#6「秋葉原の痛車」その3

 痛車の中で、誰かから話しかけられた。


 不気味な低い声だった。


「……誰だ」


「いやあ、僕の中に『不法侵入』しておいて、その言い方はないんじゃないか?『この痛車』だよ。んふっ……これから『長い付き合いになる』から、よろしくね」


 喋っていたのは、「痛車そのもの」だった。


「なるほど、意図があって話しかけてきたというわけか……だが、質問に答えてもらろう。さもなくばお前を爆破する」


「怖い顔をしているね。んふっ……だが、いい顔だ。ああ、いいだろう。簡潔な質問にしてくれよ」


「お前があえて出てきた意図はなんだ? そして、『長い付き合いになる』というのはどういうことだ?」


「おっと、『簡潔な質問にしてくれ』と言ったはずなんだけどなあ。そういうときに2つ質問するタイプの人間なんだな、君は」


「早く話せ」


 アイルは痛車を脅すように爆弾のスイッチを押す素振りを見せる。しかし、手はわずかに震えていた。


「まあ、いいだろう。まず1つ目だが、『君を屈服させたい』んだよ。ま、そういう趣味なんでね。んふっ……アイル、君はここから出られると思っているのかい?」


 不気味だった。生理的な嫌悪感を覚えた。


 魔力源のことは、いったん忘れて、早く出ようと思い、さっきみたいに自分がワープさせるために「ランをワープさせようと思った」。



 ——ワープができない。


 まさか。


「驚いた表情も可愛いね、アイル。そう、ここからは『出られない』。魔法も、いま使おうとした、『魔法のようなもの』も、使えないんだよ。そして、2つ目。『出られない』わけだから、君は永遠にこの痛車の中で過ごすことになる。だから、挨拶しようと思ってね。もっとも、君自体は、数日間で餓死するだろうが、それでも肉体はここにあり続ける。ま、そういう趣味なんでね……んふっ」



 アイルは身震いした。あまりの嫌悪感に。


 しかし、恐怖感は逆に薄れていた。


 この痛車をなんとしても倒さないといけないと思ったのだ。



「……私は下品な言葉を使いたくはないが、それでもこう言おう。お前は最低の下衆、クソ野郎だ、と」


「なんだ、君、けっこう可愛くないことを言うんだな。これから僕の中で永遠に過ごすというのに」


「そうだな。だが、お前みたいなのとは、すぐにでも別れたい。そのためになら、死んでもいい。かえって覚悟が決まったよ」


「そうか。やはりそういう気高さも素敵だ。しかし、君は『そのスイッチ』を押せるかな?押したところで、当然君も無事ではすまない」


 痛車が、アイルの持っている、爆弾のスイッチを見て、そう口にした。


「……『スイッチ』か。実は、2つスイッチがあった。1つは押せなかった。だが、たった今、押した」


 痛車は、アイルの周りをスキャンするように見回した。


「どういうことだ? そんなものは君の周りを舐め回すように探しても、まったく見つからないが」


「そうだな。当然見えないだろう。私の『心のスイッチ』だからな」


「『心のスイッチ』だと……?」


「ああ。まあ、『甘え』というものかな。さっきそれを捨てた。『捨てるスイッチ』を押した。これから起きることへの『覚悟』ができた。だから、この物理的なスイッチも押せる」


「なに! いや、アイル! やめろ!」


 そういうと、アイルは魔力源を拾って、流れるようにそのまま助手席の方に移動した。


「よし、ここでいい。もっとも、ランのもとに飛ばされるかは、『五分五分』というところだがな」


 そして、アイルは爆弾を起動するスイッチを押した。


 痛車の後部座席に仕掛けたいくつもの爆弾が起動した。


 爆発音がフロア中に轟いた。——意識が朦朧もうろうとしているランでも、気づくほどの、轟音が。


 助手席にいたアイルは爆弾の衝撃と爆風でフロントガラスを突き破り、外に飛ばされた。


 あまりの衝撃で、彼女の臓器も破壊されていた。大量の血が口から溢れ出た。


「うっ、くっ……これは、『余命1分』というところか……! だが、『問題ない』」


 一方、痛車も当然無事ではなかった。


「アイル、貴様……! うううっ……ああ、僕の大事なところが壊れていく……痛い……痛い……ううううっううっ……」


「最期まで気持ち悪いやつだ……。『親の顔』が見てみたいところだな」


 アイルはそのまま吹き飛ばされて、地面に身体を強く打ち付けた。


 内臓に衝撃がまた伝わった。


 吹き飛ばされながら、何度も、何度も地面に叩きつけられた。


 吹き飛ばされて最終的に止まったところ。


 ——そこは、ランの真横だった。


「ああ、アイル……やったか……成長したな……」


「遅くなった……すまない……」


「いや、問題ない……アイル、もう少しだけ、こちらにこれるか……」


「ああ……」


 痛車は、叫び声と爆発音が混じったような、「ガガァ、バババ……」というようなおぞましい音をあげていた。


 そして、そのまま最後の爆発を迎えると、痛車は完全に破壊された。


 すると、同時に、このフロアに張られていた結界が消滅した。


 2人の魔法も、通常通り使えるようになった。


「よし……間に合った……いま、怪我を『なかったこと』にする」


 ランは、「あまりにも過剰なる真実の消失ドロップアウト・オーバーラーニング」で2人の怪我を「なかったこと」にした。


 怪我がみるみるうちに治っていく。体力も元に戻っていく。


 ただ、元からそこに眠っていただけのように。


 まさしく、何事もなかったかのように。


 2人は仰向けになったまま、静かな声で話し始めた。


「……ふぅ。なんとか無事だったな。ま、アイルもひと回り成長できてよかったってところかな……」


「ああ……そして、魔力源も手に入った」


「お、結局取れたのか。取らなくてもよかったのに。えらいな、アイルは」


 そういいながら、ランは自分の体を転がして、アイルの体を抱くようにくっつくと、彼女の頭をではじめた。


「……アイル、怖かったか?」


「うん、少し……」


「そうか、アイル、成長したな……」


 ランはアイルの髪をかすように、優しく、優しくで続けていた。


「——さて、こんなところでご褒美をやるのも興ざめだし、私の家でいいか?」


「あ、うん……え、今からか?」


「そうだ。ご褒美ってのは、フィードバックみたいなもんだから、早い方がいいだろう?」


「……なるほど。わかった、じゃあ行こうか」


 そういうと、2人はそのまま抱き合ったまま、どこかへと姿を消したワープした

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