第 17 章 第一ユニバース:原宿(2)1979年6月13日(水)
「とまあ、ガンマ線バーストが極超新星爆発やブラックホールの誕生に伴う爆発現象で発生しそうだ、という予測が有る。これは小平先生とメグミが『ペガスス座IK星』での極超新星爆発で、ガンマ線バーストが発生すると予測している。そうだろう?メグミ?」
「ええ、ペガスス座IK星(IK Pegasi)またはHR 8210と呼ばれている恒星は、ペガスス座にある連星なの。太陽系から約150光年の距離にあって、裸眼でぎりぎり見ることのできる程度の明るさ。その連星の一つ、ペガスス座IK星Aが核の水素燃料を使い果たし、主系列星を離れて赤色巨星に進化を始めている。外層が伴星のロッシュ限界を超えて、白色矮星の周りにガスの降着円盤が形成されていて、熱暴走反応が発生している状態。これはスーパーカミオカンデのニュートリノ測定で異常な数値が観測されたのよ。ニュートリノ増加の速度からすると、極超新星爆発が起こるのは遅くとも第三ユニバースの2020年から2025年の間」
「宇宙の時間的スケールからすると非常に短時間に爆発してしまうわけ。ここ第一ユニバースのペガスス座IK星Aがどういう状態か観測してみないとわからない。だから、こちらでもカミオカンデが必要。スーパーの観測精度の100倍のハイパーカミオカンデがあれば申し分ないわね。私たちの力でハイパーカミオカンデを最初から建造できればいいのだけれど、1979年の技術力では無理。少なくともあと20年経たないと、20インチ光電子増倍管はできない。製造企業の浜松ホトニクスを資金援助してプッシュすれば、20世紀中にできるかもしれない。あ!そうか!だから私たちの資金でそれが可能なのね?」
「そういうことだ、メグミ」
「ただ、光電子増倍管だけではないわ。スパコンも必要。制御用のパワー半導体、超純水装置、今・・・向こうの2010年で計画中の超純水にレアアースの一種のガドリニウムを加えた感度向上計画も必要。極超新星背景ニュートリノの観測にはハードの開発が欠かせない。1979年の技術では無理よねえ」
「だからこその、私たちの資金が必要なんだよ。それら技術開発を私たちの資金でプッシュして早めてやるんだ。ソフトも同様」
「そこまではわかったわ。でも、そんな宇宙的なスケールのガンマ線バーストという現象をどうやって防止するのよ?数百光年先の極超新星爆発で、中心軸が2度の範囲のバーストでも、地球まで到達する間にその範囲は直径0.01光日、2.6億キロ以上に拡がっているのよ」
「地球にバーストが到達する頃には、だろう?地球のはるか手前で防止すればそこまで直径は広がらない。そこにバリアを張るのさ」
「バリアって?」
「水爆の宇宙爆発だ。つまり、ICBMで水爆を打ち上げて、ガンマ線バーストの正面で爆発させてやって、発生する放射線でガンマ線を吸収させる」
「そんな馬鹿なアイデアをよくもまあ思いつくわね。効果があるかどうかわからないじゃない?」
「『そんな馬鹿なアイデア』を実験した国があるんだよ」
「馬鹿な国って?」
「アメリカとソ連さ。ソ連は実験したが実験の詳細は明かされていない。アメリカ政府は、広島の原爆より千倍パワフルな水素爆弾を宇宙まで運んでいって爆発させたらどうなる?ということをどうしても知りたかった。それで、冷戦ピークの1962年7月9日、太平洋上空約402kmの外気圏で1.4メガトンの水爆実験を行ったんだ。『スターフィッシュ・プライム』計画というプロジェクト名だ」
「この計画の提唱者は誰だと思う?ヴァン・アレン帯を発見したヴァン・アレン博士その人なんだよ。1958年5月1日、ヴァン・アレン博士は、ワシントンD.C.の米国科学アカデミーで地球に関する新事実を発見したと発表した。地球は地球磁場にとらわれた高エネルギーの粒子(主に陽子と電子)の放射線帯に取り囲まれていると発表したんだ。これがヴァン・アレン帯。その同じ日に、地球磁界圏で核爆弾を発射し、ヴァン・アレン帯が破壊できるかどうかを確かめるプロジェクトに彼が参画することで、軍に同意していた。呆れるね。それで彼が確認したかったのは4点。
