第70話 DB第二支部 ③
「私の方は終わりました、お二人はどうですか?」
「僕も後少しで終わります」
「俺もだ」
「予想通り今日は早く終わりそうですね」
渡辺さんからのヘルプ連絡があったので、第二支部でまた音重さん含めた三人で事務仕事をしています。
仕事量は少な目だったので、15時でもう終わりが見えています。
なので時間的には何も問題ありません。
ですが、問題は他にあります。
「今回のデスゲーム、評価悪いですね」
「…動画の再生数も全然伸びないな」
「…あぁ~、困りました。これでは完全に赤字です…」
今話しているデスゲームは人狼ゲームのことではありません、あれはDTカンパニーのデスゲーム。評価が悪いのはDB第二支部のデスゲームです。
私は出場していません。会社から短いスパンでデスゲームに出場することは禁止されているんです、無傷だったとしても許可は下りません。これはデスゲーマーの身体を案じての決まりなので私も不満はありません。
ですが会社である以上、期間を区切った利益目標が存在します。DB第二支部でも今期の目標を達成する為に、デスゲームを行い配信しました。
それが不評で赤字は間違いなさそうです。
「何故こんなパクリ詰め合わせみないたデスゲームにしたんですか?」
内容は素人モノのミッション系デスゲーム。
『ダルマさんが転んだ』『大縄跳び』『叩いて被ってジャンケンポン』など、子供の遊び風ミッションで負けたら殺される。
ミッションの数を多くしてましたがパクリ丸分かり。
「…低予算で利益を上げようと思いまして」
「サラリーマンらしい思考ですが、それで高評価のデスゲームが出来るなら皆やってますよ」
デスゲームを愛好している人達は、目が肥えてて手抜きは直ぐ見抜かれます。そういう人達が不評コメントを書き込めば、評価で視聴動画を決める人達が見ないので再生数が伸びないという理屈です。
「上から叱責はあったか?」
「いえ、まだ部長からは何も言われていません」
「それは……ちょっと良くない状況だな」
「え、何故ですか?」
ここで”ピンポーン!”とインターホンが鳴らされました。
「…今日来客の予定あったんですか?」
「そんな予定は…」
渡辺さんが、インターホンカメラの映像を見て、
「え、部長!?」
おやおや、噂をすれば何とやら、ですね。
慌てて出迎えにいく渡辺さん。
「ご無沙汰しております。獅子頭部長」
部屋に入って来た
ライオンを彷彿させる顔立ち、高身長でガッチリ引き締まった体格、
顔中央に大きな斜め傷まであって、どう見ても堅気には思えません。
「おお、直に会うのはかなり久々だな紅。調子はどうだ?」
「元気溌剌絶好調です。明日デスゲームでも出場できますよ」
「はははっ!さすが我が社の看板娘だ」
でも結構気さくな方なんです。
只、私の知る限り部長の突然来訪は初めてです。渡辺さんの様子を見ても例のないことなのでしょう。
「私もいるよ紅さん」
「早乙女さん、お久しぶりです」
第一支部の支部長早乙女さんもご一緒でした。
ウェーブのかかった長い髪に妖艶な顔立ち、女性にしては高めの身長でボンっキュっボンっスタイル。紫の高級レディーススーツを着て、仕事の出来る美しい女上司を絵にかいたような姿です。
アラフォーらしいのですが、アラサーと言っても誰も疑わないでしょう。
「また事務仕事手伝わされてるのね、ご苦労様」
「大したことはありません」
「支部のエースをこんな扱き使うなんて、ここの支部長は何を考えてるのかしら」
私に近づきながら、すぐ傍にいる渡辺さんに嫌味を言う早乙女さん。…いつもより険がありますね。
急な獅子頭部長の来訪といい、これは…、
「よう、音重。元気してるか?」
獅子頭部長は次に音重さんに声をかけ、近づいて肩に手を回す。
「ああ、快調だよ」
「本当か~?こんな弛んだ腹しやがって」
「妻の料理が美味しくてな」
「幸せ太りも分かるが、昔のお前を知ってると悲しくなるぞ」
二人はほぼ同期らしく、現役時代は背中を任せられる相棒のような関係だったそうです。
「最近ダイエットを始めた。カロリー計算した料理を作って貰って、運動量も増やしてる」
「なら今度一緒にジム行こうぜ、ビシバシしごいてやる」
なので、部長と平社員という役職に差が出来た今でも友達感覚で接しています。
「…ねぇ、紅さん聞いてる?」
「あ、済みません。何ですか?」
「この前の人狼ゲーム凄かったって話」
「お褒めに預かり光栄です」
「紅さんは絶対第一支部に来るべきよ!」
私の手を取ってまた勧誘してくる早乙女さん。
「殺戮拷問ショーと人狼ゲームは真逆と言って良いほど違うじゃないですか」
「そういう単純な話じゃなくて、第一なら紅さんをもっと輝かせることが出来るってことよ」
「輝きたいわけではありません。デスゲームでの勝負が…」
「そういう紅さんの希望もしっかり聞くわ」
…今日は随分と本気ですね。
「紅さんの勧誘は止めてください早乙女さん。移籍は認められないと決まったじゃないですか」
獅子頭部長が音重さんと仲良く話してるので、とりあえず私の勧誘を止めに来た渡辺さんが早乙女さん腕を掴む。
その瞬間、
「気安く触るな、素人が」
雰囲気が一変し、逆に渡辺さんの顔面を鷲掴みにする早乙女さん。
「ぐっ、がぁ…」
「同じ支部長というだけで私と同格のつもりなのかしら。だったら頭蓋骨を切り開いて直接脳ミソに教え込む必要があるわね」
早乙女さんも裏の業界で長く生き抜いてきた強者です。一般男性ぐらい文字通り片手で黙らせることが出来ます。しかも「直接脳ミソに教え込む」がこの人の場合冗談になりません。
「手を放せ、早乙女」
渡辺さんの危機に音重さんが気付き、体型からは想像出来ない素早さで助けに来て早乙女さんの手首を掴みました。
「早乙女さんでしょ。上に立つ事から逃げた音重が、支部長の私に意見する気?」
私が入社する前の話ですが、音重さんが第二支部の支部長だった時期があるそうです。ですが管理職は向かなかったようで、渡辺さんに引き継ぎ裏方の平社員に自ら降格したという経緯があります。
「確かに俺は上に立つ事から逃げた。だから渡辺のサポートをするのが今の仕事だ」
メタボ体型でバーコード禿げのヨレたスエットを着た音重さんですが、本気を出すとひり付くような殺気を放ちます。
「落ちぶれた今のあんたに、私をどうにか出来るとでも思ってるの」
早乙女さんも負けておらず、針で刺されるような殺気を放ちます。
「2人共その辺にしておけ」
遅めの獅子頭部長の制止の言葉で、
「…ふんっ」
「……」
2人共殺気をおさめ、手を放します。
解放されてその場に崩れ落ちる渡辺さん。
「うぅ~…部長、こういう暴力は直ぐに止めてくださいよ~」
「その程度は自分で何とかしてみせろ」
「そんな無茶な~」
この会社は叩ぎあげ主義の様で、管理職の能力があっても現場の第一線に出たことない渡辺さんのようなタイプは、素人と罵られて低く見られます。
表の会社なら問題ですけど、裏業界では良くあることらしいですよ。
「言っとくけど、安心するのは早いわよ」
「え、どういう意味ですか?」
「部長が突然来た理由に心当たりあるでしょ」
この言い方からすると、やはり…、
「評判が悪い今回のデスゲームの件ですか?」
私が聞くと、獅子頭部長は厳しい目を渡辺さんに向ける。
「あれは、
「ほんと何あれ?クソつまんないだけど」
「スポンサーからも苦情が来ている」
「あんた会社潰したいの?」
「うぅ…」
酷い言われ様に、その場で正座になってしまう渡辺さん。
「いや、だが…、部長として獅子頭が許可を出したのだろ」
「低予算デスゲーム企画は前々から渡辺が提案してきてたんだ。何度も却下してたんだが「今回は紅さんが出場出来ませんし、試しに一度。赤は出しませんから」と言うので任せた。その結果が大赤字」
「いや、部長…お言葉ですが、大赤字という程では…」
低予算と言うだけあって損失は少ないです。でもそれは今回の数字だけでの見解。
「紅が鬼役を務めた脱出ゲームは好評だった、紅が
「……っ!?紅さんが
「次紅が
「……申し訳ありせん」
「謝罪じゃなくて、挽回する案を言いなさいよ」
「…………今は思いつきません」
「はい、デスゲーム送り決定!渡辺じゃ生き残れないから、ご愁傷様ー」
「えぇっ!?」
「第二の支部長が居なくなるから第一と合併、ってことを言いに来たんですよね部長」
冗談っぽく言ってますが、責任者がミスしてデスゲーム送りは本当にあります。ですが獅子頭部長の様子を見るに…、
「そういう意見も出ているが、今回は大目に見ることになった」
「えぇ~」
「ほっ…」
「だが次はない。デスゲームは制作側も命がけでなければ傑作は生れない、肝に銘じておけ」
「は、はいっ!!」
表の業界でも同じ考えだと思うのですが、出演者だけでなく製作者全員が本気で取り組んでこそ傑作が生まれる。
但し裏の業界の場合「本気」が「命がけ」って言葉に代わります。
「さてと、雑談はここまでにして本題に入るか」
「「「「…え?」」」」
獅子頭部長の言葉に全員がハモリました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます