第4話 異世界デビューする僕は世界最強の魔術師になる予定だ。

 ここだけの話、僕は実は転生者である。

 今からチート能力を手に入れて世界最強の魔術師になる予定だ。






「いやーすまんすまん。そなたは巻き込まれてしまったようじゃ」


 目が覚めた時、浄水器のカタログを山ほど抱えて営業に出たはずの僕がいたのは何も無い真っ白な世界だった。

 戸惑う僕に話しかけてきたのはふよふよと空中に浮遊する小さなおむすびのような物体だった。その物体は神と名乗り、僕の死期がまだ来ていないのに、手違いで死なせてしまったという趣旨の話をした。

 美男でも美女でもないおむすびに「我は神じゃ」と言われて微妙な邂逅に若干ガッカリしたものの、おむすび神様がお詫びに好きな世界に生き返らせてくれると言うので、遠慮なく憧れの剣と魔法のファンタジーな世界に転生させてもらうことにした。


「ゲームの世界とかも可能ですか?」

「人が作ったゲームはゲームでしかない。実際に存在する訳ではないので転生は無理なのじゃ」


 なるほど。

 どこから見てもおむすび感満載の神様の言葉に何となく納得もする。


 ゲームの世界が無理ならば、ゲームのような設定は可能だろうか?


 転生とは言ってもさすがに赤ん坊から人生やり直すのは厳しいので、年齢は十五~六歳くらいの美少年設定にしてもらってここから送って貰うことにする。転生というよりも転送みたいな感じだな…もちろん抜かりなくその世界での美醜の価値観はリサーチ済み。


 異世界のあれこれを知っている僕はもちろん、チート能力付きでの転生も交渉した。


 魔法全属性使用可能、全属性耐性、物理的攻撃無効、成長加速…などなど


 とりあえず思いつく限りのチート能力を要求して、その半分くらいは付与してくれることになった。能力には付与できる限界というものがあるらしいが、限界値ギリギリまでを付与してくれるようにお願いした。


 魔術系はほぼつけて貰えたので、やはり最強魔術師になる方向でいこうと思う。


「この最強の力で伝説級の強い魔物を倒して仲間にしたり、襲われそうになってる美女を助けて一緒に旅をしたり…」


 僕の夢は膨らむ一方だった。


「ではお主の希望の世界に転送するぞ」

「お願いします!」


 日本人の僕は人生半ばというかかなり早い段階で芽を摘まれてしまったけれど後悔はない。むしろ何をしても平均よりちょい下くらい、パッとしない人生だったのだから、これから起こるだろう素晴らしい未来に期待が高まる。


「これから最強の魔術師に!」


 神様が何かを唱えるとおむすび然としたその身体が光り、僕の足元に魔法陣らしきものが現れる。それと共に意識ごと身体が何とも言えない浮遊感に包まれる。僕はその浮遊感に身を任せて目を閉じた。

 次に目を開ける時は新しい世界で新しい人生の始まりだ。それは言わば高校デビューを目論んで新しい教室へ向かう時のような高揚感。

 そういえば僕も高校デビューを夢見たこともあった。

 しかし三分の一が地元の中学のメンバーで占められたクラスで一体どんな高校デビューができるのだろうか?

 いや、何も出来ない。

 髪を染めたりリア充ぶって色々語ったりしてもそのメッキはあっという間に剥がされてしまう…そう、地元の中学校からの進学が多い公立高校での高校デビューは無理なのだと僕が悟った瞬間だった。

 いや、そんな話がしたかった訳じゃない。

 これから僕は見知らぬ世界に飛び込んでいくのだ。

 これぞまさに高校デビュー! じゃなくて異世界デビュー!


 不思議な浮遊感が薄れ、僕は目を開けた。


「転生者一名ごあんなーい!」

「えっ…?」

「異世界へいらっしゃいませ~! まずこちらの転生者専用ギルドで転生者登録をお願い致します! あ、転生前のお名前や連絡先も忘れずにお願いしますね! 虚偽の報告は処罰の対象となりますのでご注意ください!」


 僕は部屋の中の魔法陣の上に立っていた。神様が発動した魔法陣によって、ここへ転送されたということだろう。

 それはそれとして、転生者ギルド…どういうことだろうか?

