#4「秋葉原の痛車」その1

 ——ある日の午前2時。秋葉原にて。


「今日はシュウがいないが、大丈夫か?」

「ああ、問題ない。アイツにできてアイルにできないことはないからな」

「そう言われると照れるが……まあ、その話はあとだ。しかし、ずいぶん堂々としている魔力源だな」

「ああ」


 とある立体駐車場。

 そのフロアには、車が一台も無かった。

 ただ一台、「あの痛車いたしゃ」を除いては。


 一見すると、可愛い緑の髪の少女が描かれている、よくある痛車ではある。


 だが、なにか禍々しいオーラを放っている。

 圧倒的に感じる、凶悪なオーラ。


「さて、50m先の『あの痛車』。私の推理だと、間違いなくあそこに魔力源がある。アイルはどう思う?」

「いま目視で『測定』したが、魔力の量が尋常じゃない。あそこが魔力源だ。間違いない」


 ランはうなずいた。


「そうだな。しかし、1つ問題がある。攻撃してくるのは、本当に『あの痛車』だろうか?」

「私には確信はないが……ただ、魔力が集中している箇所が3つある。1つは後部座席。もっとも『安定した』場所だから、そこに魔力源があると思う」

「もう1つはエンジンとか、そのあたりか?」

「さすがラン、鋭いな……ああ、エンジンにも魔力が集中している。そして、3つ目は……『わからない』……」


 ランは少し戸惑った。アイルがそういうことを口にするとは、思っていなかった。


「わからないというのは、どういうことだ?」

「なんというか、特定のパーツと関連しているという感じがしない……タイヤでも、アクセルでもない」

「ふむ、そうすると、一番『危険』なのは、おそらくそれだろう。まあ、とりあえず『観測』するしかないか」


 そういうと、ランはスカートの中からピストルを取り出した。


 50m先の痛車に向けて、パン、パン、と、2発打った。


 2発の弾は痛車のフロントガラスにあたり、少しのヒビが入った。


「2発目には、ほんの少しだけ魔力をこめたが、反撃される気配はなかった。どうやら車には近づけるようだな」

「ああ」

「側面と背面も『観測』したい。ただ、アイルのワープはいざという時のために残しておこう。近づいたときにこちらを認識するとか、そういう類のものかもしれない。少しずつ距離を縮めよう」

「わかった」


 少しずつ、少しずつ、距離を縮めていく。


 しかし、痛車は一切攻撃してくる気配がなかった。


「痛車から10m近くのところまで来てしまった……何かがおかしい」

「そうだな、この距離だと、私の転送魔法で『魔力源を拾う』こともできるが、なにかマズい気がする」

「ああ、それはやめていたほうがいい。拾うのは私がやる」

「えっ、いや、ラン!やめ……」


 そういうと、ランは「時を止めた」。


「ふむ、やはり可愛い表情だ。今度は記念撮影でもするか。まあ、それはそれとして、本当にあの魔力源は拾えるのだろうか?あの車も『時は止まっている』」


 じりじりと痛車に近づきながら、ランは推理する。


「科学者の直感として、あれはおそらく『普通には拾えない』……五分五分とかそういうレベルじゃない……が、なぜ拾えないのかがわからない……」


 もう少し近づく。やはり近づくことができる。


 そして、車の後部座席のドアの前まで来てしまった。


「仕方ない……一か八かだが……ドアを開けるか……」


 ドアを開けようとした。


 罠があった。


 その瞬間、何十もの魔法弾が、キンキン、スパッ、というような無機質な高い音を出して、ランを貫いた。


「……なるほど、そういうことか……すでに誘い込まれていた……迂闊だった……」


 そう言っている間にも、魔法弾がランを貫く。何度も、何度も。


「これは私に倒せない……だが、『いまの』アイルなら、問題ない……『余命5分』というところか……頼んだぞ、私の可愛いアイル……」


 そして、時間が動きだした時、アイルの顔は青ざめた。


 痛車の横には、全身を魔法弾が貫通し、血まみれで倒れているランの姿があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る