第96話 ゲームマスター ㉕ 三人称


 高木刑事が雲梯の半分程度進んだのを見て、


「アタシも行きますね」


 渡るため雲梯の前に立つオミズ。 

 

「…こんな状況で全くビビらねぇとか、本当に肝が据わってるよな」


 ニートボールがそう思うのも無理はない。渡り切る自信があるとしても下は火の海、雲梯から落ちたら焼け死ぬという恐怖に臆する者が大多数だろう。


「いや~ん、怖ーい!」

「何取って付けたように言ってんだよ、逆に怪しいぞ。さてはオミズが裏切り者だな」

「あー、さっき引っ張ってあげたのに酷~い」

「わりぃわりぃ」

「ふふ。それじゃ時間がないから行くね」

「落ちんなよ」

「はい、向こう側で待ってます」


 そう言ってオミズは雲梯を掴み、軽々と進んで行く。

 オミズも半分程進んだことろで、


「オレも行くか。絶対渡り切ってやる」


 ニートボールも雲梯を掴み、渡り始める。




 反対側では高木刑事が足場まであと少しの所まで来ていた。

 ステージ2で鞭を喰らった背中は痛むが、体力的、腕力的には余裕がある。そのまま問題なく渡り切った。


「ふぅ~…。下の炎を除けば他に罠もないただの雲梯だったな…。2人は?」


 振り返るとオミズがもう既に8割ほど進んでいた。


「速いな……」


 明らか高木刑事より速いスピードで渡っているオミズ。雲梯単体で見れば身軽だから速いで済む話だが、棒を掴み損ねて落ちたら焼け死ぬこの状況では不自然に思える。


「よしっ、ゴール!」

「……」


 さらに出来て当り前というオミズの態度を見ると、異常性すら感じられる。


「どうかしました?」

「いや、本当に度胸があると思って」

「…アタシだって怖いですよ。平静を装ってるだけです…」


 落ち込んだように言うオミズ。


「あ、すまない。怖くないわけないな、適当なことを言って申し訳ない」

「大丈夫です」

 

 気丈にされど儚げな笑みを作るオミズを見て、さらに罪悪感を感じる高木刑事。


「それより今は岡本さんです」

「ああ」


 ニートボールを見ると、遅くはあるが着実に雲梯を渡って来ていた。


「良かった、進めている」


 あの体型とステージ2までの様子から(全然前に進めてない!?)(ぶら下がるだけで精一杯!?)なんて展開も想像していた高木刑事。


「雲梯が得意だったというのは本当の様だ。あれなら渡れる」

「……だと良いですけどね」


 期待を込めて希望的観測を口にする高木刑事に対してオミズの言葉は冷たい。

 予想より頑張れているという感想はオミズも同じ。

 だが、


(あのペースじゃ渡り切れないだろうな)


 ニートボールが渡り切れるとしたら、一定のペースで慎重に渡るのではなく、ペースなど考えず全速力で渡るべきだとオミズは考える

 棒を掴み損ねて落ちるか可能性は高いが、ぶら下がる時間が長くなり腕が疲弊して動けなくれば詰みたからだ。


(まぁ、あのデブがそんな一か八かな戦法をとれるわけないから終わりだね)



 そして、


 ニートボールは半分程渡ったところで動きを止めてしまう。


「止まったら駄目だ岡本さん!」


 高木刑事に言われなくとも駄目なことぐらいニートボールも分かっている。

 分かってても疲労で腕が前に出ない。


『おやおや、そんなところで止まってどうした?ニートボール』


 再びモニターに映ったくれないは、想定内の結果が確定したことに笑みを浮べている。


『そのまま燻られてベーコンになるつもりかな?我としては焼き豚を所望なのだがな〜』


 あとは会場の観客達が楽しめる様に、


『そうそう、お前からの質問はなかったが、我からニートボールに聞きたいことがあるのだ』

「うるっせぇ…、黙ってろや」

『そう言わず答えてくれ。我は天才ゆえ、愚鈍で無能な奴の気持ちがまるで分らなくてな』


 より無様な死に仕上げること。


『最後に教えてくれ。が出来ずに死んでしまうお前は、今どんな気持ちなんだ?』


 くれないの言葉がニートボールの心に突き刺さる。それにより記憶がフラッシュバックする。


 仕事でミスした時に上司から「普通誰でも出来るだろ!」と言われ、反発して喧嘩になり退職したこと。


 就職しては退職を繰り返す状況に父親から「どうして簡単な仕事も続けることが出来ない」と言われ暴れたこと。


 動画配信で稼いだ僅かな金で酒を買いに行く際、近所の住人にニート呼ばわりされ、怒鳴りつけたこと。


 近所から苦情があり、母親から「せめて迷惑をかけないで」言われまた暴れたこと。

 

(…走馬灯ってやつか…?…へっ、…売られても仕方ねぇな…)


 考えないようにしていたデスゲームに出場させられている理由に、絶望の淵で辿り着いたニートボールは、

 

(…500万じゃ老後に足らねぇよな…生き残れば、3000万…)


 同時にデスゲームをクリアして生きて帰る理由にも辿り着いた。


「…生き残る」

『ん?聞こえんな~。もっと元気よく喋ってくれないか』

「絶対ぇっ~生き残るつったんだよっ!」


 ニートボールはぶら下がった状態で体を前後に振る。そして前に出るタイミングで次の棒を掴む。


『無駄な足掻きを』


 前後に体を振ってしまうと前に進みやすくなったとしても、反動で交互に後ろに引かれる為、総合的負担は変わらない。ただ掴み損ねる可能性が上がるだけ。

 テスト版でも、普段全く運動していない者はステージ3を通過出来なかった。スタージ1、2で身体を痛めつけられ疲弊したニートボールが通過出来るわけがない。


『……』


 そう考えながらもくれないは再度違和感を覚える。今度はその正体を悟る。

 過去情報やデスゲームでの言動から分析するに、この絶望的状況で強気でいられる程ニートボールの精神は強くないと推測が立つ。


 なのにニートボールの虚勢に弱気の色が見えないのだ。

 

 もしスピーカーを切らず休憩中の会話を聞いていたら、脳内麻薬と言われるエンドルフィンの効果と分かっただろう。そしてもう一つの可能性も察っすることも出来たはずだ。

 エンドルフィンは身体のリミッターを外す鍵。同時にアドレナリンが多量分泌されること引きおこる、


 通称『火事場の馬鹿力』に至る可能性を。




「うらぁっ!」


 ニートボールは雲梯を渡り反対側の足場へと降り立った。


「ふぅ、はぁ、ふぅ、はぁ、…はは、はははっははははっ!見たかコラ!コスプレ女!渡り切ってやったぞぉっ!!」


 渾身のドヤ顔で言い放つニートボール。


『…………フンっ、つまらん』

「お前の予想を外せたなら、これ以上嬉しい事はねぇぜ!」


 紅は感情を消した目で見つめるだけで言い返さず、次への扉を開けてモニターを消す。


「へへ…見たかよ、オレだってやりゃ出来んだよ……」


 立って居るのも辛くなりふらつくニートボールを、高木刑事が支える。


「ああ、本当に凄いぞ岡本さん!」

「ほんとー、絶対落ちると思ってた」

「おい、さっきと言ってること違うじゃねぇかオミズ」

「……絶対渡り切れると信じてました!」

「だから取って付けたように言っても意味ねェだろ!…ぷっ」

「「「あはははっ!」」」

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