第 14 章 第一ユニバース:御茶ノ水(1) 1979年2月17日(土)
今年は、雨の多い冬だった。ピーコートというのは寸詰まりのせいか腰から下がスカスカしてかなり寒い。本郷に行って来期の取得希望の単位票を提出した。前期教養学部過程が終わり、後期専門学部に移るため、登校先も駒場から本郷に移るのだ。
本郷のキャンパスでは誰とも会わなかった。美術サークルの部室に行っても誰もいなかった。しっかり南京錠がかかっている。鍵を忘れたので、入るわけにもいかなかった。当たり前だ。春休みで小雨の降る土曜日の午後に誰が大学に出てくるものか。午後1時半になっていた。
絵美の第一ユニバースから転送された記憶によると、私に会うのは午後3時頃。明治大学の小講堂だということだ。どのような経緯の会い方なのかは、不完全な記憶の転送でわからないそうだ。しかし、時間軸の因果律は有効だろう。事実、まだ起こっていない事象だが、彼女に会うということが起こったという記憶が第三の絵美に転送されたのだから、起こることは起こるべくして起こるのだ。
まだ時間があるので歩くことにした。理学部1号館から不忍池を左手に見て、旧岩崎邸庭園の横を通った。湯島郵便局を右手に曲がる。湯島天神入り口の交差点を渡り、梅まつり神社横を右に曲がる。清水坂を真っすぐ歩いて、東京医科歯科大学の横を通って、聖橋を渡った。茗溪通りを歩いてみる。まだ2時だ。時間が早いのでレモン画翠に入った。
ちょうど画材が切れていたので、テレピン油、リンシード油の500ミリリットル瓶、ジンクホワイト、バーミリオン、ビリジャン、ピーチブラックなどを買った。クロッキー用の木炭、パステルも買う。メグミがアクリルをやり始めたので、ホルベインのアクリルガッシュのセットも買った。
店を出て、駅の御茶ノ水橋前の交差点を渡り、明大通りの坂を下る。お茶の水は何事もなく、ひっそりしていて、春休みの大学街には古本あさりのおじさんがちらほら傘を差して歩いているだけだ。この坂で70年安保の際に、石畳を剥がして投石していた十年前が想像できない。トボトボ歩いて、明治大学の横に来た。文系の大学の方が理系の大学より大学っぽい、というのはなぜなのだろうか?やはり、女の子がいるか、いないかの差なのかもしれない。
門をくぐって、構内に入っても誰もとがめる人もいないので、ズンズン奥の方に行ってしまう。ここは、いつもなら駒場や本郷の理学部にはあまりいない女子学生が闊歩しているのだろうな、などと思いながら、教室、教室を覗いて歩く。もちろん、誰もいないのだが。
どこを歩いているかわからなくなった時、廊下がつきて、ロビーに出た。ロビーに面して、第一講堂なんて、両開きの古い木の扉の上に大書してあり、その木の扉はちょっと開いていた。絵美はどこにいるのか?どのように私と会うのだろうか?想像もつかない。講堂の中から、ピアノが聞こえた。
(へぇー、キース・ジャレットを弾いている人がいる)
扉を少し開けて、ソォーと、着ていたピーコートを引っかけないようにすり抜けて、講堂に入った。後ろの扉だったので、演壇まではエンエンと座席が三十列くらい続いていた。
演壇にはスポットライトが一灯だけついていて、その光の輪の中で、女の子が長い髪をサラサラ揺らしながら、鍵盤をのぞき込むようにして、ケルン・コンサートのパートⅠを弾いていた。やけに脚も手も長い女の子だ。
私は邪魔をしないように、一番後ろの列のたまたま下がっていた座席にそっと腰を下ろした。キース・ジャレット本人とまではいかないが、ミスタッチがないのはすごい。ケルン・コンサートは即興で演奏されたので、譜面なんかないのだが、私が聞く限りそのままだ。
女の子は、全曲を弾き終わると、顔を上げ、一番後ろに座っている私をジッと見た。絵美だった。8年ぶりだった。そして、彼女は39才ではなく、20才だった。
「見たわね?」彼女は、演壇からよく通る声で私に怒鳴った。
私はギクッとして、「ごめん、気付いていたの?」と謝りながら、演壇の方に降りていった。こう離れているとお互い怒鳴り合わなきゃいけない。怒鳴り合っていると喧嘩のようだ。
「ドアが開いて、一瞬明るくなれば気付くわよ」
なるほど。講堂の後ろの扉を開ければ外光が入って一瞬光る。それが目に付いたということか。
彼女は、前屈みに私を見下ろす。演壇の上から見下ろされるものだから、心理的に分が悪い。39才の森博士は、誰もが目を引くような美人ではなかった。体つきはしなやかで背が高く、スラリとしたウェストと小ぶりな胸、長い黒髪に日本人にしては高い鼻。少し離れていても感じる強靭な意志と聡明さを感じさせる女性だった。しかし、20才の絵美は、非常に魅力的な女の子だった。目がまったく大きな久保田早紀という感じだ。
「女性はね、注意しなくても、みんな見えるのよ」と言った。確かに、男性は注意しないと何も見えない。女の子は器用だな。
「ふむ、確かにその通り。ゴメン、たまたまキース・ジャレットが聞こえたものだから・・・」
「あら、知っているの?」
「ちょっと前、高校のとき、FM東京で十一時くらいから岡田真澄の番組でオープニングにかかっていたからね」
「へぇー、あまり、知っている人がいない曲よ。ジャズか何かやっているの?」
「いや、音楽関係じゃない。趣味で油絵を描いている。大学では美術サークルに所属しているんだ」
「美術部だけど、ジャズも好きなの?」
「楽器は演奏できないけど、聴くのは好きだね。キースは気に入ったんだ」
「まあ、いいわ。だけど、覗き見はいけないぞ、キミ」
「たまたまさ」
「男はいいのだろうけれど、女は、期待した時にしか、何かを見せないものなのよ」
「ふーん、なるほどね。準備がいるってヤツだな。だけどね、男は、偶然とか、たまたまとかが好きなんだ。ココをまっすぐ歩け、寄り道するな、っていわれると、寄り道したくなる」
「女はね、出発点から、ゴールまで見渡せないと気が済まない。それで、ゴールで期待通り、花束と祝福の嵐、ってこと」
「男は、ゴールで誰も待っていなくて、トボトボ帰ろうとしたら、物陰から、ワッと、現れて、花束差し出されるのが好きなんだ」
「フン、わかりあえそうもないわね、女と男なんて・・・で?」
「で?って?」
「名前ぐらい名乗りたまえ、キミ」
「おお、ゴメン、明彦、っていうんだ、宮部明彦」
「明彦くん・・・性格は、明るいの?」
明るい?性格が?バカみたいだ。まあ、どうでもいいけど。
「まあね。キミは?」
「何が?」
「だから名前・・・」
「エミよ、モリ・エミ」
「恵まれる、美しく?」
「違うわ。フェルメールの絵、美術館の美」
「ああ、絵美だね、絵のように美しく」
ちょっとキースの話をした。「ねえねえ、キミ、いまひま?」と彼女がうれしそうに訊ねた。
「小雨の降っているこんな土曜の午後に見知らぬ女の子の弾くキース・ジャレットのケルン・コンサートを聴いていたぐらいだからひまだろうね」
「まわりくどいいいかた。つまり、ひまなのね?」
「ひまだよ」
「ちょっとキミと話してもいいわよ、明彦?」という。「私も絵美ともっと話したい」と率直に言った。彼女は、「じゃ、ここを閉めるからちょっと待っていてね」と言う。
「それでね、こういう寒い日にはブランディーが一番だと思うの」
「土曜日の午後の4時にお茶の水のどこでブランディーが飲めるというんだい?」
「それは任せて。じゃ、行きましょうか」絵美は、演奏はこれでお仕舞い、と言った。
絵美はピアノの鍵盤にフェルトの覆いをかぶせ、蓋を閉じた。舞台の後ろに行く。そこには電気の盤があって、彼女はその扉を乱暴に開ける。ブレーカーのスイッチをひとつひとつ丁寧に切っていく。舞台の照明が落ちる。慣れた手つきだ。だいたい、女の子が電気の分電盤を開いて、ブレーカーのスイッチを切るなんて動作が出来るというのは、信じられなかった。よくわからない女の子だ。いや、待てよ?第三ユニバースでは、彼女は筑波の研究所のKEK-Bの電気系統の調整もこなしていたっけ。
講堂の鍵を明大の営繕課にてきぱきと返す。知ってはいたが、彼女に訊いてみる。「森さんは明大の何学部なの?」「あら、私はここの学生じゃないわ。ここに知り合いがいて、講堂が空いている時にピアノを借りられるの。大学は駒場よ。でも、前期課程が終わるから、4月から本郷なのだけど」「じゃあ、同じ大学じゃないか?」「ふ~ん、偶然ってあるものね」
私たちは明大の講堂を出て、駿河台の坂をさらに下った。明大前の交差点を日大理工学部の方に曲がった。左手の山の上ホテルのアネックスを通り過ぎて、山の上ホテルの本館の方に向かう。
「まかせておいてよ。ついてらっしゃい」こういわれて、山の上ホテルのバー『ノンノン』まで連れて行かれた。
たしかに『ノンノン』は開店時間が午後4時からだ。もちろん、4時からバーにいる人間など宿泊客でもいない。バーテンがグラスを磨きながら「いらっしゃいませ」と私たちに言った。
「カウンターでいい?」と絵美がいう。
「カウンターでいいよ」と私。
「こぢんまりしているでしょ?」
「いいバーだね。」
「そうでしょ?」絵美は言った。「ところで、ねえねえ、キミのこと、明彦って呼んでいい?」
「いいよ」(って、最初からそう呼んでいるじゃないか?)
「私も絵美と呼んで。名字で呼ばれるのが嫌いなの」
「そりゃあ私も同じだ」
私たちはカウンターに座り、絵美はマーテルを、私はメーカーズマークを注文した。ブランディーじゃなかったけれどね。
「絵美はどうしてこのバーを知っているの?」と私は訊いた。
「叔父がね、よく連れてきてくれるのよ。明彦も大学生のくせにホテルのバーに慣れているようね?」
「中華街のホリデーインでよく飲むんだ。それに新橋のホテルのバーでバイトしているからね」
私たちは、ジャズや音楽の話をした。それから、大学のこと、専門のことも。彼女の学部は理科三類だが、先行したいのは心理学だ。犯罪心理学を専攻したいという。(素粒子物理学はどうするんだろうか?理科三類から理科一類に移るとか、そのまま理三所属か。これは小平先生に相談しないと)
「十年くらい前にシャロン・テートを殺害した事件があったじゃない?チャールズ・マンソンとそのファミリーが起こした事件なんだけど、知ってる?」
「ああ、ロマン・ポランスキーの奥さんだった女優だよね。猟奇的殺人事件、妊婦殺害、カルト集団、七十年代の産物・・・」
「あの事件を知った後、犯罪心理に興味を持ったの。中学生の時に」
「なるほど。だけど、日本じゃあ、犯罪心理学を専攻しても日本の警察がそういう学者を必要としていないようだね?」
「そう、その方面の専門家が日本には少ないのが実情なのよ。でも、日本はアメリカの二十年遅れを歩んでいるみたいだから、将来、アメリカのようなカルト的で猟奇的な事件が増えてくると思うの」
「私はそれに関して何ともいえないけれど、でも、心理学というのは面白そうな学問だと思っているんだ」
「明彦の専攻はなあに?美術じゃないでしょ?」
「物理学。素粒子物理を研究したいと思っている」
「素粒子物理?」
「まだ、よくわからないんだ。物理学というのは幅の広い学問で、理論物理と実験物理では違う。理論系の物理屋はまるで哲学者のようなんだ。それから、理論物理でも、ミクロの分野を扱う量子力学系の物理学と、マクロの天体の運行や宇宙の成り立ちを扱う宇宙物理学とがある。ミクロとマクロの間は仲が悪い。アインシュタインは、その両者、ミクロとマクロを統合した統一場の理論を作ろうとして失敗したんだ。アインシュタイン、知ってる?」
「相対性理論でしょ?」
「そうそう」
「私、相対性理論って習ってみたいな。面白そうじゃない?」
「絵美っておかしいね。犯罪心理学をやってみたくて、相対性理論も習ってみたいなんて?」と私は彼女に言ったが、これから第三ユニバースの記憶が転送されたら、そもそも絵美は理論物理学の専門家じゃないか?と私は思った。
「ねえねえ」とうれしそうに私の方に乗り出して絵美はいった。「あのね、もしもだけど、明彦がウチの学部のニセ学生で心理学を私と一緒に受講して、私が明彦の学部で相対性理論を受講するのってどうなの?」
「ちょうど、来期の受講に相対性理論は入ってるんだ。うーん、教授に訊いてみてもいいけどね。まあ、訊いてみなくても、必須じゃなくて選択科目だから、一人ぐらい紛れ込んでも教授は気にしないさ。生徒が気にするくらいかな」
「なに?その生徒が気にするって?」
「物理科では女性の生徒は全学年で数人しかしかいないんだ。だから女性なら誰が誰だか知っているってこと」と私はいった。「それにね、キミだからね・・・」
「その『キミ』だからね、ってなに?」
