第37話 獣の軍団 目覚めるときpart1
気がつくとアンは浴衣姿でジョシュアの手を握ったまま、白猫亭のロビーに呆然と座り込んでいた。
壁の柱時計の針はほとんど進んでおらず、館内には先ほどと同じ音楽が流れている。
「アン……」
ジョシュアの声で、アンは我に返った。
「ジョシュ、今のが……あの不思議な空間でのできごとが、あなたが見せたかったものなの?」
「ああ。君に知ってほしかったんだ。ウォルズリー家に現在起こっていること、そしてそれが世界の未来にどんな危険性を持っているか」
「でも、世界の未来って……あのナイジェルって人の事件って何百年も前の事でしょ?何がそんなに危険なの?」
その時、雷鳴がとどろき、館内の灯りが消えて暗闇となった。
「きゃあっ!」
ジョシュアは悲鳴を上げたアンから手を離し、ゆっくりと立ち上がると窓辺へと歩み寄った。
雨足はますます強くなり、窓越しに霞む眼下の街灯りをじっと見つめながらジョシュアは衝撃的な一言をつぶやいた。
「奴は、生きている。そしてもうナイジェルじゃ……いや、人間ですらないんだ」
「人間じゃない……?」
「ああ。ミュージアムから出た僕は、レスターとシッダールトの協力のもとウォルズリー十二家に近づいている連中について秘密裏に調査をした。その結果わかったことは二つある。一つは連中の正体はニューヨークに本社を置く巨大企業ゴールドバーグ&サンズ。世界最大の軍需企業だという事」
再び稲光と共に雷鳴が響き、館内の灯りが不規則に点滅する中で窓際に立つジョシュアのシルエットだけが浮かび上がる。
「そしてもう一つは……自分の目で確かめてもらった方が早いな」
館内の灯りが再びともるのを待ち、ジョシュアはポケットから三枚の写真を取り出した。それは劣化防止のために特殊コーティングが施された、手のひらサイズより少し大きめの古い写真だった。
「元々はアメリカの議会図書館や地方の新聞社に収蔵されている歴史的な資料だ。ウェブに保存すると連中の"神の眼"に見つかってしまうんで僕が保管している」
一枚目はアメリカ西部開拓時代の写真で、木造の建物の前で記念写真を撮る集団が映っており、背後の建物には"ゴールドバーグ&サンズ"と書かれた看板がかかっている。
「およそ二百年以上前、ゴールドバーグ&サンズ設立時の写真だ。最後尾の列の右端の男、こいつが
そこには一見、女性と見まがうような風貌の長髪の若く美しい男が写っている。
「イスカリオテ?」
「ああ。イスラエルの十二部族の中でも失われた十支族のひとつ、イッサカル族の流れをくむと自称していたらしいがね。レギオンは大のマスコミ嫌いで、ほとんど写真や資料が残されていない。彼の死後、一族が跡を継いでいると言われているんだがー」
二枚目の写真はレトロ調のビルが林立する都会で、完成したての高層ビルの前でのパーティらしき風景が写っている。
「舞台は百年前、二十世紀初頭のニューヨーク。ゴールドバーグ&サンズの最初の本社ビルの完成パーティだ。写真の一番隅でほぼ見切れているこの男」
最後の一枚だけは美しいカラー写真だ。
「そしてこれが三枚目。2000年1月1日、
「え?ええええ?ひええええー!!」
アンは悲鳴とも半笑いともとれる奇妙な叫び声をあげた。各々百年を隔てた三枚の写真に、まったく同じ男が写っているのだ。
「アン、ウォルズリー城の秘密の空間ーミュージアムの壁画を覚えているだろう?この写真に写る男レギオン・ゴールドバーグこそ、あそこに描かれていた十五世紀に獣の軍団を率いて一族を裏切り戦いを挑んだ第五代ウォルズリー家当主筆頭候補ナイジェル・ジェイコブ・ウォルズリーだ」
「そんな……こんなのおかしいよ!化け物じゃん!」
「これは僕の推論だが戦いに敗れ、瀕死の状態で逃亡したナイジェルは禁忌の呪術を使った」
「キンキのジュジュツ……?」
「奴が領民を使って行っていたのは黒魔術の研究だった。禁じられた魔法である
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