第32話 絶望と希望 part1
ジョシュアが足を踏み入れると、完全な暗闇だった門の内部にどこからか光が差し込み明るくなってゆく。
やがて周囲の状況がはっきりとしてくると、ジョシュアは思わず感嘆の声を漏らした。
「これは……まるで壮大な
内部は広々として高いドーム状の空間になっており、周囲を取り囲む壁には古代から中世、現代に至るまで各時代の様々な人種の生活ー平和な日常から戦争までーが、幻想的で美しい筆致でびっしりと描かれ、大きなうねりとなって正面の巨大な壁画へと続いている。
「この壁画……人類の歴史を表しているのか……!」
とっさにジョシュアは、祖父アーサーの外交に同伴して子供の頃に訪れたバチカンのシスティーナ礼拝堂を想い出していた。
ミケランジェロによる『天地創造』、そして『最後の審判』など、子供心にもいずれもとても人間が描いたとは思えない圧倒的な美しさと威厳を感じたが、これはそれらを遥かに凌駕していた。
しかもよく見ると、信じられないことにそこに描かれた人々はまるで生きているかのようにイキイキと表情を変え、風景は少しずつ動いて変化し続けている。
「すごい……!こんな物が創れるのは神の御業か……あるいは悪魔の所業だな」
皮肉っぽくつぶやいたジョシュアだったが、覚悟を決めたようにすうっと息を吸い込むと大声で叫んだ。
「僕はアーサー・ウォルズリーの血を引くジョシュア・ウォルズリーだ!ここが何なのか、祖父はここで何をしていたのか!神でも悪魔でもいい!誰か答えてくれ!!」
叫びは壁に反射し広い空間の隅々まで広がっていくが、答えは一切なく沈黙が続く。
「誰か、誰かいないのか!」
苛立ちを覚えるジョシュアだったが、いつの間にか周囲を幾つもの白い影に取り囲まれている事に気がついた。
「……やっとお出ましか。随分ともったいぶるんだな」
突然、白い影から、地の底から聞こえてくるかのごとく低く重い声が響いてきた。
『……此処は初代ウォルズリー家当主が、世界の恒久の平和と人類の安寧を願い、その生涯をかけて作り上げた祈念の場所……』
その声は、何者の干渉も許さないという強固な信念と意志を感じさせ、ジョシュアは自分の存在自体が押しつぶされるようなプレッシャーを感じた。
『過去と現在……そして未来が同時に存在する、絶対にして唯一無二の存在……』
「過去と未来?現在?いったい、どういう事だ……?!」
『ここはおまえが来るべき場所ではない……早々に立ち去るがよい……』
「ちょ、ちょっと待てよ!僕は次期当主だぞ!」
立ち去ろうとする影に向かって手を伸ばそうとしたジョシュアだったが、目に見えない凄まじい力によって床にうつ伏せに叩きつけられ、指一本動かすこともできなくなってしまった。
「ぐああああっ!」
『……さらばだ……』
「く、くそ……!!」
静かに姿を消そうとする影の群れに向かい、必死の思いでなんとか立ち上がろうとするが、身体中が激痛に軋み、押しつぶされそうな肺からであろう出血による錆びた鉄の味が口いっぱいに広がる。
ジョシュアはあらん限りの力を振り絞り上半身を起こすと、震える指先を伸ばし口から血を噴き出しながら大声で叫んだ。
「ふ……ふざける……な!僕は……祖父の意思を受け継ぎ……ウォルズリー家の当主となる人間だ!
例えどんな罰を受けることになろうと構わない!いったい祖父に何が起きたのか、真実を教えてくれ!」
その声に応えるように、一つの影がゆっくりとジョシュアの方へ近づいてきた。
『ジョシュアよ。アーサーの意思を受け継ぐという者よ』
白い影は徐々に人の形をとってゆき、やがてはっきりとその輪郭をあらわにしていった時、ジョシュアは驚愕した。
「あなたは……そんな、まさか!」
その姿は大広間にかかる肖像画で何度も見て、祖父にその勇気と偉業を聞かされてきた伝説の先代当主ーー
”獅子王”ハワード・ウォルズリーだった。
ハワードは呆然とするジョシュアを突き放すように、衝撃的な言葉を放った。
『おまえには無理だ。アーサーはおまえを次期当主として認めてはいなかったのだ』
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