第3話 ”マジック・キャッスル”ツアー part1

 ロンドン郊外、領土である広大な丘陵地を見下ろすようにそびえ建つウォルズリー城。

 十三世紀、当時のイングランド王エドワード一世に招かれた初代ウォルズリー家当主により建てられたと言われており、その壮麗な建築様式と見事に整備された英国式庭園の美しさは、数々の数々の古城が残るイギリスでも有数の名城である。

 長きに渡り未公開であった事も加わり、謎多き城としても有名だったのだが、二十一世紀に入り現当主のアーサー・ウォルズリーによって一般にも公開され、現在では世界各地から観光客が訪れる人気の観光スポットになっていた。

 

「はーい、それでは美しい庭園の後は、いよいよ”マジック・キャッスル”ウォルズリー城観光ツアーの見どころの一つ、礼拝堂にご案内しますよ〜!」

 黄色い声で老若男女、様々な人種で構成された観光客を率いるのは、まん丸な顔に赤ぶちメガネの白人の中年女性のガイドだ。

「ガイドさん、あの、すいません!この礼拝堂って、例の場所なんですよね⁈」

 アジア人らしき若き女性のグループの一人が手を上げ、ぎこちない英語で呼びかけた。

「フローレンスで結構ですわよ、そちらの方は……中国の方?」

「いえ、日本人です!私たち、日本から来ました!」

「あら、やっぱりそうだと思いましたわ!このウォルズリー城観光ツアーには、日本からもたくさんの方がお見えになっていますもの。みなさん、やっぱり『あの本』を読んでいらしたのかしら?」

「もちろんです!」

 そう言うと、女性たちは笑顔で一冊の単行本を鞄から取り出した。


 金髪の少年と神秘的なオッドアイの白猫が、黒ずくめの魔法使いが率いる無数のモンスターと対峙したイラストが描かれたその本の表紙には、日本語でこう書かれていた。


『泣き虫魔法少年アーサーと白猫ノーラの奇妙で憂鬱な冒険』


 すると、まるでそれが合図かのようにツアーの参加者全員が笑みを浮かべながら、同じようなイラストに様々な言語のタイトルがついた本を取り出し頭上に掲げた。


「あらあら、まあまあ!なんて素敵なのかしら!みなさん『あの本』の大ファンなのね?」


 それは第二次世界大戦前のイギリスを舞台に、世界征服を企む黒の魔法使いが率いる死の軍団から名門貴族の祖父を守るため、はるか遠い島国・ニッポンからやってきた魔法使いのアーサー少年とイジワル白猫ノーラの迷コンビが戦う波乱万丈の物語で、欧米はもちろん世界中で長年ベストセラーとなっている冒険ファンタジーだった。


「そう、これからご案内するのは、物語の最後の章で登場するウォルズリー十二家による親族会議が行われ、主人公アーサーと悪の魔法使いの死闘が繰り広げられた”あの”礼拝堂なのです!」

 フローレンスはもったいぶった口調で語りながら、ツアー客を礼拝堂へと案内した。


 礼拝堂の内部は昼間にもかかわらず薄暗かったが、あかりが灯った瞬間、ツアー客の間からいっせいに歓声が上がった。

 床は美しい大理石が敷き詰められ、高い天井まで続く壁や柱にはゴシック様式の見事な装飾が施されており、周囲には様々な場面が精緻に描かれた色鮮やかなステンドグラスがはめ込まれている。

「うわー、凄い!」

「こんなの見たことない、なんて美しいの!」

「ここが最後の死闘の舞台なのね!」

 感激して叫ぶもの、写真や動画を撮り出すものなどツアーは一気に盛り上がりを見せる。


「あの、ガイドさん!」

 よく太った白人の中年男性がペーパーバック版のページを開いて、興奮気味に話しかける。

「フローレンス、と呼んでくださいな」

「フローレンスさん、このステンドグラスが物語に出てくる、魔法使いが怒りの咆哮で吹き飛ばしたものなんですか⁈」

『……もしそうだったら、ここにある訳ないでしょうに。このお客、おそらくアメリカ人だろうけど、これだから田舎者は困るのよねえ』

 フローレンスは心の中でため息と悪態をつきながら、笑みを絶やすことなく応えた。

「残念ながら、違いますのよ。あなた……アメリカの方?」

「いえ、ハイデルベルク、ドイツです」

『まあどちらにせよ田舎者には変わりないわね』

「そうだと思いましたわ、グーテンターク」

 フローレンスは盛り上がるツアー客に向かって周囲のステンドグラスの解説を始めた。


「正面に描かれているのが”獅子王”と呼ばれたウォルズリー家先代当主であるハワード・ウォルズリー侯爵で、その横に描かれているのがハワードの忠臣として名高い執事のレスターと、当時飼われていて、この物語の人気キャラクターであるノーラのモデルとなった白猫です。

