第5話 レイジング・ガール part1

「あ、あそこ空いてる!」

 新幹線の自由席の混み合う車内、ちょうど中央付近の窓側にようやく空いている座席を見つけたアンは、同じように通路の反対側から急ぎ足で席を目指すスーツ姿の男に負けないように猛ダッシュした。

「ふう〜!」

 なんとかタッチの差で座席に滑り込むと、安心したせいか知らずのうちに大きなため息が出た。

 まるでトンボのような赤いフレームの大きなサングラスは、戦いに敗れた男の恨みがましい視線を遮るのには最適で、アンは手に下げていた無機質な微笑みを浮かべる女性が描かれた紙袋からカップを取り出すと口をつけた。


「熱っっ!」

 あわてて口を離すが、時すでに遅しで舌先がじんじんと痺れる。

『いーっつもちょっと火傷しちゃうんだよなあ、このカップ。もう少しうまく作ればいいのに。これはメーカーの製造ミスよね!』

 自らのそそっかしさをかえりみることもなくぶつぶつと呟きながら、それでもここのトリプルエスプレッソ ラテが一番好きなのを再確認していると、ストレッチ素材のスリムなパンツの後ろポケットにねじ込んだ携帯電話がはげしく振動し、着信を知らせる。

 小さく舌打ちをしながらポケットから引き抜いて画面を見ると『マネージャー』と『事務所クソ』という着信表示が代わりばんこに無限ループして続いている。

『昨日の晩からずっとじゃん。しつっこいなあ、ホントに』

 やがて観念したかのように静かになった携帯電話を肩から下げた小さなカバンの中に突っ込もうとしたその時だった。

 再度振動が始まり、うんざりしながら再度画面を見るアンの顔色が変わった。


 そこには『鬼ママ』と表示されていた。


『うっわ、ヤバい……!』


 しばらく悩んだのち、アンは座席を離れデッキへと出ると、一度深呼吸をして心構えをしてから電話に出た。


「……もしもし?」

「何やってんのアンタ!」

 反対側の耳にまで突き抜けたかと思うほどの大声に一瞬気が遠くなったアンだったが、

「あれほど言っておいたのに!どうなっても知らないわよ!」

 さらにボリュームを上げた怒声に、アンは自らの力を封印するキッカケとなった、幼いころのある出来事を思い出していた。



 それはまだアンが小学生の頃。現在と違い、おとなしくて引っ込み思案だったアンは金髪に青い目、白い肌といった風貌から近所の子供たちのイジメのからかいとイジメの対象となっていた。


 その日も母親と一緒に公園に遊びに行き、ひとりで自転車の練習をしていると、いつもちょっかいをかけてくる男の子が目の前に立ちふさがった。

 今思えば、アンの気を引きたいためのものだと納得できるのだが、その頃のアンにとっては理解できるはずもなく、その少年の行動は純粋に恐怖と憎悪の対象にしかならなかった。

「ちょっと貸せよお」

 その日も男の子はにやにやと笑いながらアンの自転車を強引に奪って勝手に乗り回し始めたのだ。

 泣きべそをかきながらお願いしても返してもらえず、公園内を必死で追いかけているうちにアンの体に変化が起こりだした。

 髪の毛がふわふわと浮かび上がると同時に目の奥が熱くなり、視界全体が夕焼けのように赤く染まっていったのだ。

 怒りの感情が膨れ上がってゆき、頭の中でこだまする声はどんどん大きくなって遂にはアンの口から飛び出した。


「あんたなんか大嫌いっ!死んじゃえ!」


 その途端、子供用の自転車は突如ウィリーのような形で前輪を持ち上げると、男の子を乗せたままもの凄いスピードで走りだし、呆気に取られている周りの子供や保護者を置き去りに公園を突き抜けると、車が激しく行き交う車道へと一直線に飛び出した。


 たくさんの悲鳴と空気を切り裂くような急ブレーキの音、そして断末魔のような何かがひき潰される音をアンは呆然と立ち尽くしたまま聞いていた。

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