第13話 尾道ーアン独白ーpart1
「はあああああ~やっと着いた!」
尾道駅のホームに降り立った途端にあふれ出たあたしの声は自分が思っていたより随分と大きかったようで、周りにいた人たちがいっせいに注目した。
さすがに恥ずかしくなって、お気に入りのNEW ERAのキャップを目深にかぶり直しながら、それでもボリュームをうんと下げてでもぼやかずにはいられない。
「だって、仕方ないじゃん!東京から何だかんだで5時間以上よ?いい加減、代わり映えしない車窓風景にも飽きたしおしりも痛いし気づいたらもう午後三時をまわってお腹もペコペコだし!
ほんとうにもっと早く着くと思ってたけど、やっぱり田舎よね、うん!」
あたしが驚いたのは、この駅が思っていたよりずいぶんと小さいことだった。
あまりにヒマなんで車中でスマホで調べまくったところ、何でも駅舎を最近立て直したらしくて確かにキレイなんだけどーーやっぱりザ・イナカの駅って感じがする。
改札を抜け、自分にとってのルーツであるこの街で記念すべき第一歩を踏み出したあたしは、思わずもう一度叫んでしまった。
「人、すくなっ!」
ここって結構有名な観光地のはずなのに何これ?全然人がいない!一応はあたしもモデル兼タレントとしてロケ番組のレポーターなんかで鎌倉や京都みたいな有名な観光地はひと通り訪れたけど、どこもここよりはもう少しはにぎわっていた気がする。
何だか拍子抜けした気分だったけど、少し歩き出した瞬間にそんな気分はどこかへ吹き飛んでしまった。
「わー!目の前海じゃん!」
そう、駅を出て信号を渡るとすぐ前に、初夏の太陽が降り注ぐ波おだやかな瀬戸内海がひろがっているんだ。
そしてその海岸沿いには奇麗に整えられた芝生にウッドテラスやベンチが配置された遊歩道が続いている。
「へえ、なんかいい感じじゃない?あ、いいとこ発見!」
あたしは遊歩道のすぐそばに、猫のイラストが描かれた看板のこじんまりとしたカフェを発見した。
かわいい店内も良かったんだけど、天気もいいし、せっかくなので飲み物をテイクアウトして、海の見える遊歩道のベンチに座っていただくことにした。
長めのストローを差し込んでよく冷えた甘いカフェオレを飲むと、カラダ中に優しい甘さがゆっくりとしみわたっていく。
「あー、やっと生き返ったああ!」
考えたらスタジオであの憎らしいハゲにちょっとしたイタズラをしてからまだ24時間も経っていないのに、随分昔の気がする。
結局あの後、事務所が借りてくれてる自宅には戻らず、あたしはタクシーでオフの日に一人でよく利用するネットカフェへ向かった。
どうしてかって?そりゃあさすがのあたしも、ウチの事務所やテレビ局のスタッフ、それにヤクザがらみで有名なあのハゲの事務所まで、みんなブチ切れてるのは想像は付くからね。
ネットカフェでひと晩過ごしたあたしは、朝イチで東京駅に向かい、そのまま新幹線に飛び乗った。
だけど、その間ろくに食事も取っていないからもういい加減あたしのライフはゼロに近くなっている。
「ふうっ」
キャップを脱いでまとめていた髪をほどくと、少し行儀が悪いけどあたしはサンダルを脱いで裸足になった。
この黒いルブタンのサンダルはあたしの宝物だ。大胆なシルエットも真っ赤な靴底も最高にクールで、大きなオーディションや今回みたいなテレビの特番みたいな大仕事など、不安で押しつぶされそうなときに履くといつも勇気を与えてくれる。
ただ、120ミリヒールはさすがに長時間履いていると疲れちゃうんだよなあ。
あたしは改めて考えた。
「これから、どうしよう」
とりあえずあの招待状にあった住所を頼りに曽祖母(ひいおばあ)ちゃんの屋敷があるこの尾道まで来ちゃったけど、そこから先が1ミリも浮かんでこないんだ。
「ママのところも、東京にも戻れないし。改装してホテルになったって書いてあったから、働かせてもらおうかな。でも、突然そんなこと言い出したらホテルの人にも迷惑よねえ。はあああああ」
ぐるぐる考えを巡らせてるうちに、なんだかユーウツになってきた。こんな時は、アレしかない!
「んー、ちょっとやっちゃおうか」
あたしは裸足で芝生に足を降ろした。ちくちくとした刺激と足裏から伝わるひんやりとした感覚が気持ちいい。
両手を上にあげ、ゆっくりと下ろしながら左右に開くのと一緒に大きく息を吐く。
限界まで吐き切ったら、両手を正面で合わせるように持っていきながら、ゆっくりと吸う。
そのままおへその下に溜める形でしばらく我慢して、また手を開きながらゆっくりと息を吐き出す。
これは怒りによる魔法の暴走を抑えるための感情のコントロールに役立つだろうと、ママが小さい頃から通わせてくれた伝統派の空手道場で覚えた呼吸法だ。
目を閉じて何度か繰り返すと気持ちが落ち着いてきて体がリラックスしていくのがわかる。
そのまま大好きな型ー観空大(かんくうだい)を始める。
指先からつま先まで精神を集中して、さまざまな突きと蹴りを速く、正確に。
そしてあくまで敵がいることをイメージして真剣に行うと、どんどん集中力が高まっていき風を切る音以外、耳に入ってこなくなる。
自分の手が、足が空気を切り裂くこの感覚があたしは大好きなんだ!
最初に通わされたバレエ教室は退屈すぎて長続きしなかったけど、空手はあたしに向いていたようで、小学校の高学年の頃、大きな大会で優勝できるほどの腕前になる頃には、あたしはママが心配していた魔法の暴走を起こさなくなっていった。
でもそれは、ママが考えていたのとはちょっと違う効果なんだけど。
型の最後に、仕上げとして右の上段回し蹴りから連続して空中に飛び上がっての左後ろ回し蹴りをキレイに決めて着地すると、あたしはペロッと舌を出した。
「だって、頭にきたら魔法より先に蹴っ飛ばしちゃえばいいもんね!」
パチパチパチパチパチパチパチパチパチ!
拍手の音が聞こえて振り返ると、いつのまにか大勢の見物客が集まっていてあたしはすっかり見世物になっていた。その中にはスマホでずっと撮影している女子高校生らしきグループもいて、あたしの正体に気づいたようで興奮してキャッキャ騒いでいる。
「ちょ、ちょっとヤメてよ〜!」
恥ずかしさで耳まで真っ赤になったあたしは慌ててサンダルを履くと、背後の女の子たちの「アンちゃ〜ん!」という呼び止める声も無視してひったくるようにカバンとキャップを手にその場を走り去った。
「何やってんのよ、あたしは!あんなのSNSに上げられたら、事務所の連中にソッコーで見つかっちゃうじゃん!あ〜もう!」
再びキャップを目深にかぶりサングラスをかけ、自分の馬鹿さ加減に呆れ返りながら、それでもその時のあたしはこのことが引き起こすもっと重大な危機に気づいていなかったんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます