第7話 脱出ゲーム⑥


 私が筋肉バカさんをあっさり殺したことに目を見開いている二人。


「何を驚いているのですか?これはデスゲームですよ」


 本心からの言葉を投げかけながら、私は筋肉バカさんの後頭部に刺さったナイフを引抜き血を振り払う。


「小娘の姿をしていようと狂人だったか」


 狂人に性別は関係ないと思うのですけど…。


「お爺さんは考えが古いから、私ぐらいの女は清廉潔白であるべきとか言いそうですね」

「……ワシは」

「土方さん、会話しないでください」


 私の言葉に返そうとした剣術バカさんをネトゲ廃人さん改め鈴木さんが止める。


「時間稼ぎと思いましたが、何気ない会話で警戒心を解き隙を作るのが彼女の狙いだと思います」

「確かに大岩は気を緩めていたな」

「あの鬼は話術に優れている詐欺師と思ってください。あの格好も油断させる為かと」


 頭脳担当だけあって良い線いってますね。

 デスゲームという非日常での緊張を、何気無い会話をすることで日常近くまで緩めさせる。

 JKなのも相まって危機感がかなり薄まって油断していたでしょう。

 ただしそれは筋肉バカさんだけではありません。


「気を緩めたのはお二人もでしょ。筋肉バカさんが危なくなっても動けなかったじゃないですか」

「ワシは気を緩めてなどおらぬ、貴様がナイフを隠し持って……」

「ナイフを持っていることは、鈴木さんが忠告してましたよ。歳のせいで物忘れが酷いようですね」

「貴様っ」

「挑発に乗っては駄目です!」

「……そうだな、所詮は狂人の戯言」

「はい。それに挑発するのは冷静な状態での戦闘を忌避したい証拠です」

「それは間違っていますよ」


 良い線はいってますが、常識的過ぎますね。


「私が忌避したかったのは三人同時に相手する状況です。連携して戦えば勝機もあったでしょうに」


 私の腕力は男性を大きく上回っいるわけではありませんので「誰かが組みついて動きを止める」のような策をとられたら厄介でした。

 とはいえ、会ったばかりの三人が連携したところでたかが知れてますし、その場合は尺を気にせず迅速的確に殺していくだけなので、あちらの勝機があると言っても僅かですがね。


「一人減った貴方達にはもう死しかないのですよ。物忘れが酷いお年寄りの精神状態など関係ありません」

「ふん、貴様の戯言は聞き飽きた」


 前に出て竹刀を中段に構える剣術バカさん。2人で連携という考えは微塵もなさそうですね。

 後ろに立つ鈴木さんは、見ているだけで動こうとしません。戦闘に加わらなくても宝箱に向うぐらいはしても良さそうなものですが、……注意はしておきましょう。 


 剣術バカさんと対面するように私も中段構えをとる、テニスラケットですけど。


「何の真似だ小娘?」

「実は私も剣術を習ってるんですよ。あ、因みに鬼は参加者の簡単なプロフィールを閲覧できます」

「ワシが剣術道場の師範代だということも知っていると?」

「ええ。剣術バカで流行らない道場の師範代。経営が成り行かず膨れ上がった借金の返済が目的で、デスゲームに参加したことも知っていますよ」

「……なるほどな」


 ?…何を剣術バカさんは納得したのでしょう。


「狂った小娘よ、剣術に五十年心血を注いて来たワシが教えてやろう。流行っているモノが優れているとは限らないとな」


 あぁ~、流行らない道場の師範代でも自分は強いと言いたいわけですか。


「ふふふ、教わることになるのはどちらでしょうね」

「気を付けてください土方さん、正々堂々戦うとは思えません」

「分かっておる。鈴木は宝箱の方を頼む」

「……はい」


 鈴木さんは視線をこちらから外さず、ゆっくりと宝箱へ向かう。


「行くぞ小娘」

「いつでもどうぞ」


 剣術バカさんは少し遠い間合から一足飛びで距離を詰めての上段振り下ろし。

 私がラケットで受け止めると、すかさず袈裟斬り。

 それも受け止めると、竹刀を引いてから右胴打ち。

 これも受け止め、次は私から素早い上段振り下ろし。

 剣術バカさんが後ろに下がった為ラケットは紙一重でかわされました。


「小娘にしてはやるな」

「…はぁ~、「小娘相手に」だの、「小娘にしては」だの、今の世では立派な差別発言ですよ」

「貴様もワシを年寄り呼ばわりしただろうが」

「私のは個人への侮辱ですが、剣術バカさんのは若い女性全体への侮辱つまり差別発言です」

「本当に良く回る口だな。だが女が男より弱いのは差別ではなく事実だろ」

「私より強い男性はいるでしょうし、剣術バカさんより弱い女性もいるでしょう。ですが私が剣術バカさんより弱いという事実はありません」

 

 そんな事実があったら戦っていません。


「小娘と見下すのは私を叩きのめしてからにしてください」

「言われるまでもない」



 屋上にパシっ、パシパシっ、パシン!っとラケットと竹刀がぶつかり合う音が鳴り響く。 

 剣術バカさんの猛攻を全て余裕で防ぐ私。


「どうしました?五十年磨き続けた剣技というのはその程度ですか?」


 今だ一太刀も私の身体に届いてはいない。


「ほざけっ!」


 声を荒げながらの力を込めた刺突。

 私はそれを交わしながらすれ違うように、


「胴っ!」


 試合なら一本間違いなしの胴打ちを喰らわせる、もちろんラケットの面でではなく縦で。

 剣術バカさんは顔を歪めてます、痛みと困惑に。


「試合ではないので、痛がる暇も考える暇もありませんよ」

 

 脇腹を抑える剣術バカさんの米神に向けてラケットを振る。竹刀で防ごうとしてきたので当たる寸前に軌道を変え膝横に叩き込む。

 膝をガクっと落としたところに後ろ回し蹴りで吹っ飛ばす。

 無様に尻もちを着く剣術バカさん。

 その顔には「信じられない!?」といった心情がまざまざと表れています。


「言っておきますがこのラケットには種も仕掛けもありませんよ。話術も関係ありません。あるのはただ一つ、才能の差です」


 剣術バカさんは一般人よりは強いです。ですが50年剣術の稽古を続けていたでしかありません。

 もし、武において天賦の才が有り長年研鑽を積んだ本物の強者なら、遅くとも竹刀を構えた時点で分かります。

 そもそも参加者に強者がいたら、運営から事前に要注意人物と伝えられますしね。

 その場合は流石に私もラケットで打ち合うような舐めプはしません。


「先ほど言っていましたね。「流行っているモノが優れているとは限らない」これは私も否定しませんよ」


 流行るかどうかには時代や運の要素も大きいですから。


「ですが剣術バカさんの道場が流行らないのは、です」


 竹刀を杖代わりにして立ち上がる剣術バカさんはプルプル震えています。痛みの為か怒りの為か。

 

「自分でもとっくの昔に気づいてたのではないですか?どれだけ努力しても才能ある相手に勝てない、と」

「五月蠅いっ!」


 怒りの為のようですね。


「小娘如きに何が分かるっ!!」


 怒りのままに竹刀を振り回す剣術バカさん。

 小娘と見下すのは私を叩きのめしてからと言ったのに、本当に物忘れが酷い。

 終わりにしましょう。


「そうですね、何も分かりません。私は天才ですから」


 我武者羅に振り回されている竹刀を見切り柄の部分を打って弾き飛ばす。

 続けてさっきとは逆の膝横を縦ラケットを叩きつける。

 両膝にダメージを負った剣術バカさんは垂直に崩れ、地に両膝と両手を着く。

 

「五十年も無駄な努力ご苦労様でした」

 

 強制土下座で無様に私を見上げる剣術バカさんの脳天に、全力で縦ラケットを叩き込む。


「へぶぁっ!!?」


 脳天が陥没し眼鼻から血を吹き出して、剣術バカさんは前のめりに倒れ動かなくなる。

 

 ふふふっ。長く続けてただけの達人気取りを、舐めプで惨めに撲殺。視聴者が喜びそうな撮れ高が作れました。

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