第12話 裏切者 part3

 静かにドアが開き、微笑みを浮かべたメイドが再び現れた。


「大事な話の途中だ。出て行きたまえ」

 レスターの言葉を無視するようにメイドはティーポットを持つとクラークの側に立ち囁いた。

「お替りをどうぞ」

「い、いや私は結構だが……」

 そう話しかけたところでクラークは、メイドの目が光のない黒一色に塗りつぶされていることに気づいた。

「き、君は……!」

 香り高い紅茶がゆっくりと注がれてゆく。

「お替りをどうぞ」

「おい、何をしている。早く出ていくんだ!」


 怒りに満ちたレスターの声を聞きながら、クラークが震える手でカップを持ち上げ、メイドにすがるような口調で話しかける。

「頼む……お願いだ……家族だけは……家族だけは……!」

 問いかけには答えず、メイドは微笑みながら、三度みたび同じ言葉を繰り返した。


「お替りをどうぞ」


「先生!お止めください!」


 レスターの制止を振り切り、震えながらクラークはティーカップの紅茶を一気に飲み干した。

「ーーーー!」

 一拍の間を置いて突然その体が大きく仰け反り、目、鼻、口、耳ーその全てから高い天井に届くほど鮮血が迸った。


「クラーク先生!きさま、何をした!」

 掴みかかろうとするレスターをあざ笑うかのように一瞬でステップバックして壁際まで下がると、メイドは真っ黒な目で微笑みながら壁に溶け込んでゆき、姿を消した。

「何だと⁉︎……馬鹿な!」

 急いでドアを開け部屋を出て後を追おうとするレスターだが、廊下には既に誰の姿も見当たらなかった。

「どう言うことだ……?一体あいつはなんなんだ!」


 背後からシッダールトの叫び声が聞こえた。

「レスターさん!クラークさんが!」


 慌てて室内に戻ると、息も絶え絶えのクラークが血と涙に濡れる目でレスターを見つめながら詫びた。

「すまなかった、レスター……」

「しっかりしてください、クラーク先生!」

「本当にすまない……私は……恐怖に怯え……銅貨三十枚を受け取ってしまったんだ……」

「先生、あれは何なんですか!奴らはいったい!」


「イスカリオテだ……」


「……裏切者イスカリオテ?」

「数百年の時を経て、歴史の闇から彼らは戻ってきた……」

「しっかりしてください!誰が、何のために!」


 最後の力を振り絞るようにレスターの腕を掴むと、クラークは告げた。


「ジョシュアが……危ない……何としても守るんだ……」

「先生、クラーク先生!」

「神よ……私にはもう、光が見えない……」

 レスターの腕を掴む手から力が抜けると同時にクラークの体はドロドロに溶けて流れ落ちてゆき、後には仕立てのいいスーツとメガネだけが残された。


「やはり、ジョシュア様の予想通りでしたね、レスターさん」

 呆然と立ち尽くすレスターの背中に、シッダールトが呼びかけた。

「……ああ、残念ながら、な」

 レスターは自分のデスクに戻ると、一番下の引き出しを開け、何かを探し始めた。

「シッダールト、君はすまないが引き続き一族の中でやつらに魂を売り渡した者を洗い出してくれ」

「わかりました」

「くれぐれも身の回りには注意してくれ。危険な目に合わせてすまないな」

「とんでもない。ジョシュア様とあなたに受けたご恩に比べれば、何てことないですよ」

「……すまんな」

 レスターが開けた引き出しには、アンティークな二丁のリボルバー式拳銃とともに油紙に包まれて大切に保管されている一丁の拳銃があった。

 それは長年イギリス軍の正式拳銃であったが、近年ではより高性能なオーストリア製のグロックに取って代わられ生産中地となっているブローニングハイパワーL9A1だった。

 両手で何度も動作チェックを重ねるレスターに、シッダールトが恐る恐る声をかける。

「レスターさん、それ……どうするつもりですか?」


「私も相棒こいつと共に日本へ、尾道へ行く!ジョシュア様ともうひとりーーウォルズリーの希望を守らねばな」

「あの……残念なお話なんですが……日本への銃の持ち込みは……やめておいた方が」

「……何故だ⁉︎」

「日本では銃の所持は、禁止されています」


 口を開けて固まるレスターを見て、シッダールトは思った。


『この人はイギリス陸軍の特殊空挺部隊SAS出身で、本当にタフで頼りになる人なんだけど、こう言うところが抜けているんだよなあ……』

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