04 奇跡とルークスウィア
あの親子は無事に逃げられただろうか。
家々の戸口に灯された明かりを頼りに、ディオンは重い体を引きずりながら村の中心に設置された天幕を目指して歩いていた。
その途中、あちこちから聞こえてくるすすり泣きには耳をふさいだ。毎日多くの重傷者が亡くなっていくが、どうしてやることもできなかった。
最悪の瞬間はどうにか生き残ったというのに、仲間も、村人も、死を目前とした者たちの魂をとどめておくすべはどこにもない。
十八歳未満の志願兵で構成される“少年兵小隊”は、ただの斥候部隊のはずだった。軍服を脱ぎ、ガレリアの農民に扮装し、子供であれば警戒されぬと国境を抜けて。公国の西側から侵攻して、本隊の進路を確保することが任務だったはずなのだ。
けれどディオンたちの指揮官は何を血迷ったのか、有利な情報を手にしたとたん本隊の合流も待たずに敵兵を相手に奇襲作戦を命じた。
とうぜん国境守備のために配置されていたガレリア兵との戦闘はすさまじく、戦場は村からシュベルの丘へとなだれ込んだ。
『国のために命は惜しむな』
それがゲスティア大尉の口癖だった。だが結局は手柄を焦っただけだ。
少年兵小隊の他に二個小隊を投入してどうにか村の奪取には成功したものの、部隊はもはや機能を失っている。
(あの人さえまともな頭を持っていれば、こんな惨状は起こらなかったのに)
権力に胡坐をかきわめき散らすしか能のなかった指揮官は、結果を負わずに死んでしまった。後方に控えていたというのに流れ弾に当たったのだ。
そのことを責めるつもりはないけれど、なによりも最悪なのは無責任にも部隊を残して逝った男に、殉死という名誉が与えられることか。
村人を巻き込んでの戦闘は、本当にひどいものだった。今思いだしても胸が悪くなる。
立ち並ぶ家々のほとんどは黒くすすけ、銃創によって壁が抉られ、酷いところでは全壊した家屋がそのままの形で打ち捨てられている。
ガレリア兵は残虐だと言われているが、やつらは敵味方関係なく村ごとディオンたちを焼き討ちにしようとした。少年兵の中に魔法の素養を持つ異能者がいなければ、もっと被害は甚大だっただろう。けれど、アルメール軍が一個隊に異能者を混在させるという編成方法が勝敗を分けた。
そうでなければ軍事国家の兵などに、戦闘経験の浅い自分たちが叶いはしなかった。大波にのまれる小舟のように呆気なく転覆し、今こうして息をして、これから先どうなるのだろうと不安を抱くこともなかった。
先行きの見えない日々に、ディオンたちは足止めを余儀なくされていた。それでなくとも指揮官がいないのだ。本隊への知らせはソーン軍曹がすでに出していたが、五日たった今もなしの礫だった。
そんな状況で再び戦闘になればひとたまりもない。早く援軍なり本隊に合流するなりしなければと、焦りばかりが募っていく。仲間の中には自分たちは見捨てられたのだと嘆く者もいたが、ディオンの中にもその言葉を否定できない自分がいた。
(……まったく。弱気になってるな)
我知らず、小銃を握りしめていたこぶしを開くと、ディオンは暗い考えを振り払った。
考えてもどうにもならない。アルバートならきっと『なるようになるさ』と笑い飛ばすだろう。それに。
(今頃は帰りが遅いと、やきもきしているだろうな)
反応が想像できるだけに、思わず苦笑が浮かんだ。そして天幕の布をあげ中に入ると、案の定、飛んできたのは幼馴染の不満そうな大声だった。
「ディオン! どこで油売ってたんだよ! 見回りに行くって言って、いったいどれだけたったと思って――」
しかし。掴みかからんばかりの勢いで突進してきたアルバートは、彼の姿を目にするとはっと息を飲み込んだ。
「おい……まさか襲撃されたのか」
急に真剣みを帯びた口調に、床に座り雑談していた仲間たちもいっせいに顔をあげる。
緊張。動揺。不安。そして、恐怖。
一様に様々な感情が浮かんで消えて、ディオンは喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「ちょっと遠くまで行きすぎて道に迷っただけだ」
本来なら情報を共有すべきなのだろう。だが担いでいた銃をテーブルに置くと、ディオンは何食わぬ表情で仲間に肩をすくめてみせた。
「そんなにびくびくしなくてもいいだろう? 大軍を引き連れてきたりしてないから安心してくれよ」
「でも……」
「服から火薬の臭いがするぞ。それにずいぶんと時間がかかったじゃないか」
「ああ。何発か撃ったからな。突然藪から鹿が飛び出してきて、慌てて狙ったけれど全然当たらなかった」
「なんだ? 腕が鈍ったんじゃないのか? てっきりガレリア兵でも現れたのかと思ったのに」
「でもよかった。何事もなくて」
茶化すような言葉とともに、暗い表情はたちまち安堵に代わっていく。先ほどと一転してくつろいだ雰囲気に、ディオンは罪悪感を覚えた。けれどこれでいいのだ。
襲撃されると決まったわけではないし、ほかの猟犬が周りをうろついていると、はっきりしたわけでもない。
「鹿かぁ……」
仲間の中でも一番年少の兵が飢えたように呟くと、周囲から笑い声が上がった。
「ははっ。口を閉じろよマーティン。よだれが垂れてるぞ」
「しかたねぇだろ。野戦食ばっかで新鮮な肉なんて、もう半年もありつけてないんだから。蛇やカエルはもうたくさんだ!」
「おいおい。ほかのやつらに比べたら、うちはまだましなほうだぞ。なんせ優秀な狩人と料理人がついてる。靴まで食べることになったら、俺は絶対に飢え死にするほうを選ぶね」
「ああ! 聞いたら無性に肉が食いたくなってきた!」
「ばっか、肉っつってもここいらの獣なんて、ほとんど干からびてるよ。あいつらだって食料が焼けちまったせいで、こんな人里まで出てきたんだろうから――」
それはここにきて初めて出た明るい話題だった。
戦闘から五日たってやっと人間らしさを取り戻し始めたのだろう。戦場は彼らから笑い声を奪っていった。だからこそ
しかし、何の疑問もなく再び雑談に戻っていく仲間たちの中で、アルバートだけは違った。疑わしげに細められた鳶色の瞳でじっとディオンを見据えている。
まあそれは当然だ。昔から家族が飢えないために、貴族の狩猟地区に忍び込んで食料を調達するのはふたりの仕事だった。射撃の腕はここにいる誰よりもよく知っている。意味ありげに引き結ばれた口元と、問うようにつり上げられた眉が嘘をつくなと伝えてきても、別に驚きはしなかった。
だからディオンは無言の視線には取り合わず、さっと十字を切って天幕の外へ顎をしゃくった。そして、踵を返すとさっさと夜気の中へ引き返す。
「あっ、おい! ディオン!」
背後からアルバートの呼び止める声が聞こえたが、振り返ることはしなかった。言いたいことがありそうな顔をしていたし、こっちも質問は一度ですませたい。
どうあっても質問の答えを聞くまでは、アルバートが追いかけてくることはわかっていた。
ソーン軍曹を始めとする負傷兵や重症を追った村人は、天幕ではなく村の教会に収容されている。密談をするにはあまり適した場所ではないが、周囲にいるのはほとんど意識のない重篤者ばかりだから、話をするにはそこだろう。
「おい、まてって! 周りを巡回してくるって言ったきり、一時間も戻らないから心配してたっつぅのに……」
そのまま迷いなく村の奥へと進んでいくと、ぶつぶつと文句を垂れながらアルバートが横に並んできた。
「それなのにろくな説明もなしなんて。まったく、こっちは生きた心地がしなかったての。おまけにお前のことだけでもじゅうぶんなのに、奇跡みたいなことは起こるし……」
「奇跡?」
ディオンが訊ね返すと、アルバートにしては珍しく困惑している様子だった。
「うーん、なんて言ったらいいんだろうな」
考えるように唸りポリポリと顎を掻く。
教会の真鍮製のドアノブに手をかけながら、ディオンは立ち止まって答えを待った。けれど返答は思いもよらない内容だった。
「突然怪我が治ったって言えば良いのか……行きゃあ分かるかと思うけど、死にかけてたやつらがいきなり意識を取り戻して、喋れるまでに回復したっていうか……」
「――は?」
(……何を言い出すかと思ったら)
呆れたように首を振ると、ディオンは重い扉を開けて暗いホールを横切っていく。
きっと変な夢でも見たのだろう。
「どうやったらあれだけの怪我が治るっていうんだ。危篤状態から抜け出したのは喜ばしいことだけれど、いきなり回復したなんて楽観がすぎるだろう」
「いや、マジだって! オレだってなんか体が軽くなった気がするし」
「体が軽いのはよく休めたからじゃないのか? 今までずっとガス欠状態で突っ走っていたからその反動だろう」
「ああ、もうっ。信じてねぇな? ほらよく見ろって、ここんとこ。傷が消えてるだろ」
「……」
アルバートがあまりにも力説するので、ディオンは再び足を止め振り返らざるをえなかった。眼を細め指が主張する場所をじっと凝視する。
けれど、はっきり言って違いがよくわからない。
周囲が暗いせいもあるが、もともとアルバートの力は防御壁としても使えるので、怪我はあまり負わないのだ。
(……ああ、でも)
たしか最後の戦いのとき魔力が枯渇して敵に真っ向からぶつかり、傷を作っていたか。
「額にあった引っかき傷は消えている……か?」
ディオンが微かな変化に目をみはると、彼は大きく頷いた。
「だろ? これで納得したか?」
「納得もなにも、そんなかすり傷五日もすれば消えるだろうに」
「かぁ、現実主義め。まあオレだって最初はそう思ったけどよ。てか、お前だってそうだぞ」
「――? なにがだ」
「頬んとこ。サーベルで付けられたでっかい切り傷があっただろ」
「なに言って……――っ!」
アルバートに指摘され、いぶかしみながら頬をこする。と、驚いたことに指に触れたのは日に焼け、寒風にさらされたせいで荒れた肌だけだった。
肉の盛り上がりもかさぶたも……どこにもない。手当てをしてくれた衛生兵は、一生残る傷だと言っていたのに。
『ステラがなおしてあげる』
そのときふと、ディオンは少女の不思議な発言と奇妙な感覚を思い出した。
あのときは何を言っているのかわからなかったが、これは……。
「おいおい、ディオン。呆けるのはまだ早いぞ。ほら、こっち、来てみろって」
いつの間に先へ行っていたのか、アルバートが呼びかける声で我に返った。
どことなく得意そうな表情に奇妙な胸騒ぎを覚えながらも、ディオンは礼拝室の入口に立ち、そして――ただ茫然と立ち尽くした。
(……そんな……ばかな……)
『奇跡』
まさに、そうとしか言えない。
見回りに出る前までは、たしかにこの広い礼拝堂の中いっぱいに、重傷者が押し込まれていたのに。それがどうだ? 今は重傷者はいない。
少なくとも意識が混濁しているような重症者はいない。床が見えないほどぎっしりと敷かれた、寝具代わりの白いシーツだけが、唯一証拠として残っているだけだ。
たった数時間の間に、狭い礼拝堂の中に満ちていた重苦しい空気は、弾むような笑顔と話声に変わっていた。
家族や仲間たちとともに談笑する者。肩を寄せ合いむせび泣き、笑い合ったりしている者。中には未だシーツの上に横たわっている者もいるが、それだって表情は穏やかでただ休んでいるだけのように見えた。
「まあ、普通の反応はそうだよなぁ」
かたわらでアルバートが呑気なつぶやきを漏らすのがわかったが、ディオンはその声を頭の片隅でぼんやりと聞いていた。
(だって……、おかしいだろう)
軽いけがや小さな傷ならともかく、命に係わるほどの傷を治すなんて。どうしたらあれだけの重傷者をこの数時間、いや一瞬で癒せるっていうんだ。ステラがこの奇跡を起こしたのだとしたら。
彼女は本当に人間なのだろうか?
突きつけられた現実に、急に息が詰まった。喉元を締め付けてくるボタンが鬱陶しく感じて、いつの間にかディオンは一番上のボタンをはずしていた。
(生死にかかわる力を持つのは、神だけのはずだろう?)