① 爆弾の放射線で上空が見えづらくなるかどうか、例えば、こちら目がけて飛んでくるロシアのミサイルが見えるかどうか。
② 爆発で近くの物が破壊するかどうか。
③ 衝撃がヴァン・アレン帯を下って地上のターゲット、例えば、モスクワに当たるかどうか。
④ 人工爆発が地球磁気の帯の自然な形を変えるかどうか。
1962年当時アメリカ政府は太陽風の放射線から地球を守るヴァン・アレン帯をいじったり、宇宙からロシアに死の灰を降らせるなんてことを普通に考えてたんだよ」
「それで、実験場の近くがハワイだった。地元の反応は、『核爆弾は今晩、予報では見晴らし良好』なんてホノルル市内の新聞は一面トップで見出しをつけた。市内のホテルは、屋上やベランダで『虹の爆弾ショー』という催しを主催して盛り上がった。結果は、放射線の影響で、市内で停電が発生し、ガレージのドアが勝手に開いたり閉まったりしてる異常事態が起こったんだ」
「核爆発というと、みんなはキノコ雲を連想するけど、あれは大気圏内での爆発で起きる現象だ。膨大な熱エネルギーが局所的かつ急激に解放されたことによって生じた非常に強力な上昇気流によって発生する。局所的で強い上昇気流が、外気や水を巻き込んで、キノコ状の構造を形成する」
「しかし、宇宙では大気も水もないし、重力もないから、核爆発は球状になる。核爆発のエネルギーは、多くが電磁放射線になって放出される。もちろん、ガンマ線もね。これは現代でも(つまり第三ユニバースの2010年時点でも)アメリカ、ロシア、北朝鮮もそうだ、検討している。高高度核爆発の強力な電磁パルス(EMP)攻撃という。広範囲での電力インフラストラクチャーや通信、情報機器の機能停止を狙う」
「というわけで、ガンマ線にはガンマ線と放射線を、ということで、ICBMを使って宇宙核爆発を起こし、両者で打ち消し合ってくれれば、ガンマ線バーストは地球に到達しないってことだ」
「そんな。だって、数メガトンのICBM程度じゃあ・・・」
「1、2発じゃない。百メガトンクラスの水爆ICBMを数千発、ガンマ線バーストの襲来以前に打ち上げてやって、ガンマ線バーストがICBMに達する数時間前に起爆させるんだ。数千発の水爆ICBMは拡散させて起爆させる。多少濃密は有るが、爆発球がバリアの役目を果たしてくれる」
「でも、ICBMの速度ではそれほど遠くに到達するのに何十年もかかるわよね?」
「既存の推進剤だったら無理だろう。イオンエンジンとソーラーセイル、原子力電池を併用する推進システムを開発しないといけない、高純度低濃縮ウランをベースに作られた完全セラミック核燃料(FCM燃料)ベースの核熱推進エンジンも候補対象だな」
「起爆のタイミングをどうするの?そんなに地球とICBMの距離が離れていたら、通信遅延は数十分ぐらいになるわよ。バーストが通過したあとに起爆させても意味がないわ」
「だから、メグミさん、キミと小平先生の専門のニュートリノ研究が重要になってくるんだよ。ガンマ線バーストの前に、急激なニュートリノの増大が起こるじゃないか?ICBMにニュートリノセンサーを装備して、起爆のタイミングをはかるんだよ」
「あのね、カミオカンデが初めてSN1987Aから放出されたニュートリノを検出したのは11個だけ。スーパーカミオカンデが感度を揚げてもせいぜい100倍、1,100個検出できるかどうか。カミオカンデを宇宙に打ち上げるわけにもいかないし、どうするの?」
