第129話 七夕祭前日 ~伊勢川島駅17時15分発~

先ほど大学から帰って来た俺と海織。今日も普通に、当たり前のように海織が俺の家に来ている。

なお――今日はちゃんと帰る予定らしいが……本当に帰るのだろうか。と、現在疑っている俺だった。


部屋の中に入ってからは、明日明後日は休日のため俺はカバンの中身を一度出して片付けている。そして海織は「ちょっと着替え変えないとねー。一気に暑くなるかもしれないから」などと言いながら海織ゾーンの物をチェックしたりと忙しそうにしている。確かにもう7月に入っている。毎年恒例のようになりつつある連日猛暑がいつ来てもおかしくはないので「そろそろ夏服準備かな……」とか先に片付けを終えた俺は海織を見つつ考えていた。にしても海織の荷物、本当に増えてるな。うん。ちなみにこの前「荷物増えたよね?」と聞いたら「前から変わってないよ?全く。気のせい気のせい」と言われたのだが……うーん。変わっていると思うのだが――。


そして海織の片付けが1段落すると、俺が座っていたソファーに海織もやってきた。


「そうだ楓君。明日はお昼過ぎから行こうか?沙夜ちゃんはどうするんだろ?あとで聞いておかないと」

「あー、そうか。電車は何時くらいの乗ってくる?」

「どうしようかなー、楓君とお昼も食べたい気がするし……あっ、なるほど。やっぱり……」


そこまで海織が言って、この流れはやっぱり泊まるとか言い出しそうだったので、俺が先に言う。


「泊るのはなしで。今片付けてたよね?」

「むー。楓君は私と居るのが嫌なのかなー?ニヤニヤー」

「そういうわけではないが……ずっと留守は問題かと」

「まあ大丈夫、今日は帰るから。荷物本当に入れ替えたいからね。あっ、でも晩御飯は一緒に食べたいかなー。あっ、そうそう。話変わるけど、楓君が喜びそうなパジャマ買ったんだよ?」

「喜びそう――?」

「そう。カピバラ柄のパジャマ」


うーん。海織に聞いて想像する。小さなイラストがたくさんなのか。1匹がドーンと描かれているのか……と少し考えていたからか。


「楓君がよからぬことを考えていますねー。にやにやー」

「それはないから」

「えー。結構かわいいよ?小さなカピバラのイラストがいっぱいあるんだー」

「……そっちか」


ちょっとイメージしやすくなった。確かにかわいいかと。っか、基本海織は何着ても似合ってしまうという。多分まだ着たことはないはずが。よく海織と斎宮さんが俺に着るように言ってくるあのカピバラの着ぐるみみたいなあれ。あれも海織が着れば……まあ、うん。すごいと思う。


ツンツン。


「ちょ、いきなりなに!?」


ちょっと違う想像をしていたら、不意に横腹を刺された俺。


「楓君が私でよからぬことをさらに考えていそうだったからね」

「何も……考えてないですよ?」

「そう?私にカピバラの着ぐるみ着せようとか思っていたんじゃない?」

「……何故に」

「あれ?本当に?なるほどなるほど、楓君は着てほしかったのか。検討しないとね」

「ちょちょちょ」


そんな話を海織としていると。机の上にあった俺のスマホが鳴る。


♪♪~


珍しいことに電話らしい。


「海織。ちょっとごめん」

「どうぞどうぞ」


海織に断ってから、スマホを手に取る。画面を見ると柊からだった。


「……もしもし」

「おー、よかった。楓。今大学にまだ居るか?」

「いや、もう家」

「じゃ、今から大学来れないか?来れるよな?助かるわー」


おかしい。俺が返事をする前に決められたのだが……。


「……俺何も言ってないんだが」

「いや、楓。マジで頼むわ。結構ガチで来てほしい」

「うん?どういうこと?」

「率直に、明日の七夕祭手伝ってくれないか?」

「……はい?」


それからしばらく柊からの一方通行の電話で説明があった。


「つまり。実行委員会?みたいな中で、1人病欠が出て、当日受付担当をする人が必要になったから、頼むと」

「そういうこと。医者に止められたとかさ。言ってるみたいで。本当は他の人……って検討はしたんだけどな。会場とかで、踊りとかする人だと、その度に受付を離れないとだからさ。っか受付が不在はダメらしいから。で「誰かいないかー」って今なってたんだが。そうだ。そもそも七夕祭を知らなかった人間が居たわって。知らないということは、会場とかで何かに出ることはない。そいつなら頼んだらいけるんじゃね?ってわけ」

「ははは。確かに知らなった。全く」

「とりあえず。今から来てくれ。ホント簡単なことだから。でも説明を明日だともう朝はバタバタだと思うからさ。今しておかないとらしくてさ。もう今俺の前で早くそいつを連れてこいみたいな感じに先輩なってるからさ」

「……まあ、海織と行こうか。って話していたくらいだから。行くことはできるけど……」

「サンキュー、じゃ。今から頼んだ。場所はな。学食の食堂。頼むぞー、楓」


――ブチ。


電話が切れた。


「楓君、お呼ばれかな?」

「そんな感じ。あと、明日なんか手伝うことになりそうだから。海織と回るのは難しいかと……」

「大丈夫大丈夫。今聞こえてたけど白塚君のお手伝いだよね?楓君頼りにされてるね。あっ、私は沙夜ちゃんを捕まえるから大丈夫だよ」

「なんか急にごめん」

「いいよいいよ。気にしないで。ってほらほら、楓君荷物持って白塚君のところに行く行く。はい。立つ」


海織に促されて立ち上がり。カバンに財布やらを入れる。


「あれ?そう言えば、海織も帰るんだよね?」

「あ、うん。大学に付いて行ってもだけど……私呼ばれてないからね。だから晩御飯は……今日は無理そうだね。じゃ一緒に出ようかな」

「いつ帰って来るかわからないからね」


ということで、俺と海織は一緒に家を出た。そして伊勢川島駅へ。この時間は四日市方面が17時16分。湯の山温泉方面が17時15分発と。この駅で電車が行き違いをする時間だったのでちょうどよかった。


「じゃ、楓君また明日ね」

「あ、うん。気を付けて」


改札で別れた俺たちはそれぞれのホームへ。


電車が来るまでの1、2分なんか反対側ホームに居る海織がニヤニヤしていた気がするが……ってなんかこういう反対側ホームに居る。別々に海織と居るというのが珍しいな。とか俺が思っていると電車が入って来た。朝ほどではないが、ちょっと帰宅するであろう学生たちが乗っていた。そしてこちらに電車が駅に着いた後、少しして海織の待っている四日市ホームにも電車が入って来た。


そして先に俺の乗った方の電車が出発。一瞬だけ反対側の車内から海織がこちらに手を振っていたように見えた。俺も一応返したが……果たして見えただろうか……ちょっと微妙。


それからしばらく電車に揺られて、17時32分。本日二度目の湯の山温泉駅到着。そして本日2度目の大学への道。うん。少し前も1日に2回来た気がするが。2回来るのは地味に大変……。


帰る生徒が多い中。俺は学内の奥の方にある食堂に向けて歩く。そう言えば、学内を歩いて行くと、明日の準備をしている人を何人か見た。受付はこちら。など案内を木に取り付けている人や。看板を運んでいる人。そして会場になるであろう場所には大きな飾りを――大学近辺の自治会?の人だろうか。同じTシャツを着た中高年?くらいの人々が学生とともに準備をしていた。


そんな光景を見つつ。俺は普段あまり利用しない食堂へと向かう。そしてあまり歩かない廊下、階段を進んでいくと。よく知った声が聞こえてきた。

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