第11話 裏切者 part2

「あまりにも、健全すぎるんですよねえ」


 レスターがクラークに応える前に、インド系の若者が声をあげた。

 クラークは訝いぶかしげに声の主を見たが、当の本人はキーボードを叩き続けている。

「レスター、彼は……?」

「ああ、クラーク先生にはまだ紹介しておりませんでしたか」

 レスターは立ち上がると若者の肩に手を置いた。

「まあ私の身内のような者なんですが、オックスフォードを飛び級で15歳で卒業したシッダールト・シンです。現在は大学院に在学中なんですが、経営学とコンピューター関係に詳しいのでアルバイトで私のアシスタントをしてもらっているんです」

 シャイな性格なのか、シッダールトはクラークの顔も見ずに下を向いたまま挨拶をした。


「……健全すぎる、とはどういうことだね、シッダールト君?」

 相変わらず目も合わせないままシッダールトは応える。

「これらの企業はアメリカ、ロシア、中国、EUなど様々な国のいずれも新興企業ですよね。当然のことながら創立時期、資本金、従業員数など事業規模はまったく異なっています。しかし奇妙なことに、共通点が一つだけあるんですよ」


「リスク&リターンーー投資に対する収益ーつまり利益率が非常に安定しているんです」

「結構なことだろう。どこに問題がある?」

「普通、この手の新興企業は国際級の金融機関や長期型の機関投資家の付き合いが限られるため、実際の経営状況とは違ってー良くも悪くもー収支に予測不可能な『波』が出るものなんです」

「そんな事は君に言われるまでもなく、理解しているつもりだがね。それを踏まえて私はこれらの企業をー」

 ほんの少しではあるが不愉快な表情を浮かべるクラークの反論を無視してシッダールトは話続ける。

「いずれも利益率は低いものの、不自然なくらいに安定して模範的な収益を上げ続けている」


 そこまで言うとシッダールトは初めて悪戯好きの少年のような笑顔を浮かべ、書類に記載された企業のホームページを開いて見せた。

「そこでちょっと荒っぽい手口を使ってみました」

 一気にタッチを早めると鼻歌交じりにコンピューターを操作しだした。

「前回、アクセスした際にウイルスを送り込んでバックドアを設置しておいたんですよ。これでこの会社の内側に大手を振って入り込めるわけです」


 そう言ってキーを叩いた瞬間、シッダールトの手元の大型タブレットに大量の情報が一気に流れ込んできた。


「お、おい!そんな事をして大丈夫なのか?」

 レスターが慌てるクラークを落ち着かせるように話しかける。

「この子に任せておけば大丈夫ですよ、先生。相手は侵入された事すら気づきません」


「わかった事は二つ」

 

「具体的な事業内容はほとんどなく、記載されている従業員も、住所にもそんな会社は存在しない。行なっている事と言えばウォルズリー家から振り込まれる金額を複数の金融機関を利用し、別名目で分散して流しているだけ」

 クラークにはじめて視線を合わせると、シッダールトは告げた。


「これーすべてペーパーカンパニーですよね、クラークさん?」


 沈黙するクラークとは対照的にシッダールトは決して手を休める事なく作業しながら話し続ける。

「……じゃあ、彼らーー親族の方々が受け取っているこの利益は、一体どこからきているのか?」

 シッダールトはさらに速さを増したタッチで操作を続ける。

「様々な企業に投資を行っていると見せかけて、実際は複雑な迂回ルートを通り一カ所にーーここにーーすべての資金が流入されています」

 会心の演奏を終えたピアニストのフィニッシュのようにシッダールトがEnterキーを叩くと同時に、画面上に古い燭台をモチーフにしたシンボルマークが印象的なHPが現れた。


「『世界を照らす聖なる燭台』のマークで有名な、ニューヨークに本社を置くユダヤ系大企業コングロマリットーゴールドバーグ&サンズです」


 レスターが低い声で呟いた。

「ゴールドバーグ&サンズー別名『戦争芸術家ウォー・アーティスト』。アフリカの小さな部族の衝突から国家間の紛争まで、世界各地で争いを自由に創り出し演出すると言われている世界最大の軍事企業」

 レスターはゆっくりと席を立ち、俯いたままのクラークに近づくと低い声で話しかけた。

「先代アーサー様の強いご意向でウォルズリー家は軍需産業に対しての投資は禁止されています。先生もその事はよくご存知のはずですよね?」


「アーサー様は何よりも戦争を憎み、平和を求めその生涯を通じて清廉にして真摯な生き方を貫かれた偉大なお方です。それはご自身はもちろん、一族にも徹底されておられました。その為、十二親族の中に不満を持つ方がいることも事実です。しかし、まさか軍事企業と繋がる者が出てくるとは……」


 怒りと悲しみを抑え、絞り出すようにレスターがクラークを問いただしていく。

「何故です?何故、先生ともあろうお方がこんなことに手を貸したのですか?」

「……すまない、レスター。私はーー」

 クラークが顔を上げ、話し出そうとしたその時ーー。


 ガチャリ。


 静かにドアが開き、微笑みを浮かべたメイドが再び現れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る