第77話 ゲームマスター ⑥


 第二ミッションを開始したので、またこちらのカメラとマイクを切る。


 さて、ここが一番重要な分岐点。高木刑事と氷川刑事は私の予想通りに動いてくれるでしょうかね。


「喉が渇いただろ」


 音重さんが水を入れたコップを渡してくれます。


「ありがとうございます」


 今回の音重さんの仕事は私のサポートです。「ベテランが若手のサポートをしている」と言えば聞こえは悪くありませんが、違う言い方をすれば「自分の半分も人生を歩んでいない小娘の扱き使わてるおっさん」となります。

 私がそう言ってるわけではないですよ。設備班や撮影班の一部にそういう陰口を叩く者が居ると言う話です。

 しかしそれを聞いた音重さんは

「小娘に扱き使われるおっさんで十分だ。俺を踏み台に紅がさらに上へと登れるなら、誇れることであっても恥じることなど微塵もない」

 と言ったんです。

 メタボ体型でバーコード禿げのヨレたスエットを着たおっさんでも、中身はイケメンなんです音重さんは。


「第一ミッションは想定内だったが、第二ミッションがある意味一番の見せ場だなな」

 

 そんな音重さんも第二ミッションに関して私と同じ考えです。


「俺なら開始5秒とかからず青のボタンを押している」

「私もですよ」


 親しい同僚1人、見ず知らずの4人、どちらを助けるか。この質問をDB部で問うたところ100%「親しい同僚を助ける」となりました。

 

 ですが予想は逆です。

 助かるのは見ず知らずの4人だと私は考えています。


「ボタンのヒントはやり過ぎだと思うんだがな…」


 ミッション開始と同時に発光したボタンは青と赤。しかし厳密には青ボタンは緑色なんです。

 日常にもありますよね、緑色に発光しているのに青色と呼ばれている物。

 信号機です。あとは、幼稚園児でも分かります。青信号は安全、赤信号は危険。

 つまり、青のボタンを押して氷川刑事を助けた方が以降のミッションをクリア出来る可能性が高くなるんです。

 これは音重さんだけでなく、渡辺さんにも獅子頭部長にも早乙女さんにも反対されました。

 ですが、私はこの案を押し通しました。


「だからこそ面白いんじゃないですか」


 見てるお客さん達も「青ボタン一択だろ」と考える中、逆を行かせる。

 それが出来てこそゲームマスターでしょう。

 まぁ、失敗しても渡辺さんの首が飛ぶだけですし。


「お、動きだしたぞ。これは…」


 モニターには高木刑事が氷川刑事の居る部屋の鉄格子を鉄パイプで叩く様子が映っています。


「想定の中でも一番滑稽な行動をしてますね」

「…本当にあの男は見ず知らずの4人を助けるのか?」

「ええ、彼は4人を見捨てません」


 私は事前に出場者を情報を集めてもらい、思考の分析をしています。

 ここがデスゲームだとヤラセになってしまうので、デスゲーム型残虐拷問ショーと銘打つ必要があった一番の理由です。

 例えば「デスゲームに出場した事のない素人」という情報だけで他は一切知らない状態でゲームマスターがラスボスとして戦うならヤラセとは言われません。

 ですが、細かい個人の情報も集め思考を分析し、ゲームマスターの思う通りに誘導した上でラスボスとして戦うのはと判断されます。


 なので、今回はヤラセだけどヤラセに見えないデスゲーム型残虐拷問ショーを目指してます。


『氷川、向こうの4人に囚人写真で見た事ある奴は居るか?』

『…残念ながら、思い当たる囚人はいません』


 高木刑事は鉄格子を殴るのをめ、4人の居る部屋の方へと近づきました。


『お前達は何故ここに居る?自分の意思で来たのか!』

『そんなわけないだろ!』

『無理矢理連れてこられたんだ』

『お願い助けて…』

『赤いボタンを押してくれ』


 やっぱりバカですね高木刑事は、囚人で自分の意思で出場していたとして正直に言うと思ってるんでしょうか。


『あんた警察なんだろ、助けてくれよ』

『早く赤いボタンを押してくれ』

『死にたくないよ~』

『妻と娘がいるんだ、頼む!』

『くそっ……どうすれば…』


 どれだけ取り調べに長けた警察官でも、この状況で有益な情報を聞き出すなど不可能でしょう。


「そろそろ2分半経ちますね。ワイングラスをお願いします」

「ああ」


 コップを渡してワイングラスを受け取り、カメラとマイクを付けるように指示も出す。


「くくくっ、お困りのようだな高木刑事」


 挑発しながらグラスを呷る。中には赤ワイン…に見える葡萄ジュースです。未成年ですからね。


『貴様ぁ!今すぐ全員を解放しろ!』

「解放したい方のボタンの押せと言っているだろ。我は高木刑事がどちらを選ぶか早く知りたくて、今日を待ちわびていたのだぞ」

『この外道がぁ!!』


 高木刑事は鉄パイプをモニターに向かって投げつけてきました。怒りのあまり頭が沸騰しているかのような形相です。

 こうなることは予想出来ていました。


「ふぅ~…仕方ない。選択肢を増やしてやろう」


 私が指を鳴らすと、天井から新たにボタン付きコードが2本垂れらされます。

 ボタンは只の白色で、垂らされた位置は両サイドの部屋の直ぐ前。中に居る人でも鉄格子越しに手を伸ばせば届く位置です。


「そのボタンを押すとゆっくりと動いている壁が急速に閉じる」

『……こんなもの、何のために…』

「部屋の中に居る者の自決ボタンさ。ゆっくりだと痛み苦しんで圧し潰されることになるが、これなら一瞬で楽に死ねる」

『なん…だと…』


 こんなボタンを用意しても、4人は押さないでしょう。

 高木刑事も当然押しません。


 自決ボタンを押すとしたら、彼しかいません。

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