第 16 章 第一ユニバース:原宿(1)1979年6月13日(水)
私は絵美の時と同じように洋子を抱きかかえて、リビングのソファーに横たえた。枕と氷枕を持ってメグミがやってきて、洋子の頭の下にあてがった。メグミが「この熱と偏頭痛は、今、海馬を通して大脳皮質に第三ユニバースのパケットファイルが結合、解凍、展開されている状態よ」と洋子に説明する。「明彦の時は、1970年から1978年まで部分的な記憶のアウトプットしかされなかった。私が覚醒して記憶が戻った時、明彦もすべて思い出したらしいの。私の時は、結合、解凍、展開が2日間ほどかかった。緩やかだったから、家で寝ていたわ。絵美さんの時は、急激な結合、解凍、展開が起こって家に返すことができなかった。それで、この家に連れてきたの。誘拐と間違われちゃったけどね」とメグミはベロを出した。「洋子さんの容態は私と絵美さんの中間くらいかな。どんな感じ?」とメグミが洋子に聞いた。
「中国茶で工芸茶ってあるのよ。手摘みの茶葉を糸で束ねて、花を包み込むように形を整えて作るお茶。お湯を注ぐとゆっくりと茶葉が開いて、中から花が出てくる。そのようなイメージ」と洋子が説明した。
「なるほど!」とメグミが右手のゲンコで左手の手のひらを叩いた。「さすが、洋子さん。比喩がうまいわね。そう言われればそう。つまり、お湯の温度で工芸茶の開き方が早くなったり遅くなったり。そういう個人差はあるわね」
「第三であなたたちと過ごした研究の日々が開いている。CERN(セルン)に明彦と研一(湯澤)、あと日経ビジネスの岬ちゃんが来て、CERN(セルン)側で私とアイーシャ、別の出張で小平先生と絵美さん、メグミさんが来て、みんなで5TeV(5兆電子ボルト)開通のお祝いをしていて、手をつなぎあったら、ズドンとこの第一から最初の部分的な記憶転移が来た・・・あのヘリウム流出事故が起こった時・・・」と後頭部を押さえながら洋子が言った。
「そうそう、懐かしいなあ。遠い過去のような・・・いえ、それはまだ起こっていないのよね。あと、31年後に起こるだろう未来のこと」とメグミ。
「洋子さん、どう?今の体。基本は27才の第一の類似体。大脳皮質を司っているOSと言ったらいいのかしら?論理演算回路は、第三の本体のものじゃないわ。この第一の体のオリジナル。私とメグミさん、明彦には違和感はない。類似体がそれほど似ているってことかしら」と絵美が洋子に訊いた。
「どうかしら?この体の脳の論理演算回路は、法律学に慣れている。今、素粒子物理、天体物理学の知識が展開されているけれど、これはあなた方のような第一でも第三でも同分野が専門同士の本体と類似体と違ってきついかもしれない」と洋子。
「脳の論理演算回路は、幼少時からの反復練習で思考パターンが出来上がっているらしいの。右脳と左脳の発達具合の差なのかもしれない。文系脳、理系脳。洋子さんの場合、例えば、文字情報を処理するのが得意のプログラミング言語に画像データを入れて解析させている状態、みたいな。だから、素粒子物理、天体物理学の知識の処理速度は遅くなるのかもしれない。私も同じ。理学部三類で理系だけど、実際に学習しているのは心理学。だから、理系脳と文系脳が混在しているみたい。そこに素粒子物理の知識が付け加わっても、第一ユニバースでの素粒子物理学の専門家というレベルには達しないかもしれないわ」と絵美が言った。
「こういう問題は第三では想定できなかったわね。うぅ、頭が痛い。データが急速コピーされているハードディスクの気持ちってこのような感じなのかしら?」
「ディスクが高速回転のスピードを落とさないで、ディスクヘッドがガリガリしているって感じかい?」と明彦がからかい気味に言うと、「ディスクヘッドがディスクに脱落しそうだわ」と洋子が顔をしかめて答えた。
「まあまあ。ところで、私たち、第三ユニバースとか第一ユニバースとか呼んでいるじゃない?明彦、第二ユニバースって存在、なんなのかしら?湯澤くんも小平先生もアイーシャも詳しく説明してくれなかったけれど」と絵美が明彦に訊いた。
「それは湯澤とアイーシャの発見でね。同期装置というか、同調装置というか、異なるユニバース間で、ワームホールみたいなものが落雷とかCERN(セルン)のLHCとかで時たま開くことが有る。通信回路が開けるようなイメージだな。その時、私たちの脳の、どう言えばいいんだろうか、IPアドレスというか、FMラジオの波長と言うか、非常に似通ったアドレスがあるのを見つけられるようだ。ただし、隣接したユニバースならシグナルは強いが離れたユニバースではシグナルは微弱だ。その装置で発見したのが、この第一ユニバース。ちょっとシグナルは弱いが、類似体が存在している、アドレスが似通っているのが第二ユニバースということだ。同期装置の感度が上がれば、第二ユニバースにも記憶転移可能だ。もちろん、この第一ユニバースで記憶転送装置が製造できれば、第一から第三へも第二へも転送が可能になる。今の転移の逆をするということ。つまり、この第一なら、1979年でまだガンマ線バーストの起こる2010年以降まで時間が有る。その間にガンマ線バーストに対する解決策を見つけて、第三へもその情報を送信してやれば、こちらとあちらの種の絶滅が防止できる、という計画なんだ。同じ転送装置があれば、人体を介さなくても直接装置間でデータ通信が可能になるかもしれない」
「第二ユニバースはどうするの?」
