第3話 転生女子の密かな夢。

 それは五歳の誕生日、誕生日のケーキを思い切り喉に詰まらせた私は危うくお花畑の世界へ足を踏み入れかけ…そして唐突に前世を思い出した。


 そうだ。

 私の前世は日本人の女子高生。

 塾の帰りに信号無視の車に轢かれて死んでしまったのだ。

 今私がいるのはずっと憧れていたある物語の世界。

 ヒロインが紆余曲折の末王子様と結ばれて幸せになる…そんなファンタジーな世界。

 そのことに気づいた幼い私は狂喜乱舞したのだけれど、すぐに落胆することになる。

 何故なら、私はどう見てもその物語のヒロインであるシエルではなかったのだから。

 ヒロインのシエルは薄い栗色の髪にエメラルドグリーンの瞳をしているはず。

 今の私はくすんだ赤茶色の髪にダークグレーの瞳…そばかすだらけの顔はお世辞にも可愛いとは言えない。

 ちなみに乙女ゲームではないのでこの話に悪役令嬢は出てこない。


 それでも…何故か確信めいた直感が私を支配する。


 ──いける!


 この世界でこの物語のプロローグからエピローグまでを知っているのはきっと私だけなのだ。


 数々の転生先導者たちが道を示してくれたように、物語の世界はきっと改変できる!

 数多の転生悪役令嬢たちがヒロインを差し置いて素敵なヒーローと幸せを勝ち取るように、モブ令嬢の私にだって物語の主役になることは可能なはず!


『あなたの人生の主役はあなた』


 そんな言葉を聞いたことがある。どこかの化粧品のCMとかだったかもしれないけれど。


「じゃあ詳しく物語を思い出してみよう」


 私は思い出せる限りの物語の内容をノートに書き留め始めた。

 そして、計画のために理想の自分に近づくようにひたすら努力した。

 髪のお手入れ、スキンケアには念を入れ、令嬢としての立ち居振る舞いはもちろんのこと、必要になるかもしれない知識や作法は何もかもを詰め込み、その日のためにひたすら努力した。


 シエルは王子と結婚するのだが、その過程で様々なイケメンたちに惚れられる。

 王子のライバルとなったりする騎士、舞踏会でシエルを見初めて簒奪を企む隣国の王子などなど…けれど、最終的にシエルが王子様と結ばれるということは、そのイケメンたちは恋に敗れるということであり、最大のライバルであるシエルは必ず舞台から退場するということに他ならない。


「イケメンゲットのチャンス!」


 五歳にして女子高生の頭脳を持つ私はその可能性に気づいたのだ。

 彼らの過去含めて物語を網羅している私ならば、彼らがシエルに心寄せるきっかけになったような癒しや励ましの言葉を与えてあげることだってできる!

 どうせシエルに恋したって報われないイケメンたち…それならば私が代わりに!


 決意を新たにした私に怖いものはない。そして抜け目もない。

 私はありとあらゆる手段を使って、物語に登場するはずのシエルやイケメンたちの名前や家や現状を徹底的に調べあげ、プロローグの時を迎えたらいつでもコンタクトがはかれるように根回しをした。その過程で裏社会のコネも出来た。

 物語のプロローグの時は刻一刻と近づいていたけれど、私は努力の甲斐あって理想の美貌(に早変わりするためのメイクの腕)、そして鍛え抜いて完璧なプロポーションを手に入れた。

 ただ、それでも心配だったので、いざという時のためにこっそり禁書を手に入れて異性を虜にする術を身につけたりして万全を尽くした。


 そして待望のシエルの社交界デビューの日を境に、ついに物語が始まった。


 私は物語通りにシエルを王子とくっつけるために裏で暗躍し、やがて振られるであろう取り巻きのイケメンたちにこっそり粉をかけたり、気づかれないくらい少しずつ魅了の術をかけることも忘れなかった。

 こういう目立たない地味な努力が後で大きな実を結ぶのだ。


 ──いける!


 私はもうすぐエピローグを迎えそうな物語に満足していた。そしてエピローグを迎えたら、私がシエルに振られたイケメンたちを慰めに奔走するのだ。


 ──待ってろ! 私のイケメンたち!





──────────





「ねぇねぇ、昨日発売したあの物語の番外編読んだ?」

「あー! 読んだ読んだ! 王子と結婚した後日談のやつでしょ? 昨日買って一気読みしたよ」

「そうそう! 禁断の魔術を使う古の魔女だっけ? 今まで物語にも出てこなかったモブキャラがまさかのラスボスなんてホントびっくりだよね〜」

「だよねぇー本編読み返したらさ、ホントにちょこっとだけ出てたのよ~」

「えっ?! 本当に出てたの? 私も読み返してみようかなぁ」

「ヒーローたちの登場シーンでちょっとだけ喋るかなんならその場にいるだけみたいなモブだったし、特に伏線とかにはなってなかったと思うから読み返す必要ないよ…それなのに、いきなり番外編でラスボスとして脚光浴びててあれは吹いたわ」

「えー。あの魔女、私は結構好きなキャラだったけどなぁ…ヒーローたちが魅了の術で操られてシエルを裏切るところがハラハラしたなぁ」

「あの魔女、確実に本編の魔王より強いよねぇ…魔王をサクッと倒したシエルたちがかなり苦労してたし」

「最後は封印してたから、結局魔王みたいに倒せてなかったしねー」

「そうそう! 続編とかで復活しそうよね」

「あるある~」

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