第99話 ゲームマスター ㉘ 三人称


「なっ……諦めるな岡本さん、私が一旦降りる」


 高木刑事も分かっていた。ニートボールが一人で登るのは難しいことも、心配させない為に嘘をついていたことも。

 だが時間はまだ10分ある、高木刑事が諦めるのは早いと考えるのも無理はない。


「2人で協力すれば必ず…」

「降りんな、無駄だ!」


 強い口調で止めるニートボール。そして震える腕を前に出す。


「もう腕が上がんねぇんだよ」


 時間は関係なかった。既にニートボールが身体は限界…いや限界を超えているのだ。そうでなければくれないが驚く結果を出せていない。


「腕使わずに登る方法なんてねぇだろ」


 部屋に入った時点でニートボール自身が真っ先に分かっていた、クリアは不可能だと。


「それは……、だが…………ぐっ……」


 悔しさに歯を食いしばる高木刑事。

 オミズの踏み台になってまで登らせたニートボールを見捨てるなど、正義の警察官として許されない。

 しかし協力したところで腕を使わず登る方法などない、考えるまでもなく出てしまう結論。

 

「…生き残って両親を見返すと、言ってたじゃないか…」


 悔しさのあまりそう口にしてしまう高木刑事。


「そうだな、本当は3000万持って帰りたかったが仕方ねぇ。…頼み聞いてくれねぇか高木」

「頼み…?」

「このクソったれなデスゲームから抜け出したら、オレのおやじとおふくろに伝えてくれ。、ってな」


 そう言うニートボールはまるで別人のような笑顔を見せる。


「500万でも老後資金の足しぐらいにはなんだろ。のんびり暮らしてくれ、とも伝えてくれ」

「そ…」


 思わず「それは自分で伝えるべきだ」と口に出そうになる高木刑事。だがそれが無理だと悟ったからこその頼みの言葉に喉で留まる。


「……分かった、必ず伝える!ご両親に、岡本 匠はとても立派は男だったと」

「へっ、伝言内容が違ってんじゃねぇかよ」

「岡本さん、助けてくれて本当にありがとう」


 オミズも心から感謝の意を込めてお礼を言う。


「礼はいらねぇよ、スカートの中をじっくり見たかっただけだからな」

「…ふふ、スケベだね。特別に許してあげる」

「死ぬなよ、オミズ」

「うん、アタシは絶対にクリアするよ」


 根拠のないはずのオミズの言葉に、不思議と心配が消えたニートボールは、

 

「もう行け。くっちゃべってて爆発に巻き込まれたら洒落にもなんねぇからな」


 笑顔で二人を送り出す。


「絶対にコスプレ女をぶっ倒せよ」

「ああっ、誓おう!あの女に正義の鉄槌を喰らわせてやる!」

「行きましょう高木刑事」





 二人が奥へ進み扉の開閉音が聞こえた後、モニターにくれないが映る。


『諦めの良いことだなニートボール』

「うっせぇ、消えろ」

『そう言うな。時間があるから最後にお前と話がしたくなったのだ』


 爆破まであと5分。

 ニートボールが一人残るのは予想通りだが、死を覚悟して座っているだけの映像を流しててもつまらない、間を持たせる必要があった。


「へっ、さっきのステージでも最後つってたじゃねぇか」

『ああ、お前がステージ3を通過したことには正直驚いた。それまでがあまりにも愚鈍で無様だっただけにな』

「褒めてんのか貶してんのかどっちだよ」

『褒めているさ。ここでも、お前が踏み台になってまでオミズを助けるとは思っていなかった。スカートの中を覗く為とか言っていたが、お前は壁しか見てなかっただろ』


 足が震えるほど疲労困憊だったニートボールは、乗っているオミズが落ちないよう額を壁につけて体勢を安定させていた。くれないが見ていた限りオミズが完全に登り切るまで顔を上げていない。


『絶望的状況に陥りながらも何故お前はあのような行動をとった?』

「借りを返すのがそんなに変かよ」

『借り…ステージ2で助けられたことか…』

 

 助けてくれた相手だから助けた。日常では当り前のことでも、非日常のデスゲームで当たり前に行える者は少ない。


『どうせ死ぬならオミズを犯そうとかは考えなかったのか?』

「おい、オレがそんな恩を仇で返すような男に見えんのかよ」

『ああ、見える』

「やっぱ貶してんじゃねぇかっ!」

『正しくはそんな男に見えていた、と過去形だな』


 ゲーム開始時とは別人のように思えるニートボール。デスゲームという生死を賭けた状況で性格が変わってしまうことは稀にあるが、大半は「温厚な者が冷酷な者に」「善人が悪人に」といった変化。

 

『お前のような変化は珍しい』

「…オレとしては昔に戻った気分だけどな」

『昔に戻った…?』

「こんなオレでも小さい時は正義のヒーローに憧れてたんだよ」


 ニートボールの過去はそれほど深く調べていない。浅慮で短気、仕事は続かずここ数年ほぼニート、怠惰による100㎏越えの肥満体。簡単に入手出来た情報だけでくれないは想定を超える存在ではないと判断したからだ。

 もし青少年期も調べていたら、真面目で正義感が強い子供だったという情報も入手出来ていたのかもしれない。

 そして、社会の理不尽で腐ってしまった性根が死線を越えた事で剥がれ落ち、活きた芯が垣間見えた。

 憶測の域は出ないがくれないとしてはしっくりきた。


『……嘘から出たまこととは言うやつでしょうか』

「あん、何つった?」

『非常に面白いと言ったのだ。今後参考にさせて貰おう』

「デスゲームの参考になんて言われても、全く喜ぶ気になんねぇよ」

『そうか。ではお礼に望みを聞いてやろう』

「望み?……」

『ああ、お前が今望んでいることを言うといい』


 ここからが本題であった。


 くれないは間を持たせる為だけに会話をしているわけではない。

 観客は死を覚悟した者を爆破しても大して面白いとは思わないだろう。

 ゲームマスターは面白い映像にすることが仕事だ。


「叶えてくれんのかよ?」

『内容による。我に死ねと言わても無理な話だからな』

「だったら…、殺さず解放してくれ」

『くくくっ』


 実は残り5分から、観客が見ている会場のモニターには【ニートボールが命乞いをしたら爆破】とテロップが表示されているのだ。


『死を覚悟してもやはり命を乞うか』


 殺戮拷問ショーでウケるのは、生きようと足搔く者が無残に死ぬ様。


「当然だろ、やれば出来るって思えるようになったんだ。生きてやりたいことが沢山湧いてくるんだよ」

『ふむ、今のニートボールならこれからの人生も変えられるかもな』

「ならオレを…」

『だが、断る』


 ならば紅がやるべきことは決まっている。

 

『このゲームマスターくれないが最も好きなことの一つは、生きる希望が見えた奴を無慈悲に死へと突き落としてやることだ』

「……ケっ、うんなこったろうと思ったよ。クソコスプレ女が」

 

 モニターのくれないに向けて中指を立てるニートボールは、


『ミッションフェイルド失敗


 くれないが指を鳴らすと共に、爆炎に包まれた。


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