第86話 ゲームマスター ⑮ 三人称


 ハチグレが息絶え、くれないの再計量により扉が開かれる。

 ニートボールとパチンカスは無残な死体を見ないように次の部屋へと移動する。


「アタシ達も行きましょう高木刑事」

「…私は…どうすれば、良かったんだ…?」

 

 動かず悲痛の表情で頭を抱える高木刑事。

 

「一旦落ち着きましょう、1人で悩んでも仕方ありません」

 

 オミズは高木刑事の腕を引っ張り、次の部屋に向かう。


 次は正方形の部屋で、真ん中には円テーブルがあり椅子が4つ。そしてテーブルの上にペットボトルの水が4本置かれていた。


 ニートボールとパチンカスは疲れから既に椅子に座っている。

 

「アタシ達も座って休憩しましょう高木刑事」

「あ、ああ…」


 全員が席に着く。だがハチグレを処刑した直後の為、沈黙が漂う。

 頭の中では「生き残る為に仕方なく」「相手は凶悪犯」「悪いのはゲームマスター」等など言い訳が幾つも浮かぶが、その程度では拭えないほど処刑は悲惨な光景だった。

 あれを見て平常心でいられるのは、人間の死を見慣れている者だけ。


「…酷い女だと、思うよね…鉄パイプで頭殴ったりして…」


 沈黙を破ったのはオミズ。

 その声は弱々しく今にも泣きだしそうに聞こえる…、


「いや、磯野さんは…私を助けようとしてくれた…」

「そうだぜ、正当防衛…いや緊急避難ってやつか。ほら、何とかの板の」

「カルネアデスの板だな。わし等の状況自体それに該当すると思える」

「でも…アタシの意見で……ハチグレを殺したのは、アタシ…」

「それは、ボタンを押した岡本君ではないか」

「さらっと押し付けやがったなおっさん。まぁ、否定はしねぇよ、オレがハチグレを殺した」

「磯野さんの考えは正しかった思う。責任を負う必要はない…」

「……ありがとうございます」


 最後目に涙を浮かべながらも、笑顔でお礼を言うオミズ。それを見て男性陣は「ほっ」となり、ハチグレを処刑した罪悪感が薄まる。


「ところで、この水、飲んでいいんだよな?」


 話題を変えようと、ニートボールがテーブルに置いてあるペットボトルを手に取る。


「休憩と言っていたから飲んで良さそうだが…」

「どうだろうな?あの女が親切に水を用意してくれてるとは思えない…」

「毒とか入っるかもなぁ…、でもオレめっちゃ喉乾いてんだよ」

「直接聞いても良いんじゃないでしょうか、こっちの会話は筒抜けだと思うので」


 モニターは消えているが、自己紹介の時も同じ状況で内容を紅は把握していた。今の会話も聞こえていると想像できる。


「おいコスプレ女、この水飲んで良いのか?」


 ニートボールが何も映っていないモニターに問いかけると、


『構わないぞ、毒など入っていないから安心して飲むと良い』


 直ぐに返答をくれた。


「…あっさりし過ぎてて、逆に怪しいなぁ…」

「いえ、ここまで大がかりことをしておいて、騙して毒で殺すなんてしないと思います」

「あぁ、確かにな、そんじゃ」


 ニートボールはペットボトルを開けて水を呷る。


「ぷはぁー!今までの飲んだ水の中で一番美味めぇ」


 その様子を見て他の三人も水を飲む。因みにこのペットボトルはラベルを剥がした市販のミネラルウォーターである。



「一息ついたところで、高木刑事がここに来た経緯をもう一度教えて貰えませんか」

「……あの女が言ってた通りだ」


 オミズの質問に顔を曇らせつつも話だす高木刑事。


「私は警察の命令もないのに、噂を信じて鍵を壊して倉庫に不法侵入した。言われて思い出したが、記憶を失う寸前大声で呼びかけられ反射的に動いた時、誰かにぶつかった。警察の裏切り者と言われても仕方ない行いだ…」

「それは…倉庫で気を失って、気づいたらここだったってことですよね」

「そうだ」

「…じゃあその倉庫は、このデスゲームを行ってる組織の倉庫ってことですよね」

「え…あ……その可能性は高い…」


 目まぐるしい状況の変化と、自分が無自覚に幾つも罪を犯していた事実に、最も重要な推測が出来ていなかった、


「ってことは…、噂はビンゴで高木は警察の命令じゃねぇけど、悪党の倉庫を調査してたって事か」

「いえ、噂が真実だったんじゃなくて、噂はだったんじゃないかってアタシは思うんです」


 高木刑事がここにいる本当の経緯。


『聡いなオミズ』


 モニターに紅が映る。


『ご明察通り怪しい倉庫の噂は我々が流したものだ』

「それは私を……何を食べている?」


 モニターが消えている間にセッティングされたのはテーブルと料理。


『見ての通りステーキだが』


 紅はミディアムレアのステーキをナイフで切りフォークで口へ運ぶ。

 その様子に言葉が出ない4人。


『そんな物欲しそうに見てもお前等の分はないぞ』

「あんなグロいもん見た後に食えるかボケぇっ!」


 当然ながら誰も食べたいなど思っていない。紅の狂った嗜好に絶句してしまっただけだ。


「それ、何の肉?」

『牛のフィレ肉だ』

「あー、びっくりした。ハチグレさんの肉かと思いました」

『…さすがに我も人肉は食さん』

「さらに気色悪いこと想像させんなオミズ!」


 オミズだけ絶句した理由が少し違っていた。

 

「…話を戻すが、噂を流して私をあの倉庫に誘い込んだのか?」

『そうだ、噂自体ほとんど出鱈目。あの倉庫は高木刑事が調査したかった所有者とは無関係だ』


 高木刑事は清白家の犯罪証拠を見つける為に調査をしていたわけだが、侵入した倉庫は清白家の所有物ですらない。


「では、壊れた鍵は?」

『そもそもボロい南京錠だっただろ』

「…ぶつかった相手は?」

『怪我したのは事実だ、かすり傷だけだがな』

「……だ、騙したなぁ!!」


 高木刑事の弱っていた意志が罠にハメられたと理解した怒りで一気に強くなる。


『人聞きの悪い事を言うな、我は嘘などついていない』

 

 誘い込む罠でも高木刑事が不法侵入・器物破損・傷害を行ったことに変わりはない。

 さらに、


『警察官として上からの命令に従っていれば全て起こっていない、違うか?』

「ぐ、ぐぅ……」


 命令無視していることは言い訳のしようもない事実なので、ぐぅの音しか出ない高木刑事。


「でもこれで、高木刑事もゲームクリアに専念出来るじゃないですか」

「確かに、悪党を調査していたなら気にする必要はないとわしも思うぞ」

「善良なオレ等を助けてコスプレ女のような凶悪犯を捕まえんのが、高木の仕事だろうがよ」

「…そうですね、ありがとう」


 それぞれ三人なりの励ます言葉に礼を言う高木刑事。思惑もそれぞれ違うとは考えもせず。


『…くくくっ。高木刑事のやる気も回復したところで、第四ミッションの説明といこうか』

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