「それは、記憶転送装置が完成するまで手つかずということだ。そもそも向こうに記憶転送装置はない、できる可能性も少ない。そうなると、再度、人体への記憶転移をしなければいけない。時間が足りなければ、第二は放置する。向こうの宇宙のガンマ線バーストがそれることを祈るほかはない。そもそも、この第一ユニバース自体、宇宙のガンマ線バーストが起こればみんな死ぬんだ。まずは、ここの宇宙のガンマ線バーストの防止策を考える必要がある」
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極超新星(周囲の星への影響)
極超新星爆発が発生すると、強烈なガンマ線が周囲に一斉に放たれる。このガンマ線の威力は凄まじく、極超新星爆発を起こした恒星から半径5光年以内の惑星表面に住む生命体は絶滅し、25光年以内の惑星に住む生命体は半数が死に、50光年以内の惑星に住む生命体は壊滅的な打撃を受けるとされる。ガンマ線は地表を容赦なく汚染して生命体が住めない環境にしてしまい、そこから地表に生命体が住めるようになる環境に戻るまでには数年を要すると言われている。しかし、地下深くにすむバクテリアなどの下等生物は直接的影響はほぼなく、生き残ることが出来る。
現在、地球周辺で近いうちにII型極超新星爆発を起こすと予測されている星は、約600光年離れたアンタレスと、約640光年の距離にあるベテルギウスである。これらの星が極超新星爆発を起こした際には地球にも若干の影響が出ると言われているが、地球から距離が離れすぎているためにガンマ線の威力は弱まり、オゾン層が多少傷つく程度で惑星および生命体への影響はほとんどないと予測されている。またガンマ線は自転軸の2度の範囲に放出されることが判明しており、その後の観測から地球はベテルギウスの自転軸から20度の位置にあることもわかっていることから、ベテルギウスからのガンマ線は地球に影響を及ぼさないと考えられている。
仮に地球から8.6光年離れたシリウスA、あるいは25.3光年離れたベガがII型極超新星爆発を起こしたとすると、地球に住む生命はほぼ確実に絶滅するか壊滅的な打撃を受けることになるが、シリウスAの質量は太陽の2倍強、またベガの質量は太陽の3倍程度であるために極超新星爆発は起こさず、いずれも赤色巨星となって膨張した外層部により惑星状星雲を形成し、残った中心核が白色矮星となる可能性が濃厚である。
我々が住んでいる地球も一部の三葉虫の絶滅など、周囲の星の極超新星爆発の影響を受けたと思われる痕跡がいくつか発見されている。
ガンマ線バースト(地球上での大量絶滅)
ガンマ線バーストの継続時間は短いので、被害は限定されるが、十分に近い距離で起きた場合は地球大気に深刻な被害をもたらし、オゾン層が破壊されて大量絶滅を引き起こす可能性もあるとされている。ガンマ線バーストによる被害は、同じ距離で起こる極超新星爆発による被害よりは小さくなると考えられている。
NASA とカンザス大学の研究者が、約4億5000万年前のオルドビス紀-シルル紀境界での大量絶滅がガンマ線バーストによって引き起こされたと示唆する研究結果を発表した。
バースト自体は古代の絶滅を引き起こした直接的な証拠ではないが、大気のモデリングによって「そのようなバーストがもし起きたらどうなるか」というシナリオを描いている点に彼らの研究の特色がある。彼らは比較的地球に近い恒星の爆発によるガンマ線放出の計算を行い、この爆発で地球にはわずか10秒間しかガンマ線は降り注がなくても、これによって地球大気のオゾン層の約半分がなくなる可能性を示した。
消滅したオゾン層の回復には少なくとも5年を要するとされている。オゾン層の破壊によって、太陽からの紫外線が地上や海・湖沼の表面近くに生息する生命の大半を死滅させ、食物連鎖も破壊される。我々の銀河系内でガンマ線バーストが起こる可能性は非常に小さいが、NASA の研究者は過去数十億年の間に少なくとも1回は地球にガンマ線が降り注ぐほど近い距離でバーストが起きただろうと見積もっている。カンザス大学の古生物学者であるブルース・リーバーマン博士は、ガンマ線バーストがオルドビス紀の大絶滅の原因となった可能性があるという具体的なアイデアを提唱した人物である。
「我々はそれがいつ起きたか正確には知りませんが、それが過去に起こり、その痕跡を残したこと自体には確信を持っています。最も驚くべきことは、たった10秒間のバーストでオゾン層に数年にわたる破壊的な被害がもたらされるということです」と彼は述べている。
2012年、屋久杉年輪の解析によって、西暦774年から775年の1年間に宇宙線が急激に増え、炭素14が生成されていたことが名古屋大学の研究グループから発表された。この宇宙線の増加の原因を、地球から近傍での極超新星爆発(ガンマ線バースト)とする説や、太陽での巨大フレアの発生とする説などが唱えられたが、特定には至っていない。
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「とまあ、ガンマ線バーストが極超新星爆発やブラックホールの誕生に伴う爆発現象で発生しそうだ、という予測が有る。これは小平先生とメグミが『ペガスス座IK星』での極超新星爆発で、ガンマ線バーストが発生すると予測している。そうだろう?メグミ?」
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