第78話 ゲームマスター ⑦ 三人称


 氷川刑事は気づいていた。


 くれないのルール説明中のヒントから2人でも最終ミッションまで行けること。

 ボタンの色が信号機の色の意味に合わせているなら、赤ボタンの4人を助けるのは危険なこと。

 そして、高木刑事にそれを伝え説得すればこちらを選んでくれるであろうことも。

 氷川刑事にとって、高木刑事は尊敬する先輩ではあるが、頭はあまり良くないと思っている。体力バカと揶揄したりもする。

 自分を助けるよう説得するのはそれほど難しくはないと考えれる。


 では何故それをしないのか?


 氷川刑事もまた「法を犯す悪を捕まえ、弱きを助ける」を正義と掲げる警察官だからだ。

 氷川 英雄の父親も警察官だった。

 勤務中コンビニ強盗に刃物で刺されて殉職している。だが、刺されながらも犯人を捕まえ、コンビニの店員・客に怪我は一切なかった。まさに「法を犯す悪を捕まえ、弱きを助ける正義の警察官」と言えよう。

 そんな父親の意思を継いで警察官になった。


 反対側の4人を助けるのは危険だとは分かる。しかし、4人が悪だという根拠にはならない。

 くれないの「仲間などではない」という言葉を信じるなら、可能性が高いのは以降のミッションの足手纏い要員として連れて来られた一般人。

 

 そう推測してしまった氷川刑事には出来ないのだ。


 巻き込まれた一般人の可能性が高い4人を犠牲にして自分が助かるなど。

 自分と同じ正義を掲げる先輩を口八丁で丸め込んで一般人を殺させるなど。


「……そうか、自分もまた試されていたわけか」


 くれないが「警察官の正義が試される」と言っていたことを思い出し、自決ボタンを手に取る氷川刑事。


「おい…何をやっている氷川?」


 それに気づく高木刑事。


「これしかないんですよ先輩」


 警察官であることや掲げる正義を抜きにしても、氷川 英雄にとって高木 忠義は親愛なる友人。

 そんな相手に自分を殺す決断も一般人4人を殺す決断もさせたくなかった。

 

「待て、止めろ!ヤメロ!やめろぉ!」


 氷川刑事は高木刑事の制止の言葉も聞かず、



「先輩、必ず悪を捕まえ弱きを助けてください」



 自決ボタンを押す。


 それにより”グシャっ!”と人間が潰れる音と”ドゥーンっ!!!”と壁が高速で閉じた音が響く。


「…ひ、氷川…」


 閉ざされた壁の間から流れる血が氷川刑事の死を語る。


 静寂の部屋に『ふはははっ!』と高らかな笑い声、そんなのは当然、


『流石だ氷川刑事、4人の命を助ける為に自決するとは。英雄と名付けた父君もあの世で褒めてくれるだろう』


 この状況を言葉通り楽しんでいるくれないだ。


「嘘…だろ、なぁ氷川…」


 だがそれに意識が向かないほど、高木刑事は氷川刑事の死を受け入れれなかった。


「え!?壁止まってない!」

「タイマーも動いてるぞ!」

「どうなってるんだ!?」

「ボタンだ!早く赤のボタンを押せぇ!」


 自決ボタンはあくまで楽に死ぬ為のボタン。反対の部屋の解放とはならない。

 4人が解放される為に赤のボタンを押さなくてはならない。

 押せるのは高木刑事だけ。だが当の本人は親愛なる後輩が死んで、茫然自失状態だ。


『どうした高木刑事。赤のボタンを押さなくては4人が死ぬぞ、氷川刑事の死も無駄になる』


 残り時間は【00:19】と僅か、高木刑事はゆっくりと立ち上がりフラフラとボタンに歩み寄る。


「何してんだ!早ぐぅっ…」


 4人の内太った1人の男が乱暴な口調で急かそうとしたのを別の眼鏡の男が口を手で押さえて止める。そして唯一の女性が、


「お願い、助けて!」


 その言葉を聞いて高木刑事は正気を取り戻したように走り出し、赤く発行するボタンを押す。

 それにより4人が居る部屋の鉄格子が開かれた。

 すぐさま部屋を出る4人。


『第二ミッションクリアおめでとう高木刑事』

 

 くれないに形の上では賞賛の言葉を送られても、


「クソが糞がくそがぁ!!」


 高木刑事にとっては憎悪がこみあげて来るだけだ。



 しかしそれも、紅にとって予想通りでしかない。


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