けれど彼女は実際に奇跡を起こした。たった一人の、それも少女がこんな人知を超えた奇跡を起こすなんて……。
「……ありえない」
かすれたつぶやきを耳にして、アルバートが苦笑を洩らす。ぽんと肩に添えられた手は温かく、急に金縛りが解けた気がして強張った表情で驚愕を伝えると、アルバートは皮肉そうに唇を歪めた。
「あんがい、主の御力ってやつだったりしてな。ほら、シスター・グレイシスもよく言ってただろ。主に祈れば奇跡も起きるって」
「――アル!」
茶化すように軽口をたたいた友人を、ディオンは嗜めようとした。こんなときにそんな冗談は笑えない。けれど。
静かな声が割り込んできて、二人は同時に首を巡らせた。
「いいえ。それは主の御力ではなく、ルークスウィアの恩恵ですぞ」
壁に沿って寄せられた木のベンチの一つに、老人が座っていた。年老いて色を失った灰色の瞳に涙をため。しかし、喜びと感嘆に輝いた表情で。
一心に見つめる先にあったのは、祭壇の脇に描かれたフレスコ画だった。
「ルークスウィア?」
「その恩恵ってなんだ?」
二人がたずねると、老人はつとフレスコ画の一部を指差した。
「ルークスウィアとは、この国に古くから続く異能者一族の名です」
指し示された指の先には、白いローブを纏った一人の男性が描かれている。
足元にひれ伏し、祝福をこう人々に手をかざしている男性は、光の環に包まれ――まさにその姿は、黄金色の光を纏っていたステラそのものだった。
「『春と秋。昼と夜の長さが逆転する日。黄金色の光をまといし我が御子は、死者の魂を慰め生者を癒やす。彼らに路を請いなさい。さすればルークスウィアの恩恵が、光の導きと共に常春の祝福をもたらさん』」
老人が語ったのは、おそらくこのフレスコ画のもとになった、聖典か何かの一場面だろう。
「ルークスウィアの能力はとても神秘的ではありますが、まぎれもなく魔法の一種。彼らがこの国に渡ってきた起源ははっきりとはわかっていませんが、魔道国家ヴァンドゥールからやってきて、国を出るさい法王猊下よりその力を讃えられ“
「なるほどな。あいつらが目が覚める直前光を見たって言ってたが、その光ってのは力の及ぼしたものだったのか。――んん? じゃあ、あれか? その人たちが近くにいたってことか?」
「おそらくは。ただ相当な危険を冒されたのでしょう」
「なんでだ? 聖典に書かれるくらい信仰されている一族なんだろ? ……。もしかして。ガレリア王に追われているのか?」
「そうです。彼らは平和と平等を愛し、民間の医療機関や魔法研究所に属して、この国に貢献してきました。民衆のためにあれ――その思想のもと、決して王家におもねることはなかったのです。それゆえに、一年前。開戦と同時にガレリア王によって従属が命じられると『我らの役目は鉄血王のためにあらず』と、その勅命に背いたのです」
だからあの親子は、反逆者と呼ばれていたのだ。
「くそったれ王め。味方でなければ、驚異になりうるととったのか」
息まくアルバートに、ディオンも静かに同意した。
「たしかに驚異的な力だ」
そして、神のような存在が手に入れば、民衆を扇動する手駒となる。
だからこそ、ガレリア王は彼らに追っ手を放ったのだ。手に入らないならば殺してしまえと。
いや、鉄血王だけではない。
手元に置けば指揮を高める良い象徴となるし、敵に渡れば驚異にもなり得る。存在が知れ渡れば、国内外から彼らを手に入れようとする動きが活発化するだろう。
それだけに、ただ逃がすことしかできなかった自分の無力さが悔やまれた。
ルークスウィアの恩恵。
“ステラ”と呼ばれていた光のような少女。
楽しそうに丘を舞い、向けられたあどけない笑顔が、今もまだ記憶に焼き付いている。その光がいつか、失われてしまう日が来るのだろうか。そう思うだけで胃がよじれる。
「彼らには頼れる仲間がいるのだろうか?」
ディオンが何気なく漏らすと、老人は不思議そうに首を傾げた。
「仲間、ですか?」
「いや……逃亡するにも保護するにも、自分たちになにかできたとは思わないが、助けにはなったかと思って」