「ICBMに搭載できるくらいのセンサーをキミが発明すればいいのさ。数千発のICBMのひとつひとつにセンサーを搭載すれば、感度は多少低くても、範囲数億キロの巨大な集合センサーになるじゃないか?時間は有るんだ。1979年だよ、まだ。そして、私たちには未来の科学技術という知識がある。金を儲けて、この分野の研究を助成して、企業を育て、技術開発のスピードアップをしてやる。21世紀までに私たちで数十兆円資金を集めるんだ」
「数十兆円じゃあ、ICBM数千発打ち上げるのには足りないのよ?」
「だから、同時並行で、世界政府みたいなものも育成して、世界中で一致団結してこの計画を推進するんだよ」
「私たち7人で?無理よ、それは」
「この家は改造して、各部屋をホテルの客室みたいにした。全室バスルーム・トイレ付き。何室有ると思う?」
「え~っと、10室もあるわ・・・」
「そう、10室。あと、3人応援が来る」
「えぇぇ!誰よ、それは?」
「一人は、岬麗子ちゃん。CERN(セルン)のヘリウム流出事故の時いただろう?彼女もここに類似体がいるそうだ。湯澤が説得して成功すれば、おっつけ転移してくる」
「あと二人は?」
「それは小平先生が説明してくれなかったんだが、居酒屋で知り合った人間だそうだ」
「居酒屋?!」
「おいおい、私に聞かないでくれ。小平先生がチラッと言っていた。なんでも、自衛隊関連の人間のようだ」
「う~ん、わけわかんない」
「それと、いつかはこの記憶転移のことを公表する時期がくるだろう。それで、世界中からも協力者を集める」
「気が狂った発想だわ。誇大妄想狂ね」
「それじゃあ、代案はあるの?」
「う~ん、たしかに・・・」
「そうだろう?ただ、この案、これを『スーパー・スターフィッシュ・プライム』計画とでも呼ぼうか?SSP計画だ。これが絶対ではない。まだ、1979年だ。時間は有る。代案も検討しないといけない」
「もっと、馬鹿馬鹿しい案を考えなくっちゃね」
「まあね。でも、小平先生が言っていた懸念が有るんだ」
「懸念?」
「NWO、つまり、新世界秩序を狙っているグループが居るんじゃないかってことだ。そいつらは、自然現象でか、人為的にか、私たちと同じ記憶転移した人間で構成されていると小平先生はいっている。その新世界秩序を狙っているグループが、国家の枠組みを超えた少数のエリートで富を独占し、その他の人類はすべて家畜化したがっているなら、彼らにはSSP計画はどう感じるんだろうか?」
「まさか、そんな陰謀論じみたことが・・・」
「小平先生が転移してきたら聞いてみよう。先生は、アメリカで会う必要のある人間がいる、と言っていた」
「それは誰?」
「一人は、マイクロソフトの創始者のビル・ゲイツ。他には、将来アメリカ大統領になる ジョージ・H・W・ブッシュ、パパブッシュと息子のジョージ・W・ブッシュだ。ビル・ゲイツは私たちの味方で、ブッシュ家は敵だそうだ」
「もう、わけわかんない」
「まあ、小平先生が来てからのお楽しみだよ」
絵美がなにか考え込んでいた。「そのブッシュの話、私、知っているような気がするの」
「第三ユニバースの記憶?それともここ(第一)の記憶?」とメグミが訊いた。
「違うわ。どちらでもない。何かしら。新世界秩序やブッシュのことをどこかで私は研究していた?・・・いいえ、どこで研究していたのかしら?」と絵美が言うと、「絵美さん、私もデジャブみたいな、アプリオリみたいな、その話、身近で体験したような気がするわ」と洋子が言う。
「おいおい、第三でもない、第一でもない、どこでもないところで研究していたということか?洋子も既視感が有る、先験的な知識があるってことかい?」
「・・・まさか?」と絵美と洋子が同時に言った。
「まさか?」
「まさか、第二ユニバース?」
「そんな馬鹿な!」
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