第95話 ゲームマスター ㉔ 三人称


「ふぅ~、はぁ~…ありがとな、高木、オミズ。足引っ張って悪い」


 少し息が整ったところで、本心をそのまま口にするニートボール。


「協力し合うのは当然だ、気にしなくていい」


 素直な礼と謝罪の言葉に高木刑事は笑みを作って返す。


「アタシは大したことしていませんよ」

「そんなことはない、磯野さんが素早くボタンを押してくれたから助かった」

「ああ、滅茶苦茶足速いな」

「足には自信あるんです」

「それだけじゃなく、冷静な判断も出来ている」

「そんなことないですよ」

「ヤーさんから金盗むぐらいだから、肝が据わってんだろうな」

「あ、その話題出すのは駄目じゃないですか、えいえいっ」

 

 座ってるニートボールの腹に軽く蹴りを入れるオミズ。


「痛イタ、お前こんなズタボロのオレに何にやがんだ」

「鉄球や鞭より、美女の蹴りの方が嬉しいでしょ」

「自分で美女とか言ってんじゃねぇよ。…ぷっ、あはははっ」


 オミズのちょっとした冗談に笑い込み上げてくるニートボール。

 命の危険はまだ続く、次で死ぬかもしれない。

 なのに、


「はは、何爆笑してんだろうなオレ、頭がイカれちまったたのか。はははっ!」

 

 気分は高揚していた。


「ランナーズハイのたぐいだろう」

「それって長距離走った時になるやつですよね、たった10分ですよ」

「過度の苦痛を誤魔化す為に脳内麻薬が分泌されるのが原因で、走った距離や時間は関係ないそうだ」

「へぇ~、…脳内麻薬が分泌されてるなら、頭がイカれたであってますね」

「いや、それは私の言い方が悪かった。確かエンド…、エンドルパン…?とかそんな名前のだった気がする」


 この時、スピーカーを切っていた為紅は会話を聞いてない。




 休憩の終わりを告げるブザーが鳴り、モニターに紅が映る。


『楽しそうに笑っていたようだが、もう死を受け入れたかニートボール』

「うなわけねぇだろ!オレは絶対生き残っておやじとおふくろを見返してやんだよっ!」

『くくくっ、威勢だけは良いな。だが次の部屋を見て続くかな』


 次の部屋への扉が開く。今までと違い扉の直ぐ前に階段がある為、奥がどうなっているかは見えない。


『さぁ、次の部屋へ進め』


 階段を登ろうとして直ぐに3人は気づく。


「何だ?暑い…」

「変な音もしますね」

「それに臭ぇな」


 次の部屋は明らか気温が高くなっており”ゴォー!”と継続的に音がし、鼻に着く臭いが充満していた。

 原因は階段を上り切った時点で一目瞭然だった。


「これはっ!?」

「暑いわけだね…」

「焼き殺す気かよっ!」


 そこに広がっていたのは火の海。可燃性の液体で満ちた床が隙間なく燃え上がっていた。


『お遊びは終わりだ。断末魔の叫びを聞かせてもらおう』


 当たり前だが火の海を泳げと言っているわけではない。焼けることなく反対側の扉へとたどり着く手段はある。


『ステージ3は雲梯うんていを渡って反対側に到達すれば通過だ』


 3人が居る足場から雲梯が反対側の足場まで続いている。


「結構長いな…」

「渡れない距離ではないですけど…」


 長いと言っても決して渡れないと思わせるほどの距離ではない。標準体型なら渡りることは難しくない。

 しかし、110㎏の肥満体型では話は別だ。

 高木刑事とオミズは心配する視線をニートボールに向ける。


「何見てんだよ、オレはこう見えて雲梯は得意だったんだぜ」

「……それはいつの話ですか?」

「小学生の時だ」


 2人は「全く当てにならない!」と喉まできたが口には出さない。


『制限時間のタイマーは3分だ』

「なっ!?たった3分だと?」

『勘違いするな。これは雲梯にぶら下がるまでの制限時間、三人共ぶら下がった時点で止めてやる』

「…あ、だったら」


 ぶら下がるまでの時間が3分と聞いて、オミズは履いていた靴下を脱ぎだす。


「オミズ何してんだ?」

「鉄パイプを持ったままだと渡れないから、靴下を帯代わりにして腰に提げるんです」

「…そこまでして持って行く必要が?多少なりとも重荷になると思うのだが」

「これぐらい大した重さじゃないですよ。もしもの時の為に武器は必要だと思うんです」


 一瞬だけ紅に視線を向けるオミズ。武器は「もしもの時」ではなく最終ミッションを見据えての備えだ。


『さて、ステージ3も単純明快だが最後に聞いてやろう。何か質問はあるか?ニートボール』


 雲梯という時点で誰でも察せれる、ステージ3でニートボールを殺しにきている。「最後に」というのはここで確実にお前は死ぬいう挑発。

 そんな紅に、


「ねぇよボケ!」


 中指を立てるジェスチャーで挑発を返すニートボール。


『……そうか』


 僅かに違和感を覚える紅。命乞いをしてくるか、虚勢を張るか、の二択だったので想定内ではある。しかし、何か引っかかった。


『では、第五ミッション・ステージ3、スタートだ』


 だがここで死ぬことに変わりないと考え、紅は開始の合図を出した。




「高木刑事、今回も一番手お願いします」

「いや、しかし…」


 高木刑事はニートボールが雲梯を渡り切る為に、また協力すべきと考えていた。


「雲梯で協力は不可能です」

「それは…」

「下手をすれば共に落ちることになります」


 それを予想していたオミズは高木刑事に何も言わせず不可能と断言する。

 

「オミズの言う通りだな。軽い奴なら背負って雲梯を渡れるかもだが、オレじゃ無理だろ」


 それにニートボールも同意する。 


「後がつっかえるから早く行け」

「…分かった。2人共頑張ってくれ」

「高木刑事も気を付けて渡ってください」

「後ろばっかを気にしてると手を滑らしちますぞ」

「ああ、そうだな」


 2人の言葉に高木刑事は気を引き締め、 


「よし!」


 雲梯を掴み渡っていく。

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