勇者が輩出された村などには強力な結界師が派遣され、王都のような結界で守ってもらえるので、勇者を輩出することは村や町の誇りであると共に命綱のようなものでもあった。


──────────


 俺たちは当初の危惧とは裏腹にとても順調な旅をしていた。鍛え抜いた身体や技で道中の魔物も一刀のもとに斬り伏せた。


 王都を旅立って辿り着いた最初の村では、豪華な食事が振る舞われ、まるで神のような扱いを受ける。

 それほどまでに勇者という立場が重要だということだろう。

 俺たちは浮かれる村人をしりめに、自分たちの背負った重責を強く感じていた。


 次の町では古い言い伝えを元に、周辺に巣食っていた強大な魔物を何匹か打ち倒し、全員分の伝説の武器や防具を手に入れた。王都から持ってきた装備など目じゃないほどのステータスの上がり具合にみんなでびっくりした。


 他のみんなには内緒だが、俺はここでサーシャにプロポーズをした。生きて帰れるかは分からない片道切符の旅だが、守るものがあれば俺はもっと強くなれるだろう。


「この旅から無事に戻ったら、結婚してくれないか?」


 サーシャは俺の言葉に顔を真っ赤にしてこくんと頷くと、「…嬉しい」と小さく呟いた。


 そして最後の町では勇者の習わし通り町の中心にある大きな教会に寄り、『神の祝福』を全員に授かった。これは魔王までの道のりで魔物などに出会って体力を消耗しないようにかけられる魔除のようなものだ。

 祝福を行うのが最後の町であることにはもちろん意味がある。あまり早い段階で祝福をするとその効果が薄れてしまうのだそうだ。

 ここでも俺たちは盛大な歓待を受け、豪華な食事や宿を提供され、伝説の武具防具はピカピカに磨かれ、これまでないほどに立派な見た目の勇者ご一行となった。

 最後にしても俺たちは誰一人決して奢ることなく、町の人達に打倒魔王を約束して町を出た。


──────────


「勇者たちよ、よく来たな」


 俺たちの目の前にいるのが魔王…大きなフードのせいで顔は見えないがその身体からは黒い瘴気のようなものが常に立ち上っている。とてつもない邪気を感じる。

 魔王がゆらり…とその玉座から立ち上がった。


「カイン…」

「大丈夫だ」


 不安そうなサーシャの頭をポンッと叩いてやる。本当は不安に震える身体を抱きしめて不安を和らげてあげたいが、その暇はなさそうだ。


「王国の平和のため、魔王、お前を倒す!」

「ほう、面白い。やってみろ」

「リリ、アレン、コーダ、サーシャ」


 俺が声をかけると四人は頷いた。


「白の波動」

 リリアンナが呪文を唱えると大きな白い魔法陣が出現する。これはパーティ全員の素早さや防御力のアップ、状態異常無効などの効果を持つ全体魔法だ。


「怒りの咆哮」

 アレンが大きく口を開けて力の限り叫ぶと、全身が赤いオーラに包まれて身体の奥底から力が湧き上がってくるのがわかった。これは攻撃力をアップする全体技。


「オートスペル」

 サーシャが唱えると今度は青白く光る魔法陣が頭上から降りてくる。これは魔法や大技が一度に自動で二回発動する呪文。


「戦士の護り」

 コーダが掲げた大剣で空を十字に切り裂くと、目の前に白く発行するシールドが俺たちを包み込むように展開される。


 この日のために俺たちは辛い修行や訓練の日々を送ってきたのだ。魔王に対抗するためのスキルもバッチリ身につけていた。


「勇者の矜恃」

 俺が呟くと周りの空気が大きくうねって竜巻のように荒々しく俺たちを包み込む。この技は勇者と認められた者たちにのみ効果があり、一時的に全ての能力値やスキルの効果を二倍に引き上げてくれる技。血のにじむような努力の果てに手に入れた、対魔王戦の切り札と言っても過言ではない。

 この技によって、各々のスキルによって限界まで高められた素早さ、防御力、攻撃力などが更に倍になる。


 時は満ちた。


「行くぞ!」

「「「「おー!」」」」



──────────



「魔王様」

「お前か」

「此度の勇者はどうでございましたか?」

「ふむ、とても美味であったぞ。長年研鑽し続けた全力の技ですら儂にかすり傷一つ負わせられないという絶望感に打ちひしがれた瞬間の勇者らを食らうのは」


 魔王は薄く嗤った。


「じゃが、マンネリ化してきておるな」

「マンネリ化と申しますと?」

「味が単調なのだ。同じ味の物を食べ続けると少し飽きがくるのう…」

「それでは、次は勇者を2パーティ同時に派遣致しましょうか? 幸い王都では次の勇者候補がいくつか育っております」

「ふむ…それは興趣の湧くことよの」

「畏まりました。それでは次回は極上の魂をお召し上がりになられますよう手配しておきます」

「よきにはからえ」

「はっ!」


 黒いローブに包まれた人物は一礼すると瞬く間に姿を消した。


「味のアクセントとなるよう、伝説の防具も少し変更してみるか…あと教会の祝福も確か違うバージョンがあったはずだからもう少しスパイシーな感じの祝福に…いや、そもそも勇者の仲間のバリエーションを増やしてみるのも面白いかもしれない、次は道化師とか吟遊詩人とか職による魂の味にも少し注目して…」


 勇者の養殖も楽じゃないねぇ…。


 彼が呟いた言葉は、誰にも届くことなくその姿と共に闇に溶けた。

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