「ああ、そういうことですか。国民の多くは彼らへの協力は惜しまないでしょう。けれど相手はこの国の王。一族の最初の犠牲者が出ると、ルークスウィアはそれを察知したように散り散りに身を隠したと聞きます」
「そうか。シュベルの丘でそれらしい親子に遭遇したから、もしやと思ったんだが。まあ、あれからだいぶ経ってしまったし、今さら後を追ってももう遠くへ行ってしまっただろう」
「――! あれからってなんの話だ?」
苦い思いで呟けば、アルバートがはじかれたように顔を上げ、鋭い視線を向けてくる。
自分の知らない話題に不服そうな表情だ。そういえば、まだ彼にここへ来た目的を話していなかったのを、ディオンは思い出した。
「巡回中に出くわしたのは、鹿じゃなくて猟犬だった」そう伝えると、アルバートは鳶色の瞳をありえないほど大きく見開いた。
「なんだって?! もしかして、戻ってくるのが遅かったのはそれが理由か? しかも、あろうことか
「しかたないだろ、見逃すこともできなかったんだから」
「——っ! だからってっ、いつもはオレが怒鳴られる側だけど、今回ばかりはお前の無茶ぶりのほうが何倍も危険だったって、わかってるだろうな。誰かが一緒ならともかく、一人でなんて――」
「わかってる! ……わかってるよ」
「いいや、わかってない! この際だから言うけどな。お前は何でもかんでも一人で抱え込みすぎだ。何のためにオレや仲間がいると思ってるんだよ! その無駄な責任感と常識なんて、どぶに捨てちまえっ」
「——アル! ……だったら、お前なら見捨てられたのか? 目の前にフィンやユニみたいな年齢の子供がいて、猟犬に追いかけられていて」
義弟や義妹の名前を出すのは卑怯だとは思ったが、言わずにはいられなかった。噛みつかんばかりの剣幕だったアルバートも、その言葉にぐっと勢いをそがれた。
「見捨てられないけどよ……」
「お前の言いたいこともちゃんと理解してるよ。あんな状況じゃなきゃ、もっと慎重に行動したさ」
アルバートの気持ちは痛いほど理解できる。自分でも一か八かの賭けだった。
あのとき、身を隠している場所がばれてしまえば。やつらが冷静になって敵が一人きりだとばれていれば。言い出したらきりがないが、こうして無事に生還できたのだ。それだけで良しとしてほしい。
「今後はこんな無茶は避けるってちゃんと約束する」
「絶対だぞ」
憮然とした台詞に苦笑しながらも、ディオンは頷いた。
「ああ。もうしない」
「で、その親子はどこへ行ったって?」
「多分南の方角だったと思う。奴らを仕留めるのに手一杯で逃がすことしかできなかったから、気配を追うことはできなかったが……」
「いえ、それで良かったのかもしれません。南に向かったということは、アルメール王国を目指しているのでしょう。ガレリア王の手を逃れるためにはそれが一番いい方法です。うまくすれば、いえ、きっと。あなた方の故国で、再び相まみえることが叶いましょう」
「……ああ。そう願いたいな」
ディオンは老人の言葉に頷くと、再び礼拝堂の中に視線を移した。
――もし、もう一度会えたら……。
ステラへこの言葉にできないほどの感謝を伝えよう。
故国から苦境を共に乗り越えてきた仲間は、もはや家族も同然だった。そんな彼らの命を救い、何が正義か見失いかけていた自分の、汚れ落ちていくばかりだった魂を救い上げてくれた彼女はきっと生き延びられるはず。
だからきっと見つけてみせる。例え藁の束から一本の針を探し出すよりも難しいことだとしても。
――けれど。
運命は残酷にもディオンの願いを攫っていった。
『偉大なるルークスウィアの一族は、アルメール王国に渡ることを恐れたガレリア王の手によって、一族郎党すべて処刑された』
そう聞かされたのは、あの出会いから二年後の、穏やかな春の日。残党狩りで戦地を駆け回り、いまだ国に帰ることすら果たせていなかった最中のことだった。
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