 反対側のこちらのステンドグラスに描かれているのがハワードの三人の弟、ルーパス、リチャード、エドワード。その横は十二家の親族たちですね。

 この礼拝堂にはかつては中世に作られた、歴史的に非常に価値のあるステンドグラスが飾られていたそうですが、不幸な事件ですべて消失してしまい、現在のものは第二次世界大戦後に新しく作られたものです。

 ここまでで、何かご質問はございますか?」

「すいません、いいですか?」

 イタリア訛りの青年が手を挙げた。

「兄弟の中で、なんであのルーパスだけ髪が黒いんですか?」

「本にも描かれていますが、彼だけ他の兄弟と母親が違うからだといわれていますね。ただ、兄弟仲は大変良かったそうですよ。

 彼は非常に旅行好きで、世界各地を訪れていたことでも有名です。余談ですが、この中でウォルズリー・ホテルにご滞在の方はいらっしゃる?」

 ツアー客の数名が手を挙げた。

「世界的に有名な高級ホテルチェーンであるウォルズリー・ホテルの中でも最高級の豪華ホテルのみに"ルーパス"という別名が付けられているのは、彼に敬意を表しているためだそうです」

 ほお〜という感心の声が上がり、フローレンスは満足げな笑みを浮かべた。

「すいません、ガイドさん!」

 また別の客が手をあげる。

「フローレンス、ですわ。何かしら?」

「このステンドグラスに描かれている人たちって、みんなあの親族会議の日に命を落としたという……?」

「そうです。亡くなったハワードやその兄弟、親族などへの弔意を込めて作られたという訳ですね」

「あれって、落雷による火災で逃げ遅れて亡くなったんですよね?」

「落雷とも、古くなった電源施設からの出火とも言われていますが、詳しくは現在もなお不明です。

 ちょっと、失礼」

 フローレンスはツアー客の一人が持つ英語版の単行本を拝借すると、そこに描かれた著者名『ヘンリー・レスター』を指差した。


「もともとこの物語は、あの火災で生き残った当時まだ十歳のアーサー少年を慰めるために執事のジャック・レスターの息子のヘンリーが日記形式で書き上げたものだと言われています。

 彼はのちに父の後を継いでウォルズリー家の執事となるのですが、手元に置いておいたものをたまたま読んだ彼のガールフレンドである女性編集者が感動して独断で出版したところ、たちまちベストセラーとなったという話です」

「あのーガイドさん、最後にひとついいですか?」

『またさっきのドイツ人ね、面倒臭いわ』

「フローレンス、ですわミスターダンケシェーン」

「ネットで見たんですが、あれは実は火災ではなくて実際に魔女との戦いがあって、この礼拝堂はそのせいで破壊されたという噂は本当なんですか?」

 フローレンスはにっこりと笑うと話し出した。

「それっていわゆる怪しげな都市伝説の類のサイトですわね?ウォルズリーは魔法使いの一族だとかなんとか」

「あ、はい、そうです。でも、当時の使用人の証言もあるってーー」

「血縁関係があるわけでもないのに、英国王室や政府に対して多大な影響力を持つこのウォルズリー家は昔からそうやって妬みや噂の対象になっていたんですよ。でも、実際は博愛の精神を持ち、様々な慈善事業に熱心な素晴らしい方々ばかりですのよ」

「よくご存知なんですねえ」

 感心するツアー客たちに向かってフローレンスは微笑んだ。

「実は私、この物語に登場するメイドの子孫ですの。彼女は身内にも詳しくは語らなかったようですが、神秘的な出来事はあったようで、だからこの礼拝堂の事件もひょっとしてひょっとするかもですわよ。

 ほら、今も、そこここに魔法使いの霊が……」


 フローレンスの言葉が終わるや否や、突然、礼拝堂内部の電源が落ち、「ニャーオゥ」という猫の鳴き声とともに祭壇の後ろから白い物体が飛び出してきて、ツアー客たちの間から悲鳴が上がった。

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