#5「秋葉原の痛車」その2
時が動き出した瞬間、痛車の横で血を流して倒れているラン。
その体は、魔法弾の痕だらけで、数分生きていられるかどうかという状態だった。
「ラン!いま……」
痛車の横で倒れているランの元に、ワープしようとしたときだった。
アイルの元に「ランがワープしてきた」。
「えっ……」
アイルは状況がわからなかった。
幻覚でも見たのかと思った。
「ワープしてきた」ランが、声を絞り出すようにして話し始めた。
「……アイル、あれは……君に任せよう……」
「そんなことより、魔力を少し送るから、早く、その怪我を『なかったこと』に……」
「いや、アイル、『なかったこと』にはできない……少なくとも『あの痛車』を倒さないと、それが出来ない……」
「どういうことだ……?」
「……アイル、魔法に頼らず、論理的に考えるんだ……まず、私のスカートの中の『アレ』を使ってもいい……そして、大ヒントをあげよう……魔法を使うのはダメだ……ただし『魔法を使おうとするのはいい』……私のアイルなら……わかるはずだ……」
そういうと、ランは気を失った。
「……。ラン、少し待っていてくれ……。これは、私がやるしかない……だが、どうやって?」
アイルは、ランの言葉を思い出しながら考える。
まず、ランは、「スカートの中の『アレ』を使ってもいい」と言っていた。
つまり、物理的な破壊をしろ、そういうことだとアイルは理解した。
ひとまずランのスカートの中から、慎重にピストルや「アレ」と、そのスイッチを取り出して、痛車を爆破する準備をした。
そして、「大ヒント」。
「魔法を使ってはいけない、しかし『使おうとするのはいい』」
ランはそういっていた。
アイルにはその意味が理解できなかった。しかし、ひとまずほんの数cm、「ワープしよう」と思った。
そのときだった。
ランが、数cm、「ワープした」。
「えっ!」
思わずアイルは声を出した。
魔法は使ってはいなかった。ただ、「ワープしよう」と思っただけだった。しかも、「自分がワープ」しようとしたのに、「ランがワープ」した。
「……ランがいつも言っている、『観測』か……」
確認のため、もう一度「数cmワープしよう」と思ってみた。
——やはり、ランが数cmワープした。
「なるほど……使おうとした魔法が、ランに作用する、そういうことか……」
つまり、ワープする魔法それ自体は使えなかった。
「しかし、何か重要なことを見落としている感じがする……本当に『ワープできないだけ』なのだろうか……やはり、『観測』か……」
そういうと、ピストルから弾丸を1つ取り出した。
そして、地面に別の1発の弾丸を打った。
パンッ、という高い音を残して、地面に弾丸の痕がついた。
そこに、そこに向けて、さっき取り出した弾丸を「落とした」。
落ちていく弾丸を見つめながら、ランをほんの数cm、「ワープさせようとした」。
弾丸とアイルの距離が数cm離れた。
だが、落とした弾丸は、そのまま地面の弾丸の痕に当たった。落ちる弾丸の軌道は変わっていなかったのだ。
つまり、「アイルだけがワープした」。
「なるほど、1つ『観測』できた……私であれば、「ランをワープさせようとする」だけで、「自分がワープできる」。そういうことか……」
そういうと、アイルは車の方を見て、「推測」した。
「もう1つの問題は、あの痛車の周りの『どこが安全か』だ……ランのいた場所、あそこはマズい気がする……。1つだけ、高い確率で安全な場所があるが、確信はない……だが、やるしかない」
そして、アイルはランを「ワープさせようとした」。
アイルはワープした。
痛車の中の後部座席だ。魔力源のすぐ真横は安全だった。
「よし、どうやら、ここは安全らしい……そして、次の問題……この『
アイルは小型爆弾の設置を始めた。
後部座席にほとんどの爆弾を集中させた。運転席と助手席は罠の可能性があるから、後部座席に十分な爆弾を置こうと思ったのだ。
「よし、このぐらいか……さて、『魔力源』を拾うかどうかだ……拾いたい。だが、拾う勇気がない……どうも、拾って無事だという気がしない……ほんの少しのきっかけさえあれば、拾えるのに……」
震える手で、魔力源に向かって手を伸ばした。
だが、取ろうとしても、アイルの手は直前で止まってしまう。
決心がつかなかった。
——そのとき、どこからか、低い声がした。
「アルテミア大統領アイル・イクリプス。一流の政治家、そして兵士。その胆力には学ぶものがある。だが、甘えがあるということかな」
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