#3「六本木の無」

 ——ランの魔法である「あまりにも過剰なる真実の消失ドロップアウト・オーバーラーニング」は、周囲のある事実を「なかったこと」にできる。


 この魔法は強力である。

 彼女の魔法の効果範囲内であれば、一切の事象は「なかったこと」にできる。


 それは、「時間」についても同様である。

「時間が経過した」という事実を「なかったこと」にできる。


 つまり、わかりやすく言ってしまえば、ランは、「時を止める」ことができるのだった。



 ——ランは「時間の経過をなかったことにする」と、アタッシュケースから「たくさんの黒いなにか」を取り出して、それを「装備」しながら、一言つぶやいた。


「しかし、『何もない』空間に、魔力源が『ある』というのはおかしな話だな。それじゃあ、あのあたりにある空間は『六本木の無』とでも呼ぼうか」


 時が静止したオフィスビルの中を、ランが歩いていく。


「さて、自衛隊に感謝するとするか」


 そういうと彼女は、スカートの裏側にしまい込んでいたピストルを取り出した。

 そして、「六本木の無」の方に、銃を向けた。


 パン、パン、パン、と、3発打った。


「まあ、呪文は意思表示みたいなものだし、別にいいか。魔法の効果範囲だけ、気をつけないとな」


 魔法の効果範囲が、「六本木の無」と接触すると、術者の魔法が反射し、ダメージを受ける。

 そして、外からは内側を観測できない。どこが境界なのかも、触れてみないとわからない。

「六本木の無」とは、そういう空間であった。

 ランの強大な魔力が反射したとき、彼女が受けるダメージはまったく想像がつかない。


 彼女は時間を止めたり、動かしたりしながら、慎重に、慎重に前へと進んでいく。

 弾丸も、少しずつ、少しずつ、連続でシャッターを切るように前に飛んでいく。

 そしてある時点で、動いていた弾が、スッ、と消えた。

 ピクッとしたランは、そこで立ち止まって、数歩さがった。


「どうやら、ここが『六本木の無』と『外側』の境界のようだ。さて……ここからは、『科学』の出番だな。アイルの慌てる顔を見るのも面白そうだが、さっさと終わらせるか」


 彼女はスカートの裏側から、するりと、スマートフォンを取り出した。

 そして、そのスマートフォンを放った。


 まだ彼女の「止まった時」の中にいるから、そのスマートフォンは空中に静止したままだった。


 そのまま流れるように、下着の中、制服の内ポケット、金髪の内側から次々とスマートフォンを取り出し、それを放り続けた。

 

 数十台のスマートフォンが、空中に留まっていた。


「ふむ、いい感じに『バラけた』な」

 そう言って、彼女は、別のスマートフォンを取り出して、アプリを立ち上げた。


「シュウは『探索アルゴリズム』とか言ってたけど、もう——そんなテクニックはいらないな」


 そういうと、彼女は「時を動かし」た。


 すると、彼女が空中に投げたスマートフォンは、放たれた矢のように飛んでいって、「六本木の無」の中へと消えていった。


 大量のスマートフォンが移動するとき、反動で風が吹いて、ランの金髪と制服をなびかせた。


 魔法をすべて解除した彼女も歩きだすと、「六本木の無」の中に、消えていった。


「——やはり、直接魔法を使わなければ、問題ない」


 ランはスマートフォンのアプリを手にしながら、「六本木の無」の中を歩いていく。

「六本木の無」の中は白い霧がかかっているようで、視界は悪かった。


「そして、やはり——『受信だけ』なら、これも問題ないようだ」


 散らばったスマートフォンは、それぞれ電波を出していた。


 そして、ある1箇所の近くのスマートフォンの電波が、「魔力」を帯びていた。

 電波は「魔力源」と干渉していた。波長が明らかに違った。


 アプリは、その方向を指し示している。


 ランは白い霧の中をその方向へ歩きながら、経路上に落ちているスマートフォンを拾うようにして、アプリが示す方向に投げた。


 今度は、「時間は静止していない」。


 スマートフォンを拾い上げて、スッと投げる。


 少し先で、カタン、という音を出して、スマートフォンが落ちる。


 コツコツ、という彼女の靴の音が響く。


 その方向へと歩きながら、何度も何度も、それを繰り返した。


 スッ、カタン、コツコツ、という音の連続が、「六本木の無」の中に響いた。


 そして、やがてアプリの反応が、ある1点に収束し、彼女はそこにたどりついた。

 

「なるほど、これか」


 アプリが指し示す場所に行くと、奇妙なピンク色に光る「立方体魔力源」が浮いていた。


 むしろ、浮いていたというよりも、不気味なほど空中で静止していた。「ただそこにあるだけ」という感じだった。


 ランは持っていたスマートフォンをポケットに収めた。


 そして、推理をはじめた。


「さて——ここでひとつ問題だ。この立方体魔力源は、『触れられる』だろうか?——それとも、『罠』だろうか?」


 やがて、ある結論に至った。


「——五分五分だな」


 そういうと、ランは手を伸ばして、その「ピンク色の立方体魔力源」を掴んだ。


「ふう、ギャンブルも、たまにはいいかもな」


 ランは「ピンク色の立方体魔力源」をクルクルと回しながら、スマートフォンで溢れた「六本木の無」を後にした。

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