 まだ混乱中の僕の腕を部屋の中にいた女性がむんずとつかんで引っ張った。

 獣人だろうか? 女性の頭には二つの尖った耳がピコピコと揺れている。顔は結構可愛いので彼女が望むなら僕のパーティに入れてあげてもいいかもしれない。

 そんなことを考えていると女性が一向に身動ぎしない僕に痺れを切らしたのようだ。


「そこに突っ立ってると次の人が来られませんからね〜! はい、お兄さんはあちらへどうぞ~!」


 女性が指し示した先には複数の受付のようなものがあり、そのどれもに行列ができていた。


「あ、列に並ぶ前に用紙を記入してくださいね~! 転生者登録の用紙と筆記用具はあちらのカウンターに置いてありますよ~。虚偽の報告は処罰の対象となりますのでくれぐれもお気をつけて~」


 それでも動けずにいると、女性が背中をポスっと押してきた。少し前の感覚が残っているのか、まだ自分の身体という実感が少ない。よろよろと拙い足取りだったが、教えてもらったカウンターまでは何とか辿り着き、カウンターの書類立てに挿さっている紙を一枚引き抜いた。


「転生者登録用紙…」


 そこに書かれてある言葉はどうやら日本語ではないようだが、言語の理解や筆記の能力の付与はお願いしてあったので難なく読み解くことができる。


「転生前の氏名、住所、電話番号、生年月日、死亡日時、死亡原因…転生後の氏名、転生年月日、種族、所持能力…」


 ちょっと待って。まだ現実が受け止めきれない。

 僕の隣に来た人も少し戸惑ってはいたが、ちゃちゃっと用紙に記入して受付に並びに行った。

 到底納得できないし色々な不安も拭えないが、僕もそれに習って用紙に記入をしていく。せっかく転生したというのに、元の(前世と言うべきだろうか?)名前や住所を記入させる意味が分からない。

 それでも虚偽の報告は処罰の対象と二度も言われたので、転生前の本名や住所をありのまま書き連ねる。

 そして僕はその用紙を持って受付の一つに並んだ。

 全部で四か所ある受付は窓口の人が美女、幼女、美青年、美少年の順に並んでいて、僕は迷うことなく美女の受付の列に並んだ。

 並んでいる面々は様々だった。赤髪の屈強そうな男の人や薄緑色の髪をした非力そうな少年も一同に僕と同じ生成色の用紙を握りしめてこの列に並んでいる。


「はい、次の方どうぞ~!」

「あ、はい、お願いします」

「そのまま少しお待ちくださいね~えーっと、転生前の氏名、住所」


 受付はブロンドの綺麗なお姉さんだった。隣の受付をちらっと見やると幼女が厳つい顔をした親父に何やら強気で注意していた。


 幼女なのに…働いても大丈夫なんだろうか?


 そんな考えがちらっと頭をよぎったが、ここは異世界だと思って気持ちを切り替えた。前世の世界の常識は捨てないと!


「ジーク様~ジーク様~! 登録完了しましたよ~!」


 受付のお姉さんの声で我に返った僕は、慌てて受付の方へ向き直った。そうだ、転生後の名前はジークだったことをすっかり忘れていた。僕がそのことを謝罪すると彼女はくすっと笑って言った。


「皆さん似たようなものですから大丈夫ですよ~! これがこちらの世界での転生住民票になります~。住所や注意点に関しても記載されてますので、よく読んでくださいね~! それでは楽しい異世界転生ライフをお楽しみください~!」


 僕にカードを手渡したお姉さんは、手慣れたようにヒラヒラ~と手を振った。呆気に取られていると、後ろの人が僕を押し出すようにして席に着いた。


 仕方がないので僕は渡されたカードを握りしめてここから外に出ることにする。


 よく分からないけれど、ここが異世界であることには違いない。ということはここから一歩出たら間違いなく僕の期待した人生が待っているということなのだ。


 住所というからにはどうやらこちらでの住むところも用意されているようだし。

 確かに、僕はこの世界に元々暮らしていて転生前の記憶を思い出した訳ではないのだから、いきなりこの姿で転送されても住むところとか困ってしまうだろう。

 僕はとりあえずこの転生者専用ギルドから外へ出た。







 あれから三ヶ月経った。

 僕はこの世界に馴染み始めている。

 最初は思うように動かせなかった身体にも慣れ、楽しみにしていた魔術も問題なく使えている。

 ──ただ。

 暮らしてみて分かったのは、この世界で転生者は珍しくないということだった。というかほぼ全ての人が転生者である。

 どうやらおむすびはあちこちで予定外の人を死なせてはこの世界へ転生と称して送り付けているらしい。

 そして、転生したほぼ全員が転生特典で例外なく僕と同じようなチート能力の持ち主ということになる。

 そう言えば、希望する能力を付与してもらう時におむすびが「付与できる能力の上限は元の魂の質に依存する」と言っていた。

 残念ながら僕のチート能力は他の人に比べると平均よりちょい下らしい。蓋を開けてみたら魔獣を狩るなんてとんでもない!くらいのへっぽこレベルの魔術師だったという訳だ。

 ということで、結局僕はこの世界でもパッとしない人生を歩むことになってしまった。

 僕はその事実に気づいた時、呆然とした。




 ──あのおむすびに騙された!


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