「つまりね、物理科を志望する女性って、かなり変わり者なんだ。ガリガリのガリ勉で身仕舞いを気にしない女性とか、化粧もしない女性とかで・・・数学科や化学科よりも変わり者なんだよね」と私はいいにくかったのだけれども言い足した。「絵美みたいな女の子が物理科に来ると目立つんだ・・・つまりね、キミは、その、かなり綺麗だってことだけどね・・・」といった。
「それ、ほめているの?」と、私の方に乗り出して、うれしそうに絵美はいった。
「事実を述べているに過ぎないだけ」
「ふ~ん、喜んでいいの?」
「じゅうぶん、喜んでいいんじゃないかな。かなり綺麗だよ、絵美は」
「ありがと。よぉ~し、じゃあ、二人して四月からニセ学部生になるのに賛成でいい?」
「いいよ、心理学も面白そうだ」
ノンノンでは、3時間話し込んでしまった。食事もしなかった。バーでナッツをつまみ、唐揚げを注文したくらいだ。絵美はマーテルを5杯飲んだし、私もメーカーズマークを6杯飲んでしまった。バーテンさんは、午後4時からバーにあらわれて、食事もしないでブランディーとウィスキーを何杯も飲んでいる学生カップルに呆れたことだろう。しかし、商売柄ポーカーフェイスだ。私もアルバイトで同じことをしているのでよくわかる。
普通、初めて会った女の子とはそれほど話がはずむ、ということは私の場合にはない。相手のバックグラウンドがまったくわからないからだ。しかし、絵美とは、何でも話ができた。私の知っていることをたいてい彼女も知っていたし、彼女の知っていることを私もよく知っている。こんなに楽しい会話はまずない。第三ユニバースでは、私的な会話をそれほどしたことがなかったが、こんな女性だったのか、と意外だった。
大学の女の子は、地方各地から来ているので、話があまり合わない。私の大学に限らず、法政とかポン女の女の子とかでも同じだ。メグミは例外みたいなものだった。
絵美は、何代もつづいた家の東京っ子で、私立の中高6年間一貫教育の学校だから、私とバックグラウンドが合うのだろう。横浜の石川町にある女子校の女の子達とは、話が合う。でも、絵美ほどではない。
70から80年代は、21世紀と違って、かなり大学生も理屈っぽかった。資本論だってかなりの割合の学生が読んでいたし、毛語録を持っているのがかっこいい、という時代だった。もちろん、60、70年安保世代よりもしらけてはいたが、それでも、みんなかなりの量の本を読み、片手に朝日ジャーナルを抱えている学生が多かった。
私は理系だが、友人は文系が多かったし、物理科にいかなかったら文学部で、江戸の黄表紙本の研究でもするかなあ、と思っていたぐらいだ。もちろん、それでは、第3ユニバースから転移してきた目的を果たせないが。
絵美と話をすると、ブラッドベリ読んだ?読んだ、読んだ。ホーンブロワーシリーズ知ってる?もちろん!ぜんぶもってる、ヒギンズ好き?大好き!リーアム・デブリン、愛しちゃっているんだなあ、なんていう。じゃあ、明彦、ディック・フランシス知ってる、もちろんだよ、パーカーは?ユダの山羊よかったよ、庄司薫読んだ?彼も好きだ、ホームズは?何度も!夏目漱石?イエス、鴎外?イエス・・・
「じゃあ、明彦、ユング知ってる?」
「現代思想からユング特集がでたよね?去年。それで、フロイトは読んでいたけど、ユングも読んでみた」
「ペルソナ・・・」
「外面的人格。私は、男性であり、大学生であり、家の長男であり、たとえば、絵美にとって・・・え~と、ボーイフレンドであり、って、ゴメン、単なる例だけど・・・」
「そうじゃないの?もう、私のボーイフレンドでしょ?」
「うん、わかった、サンキュー。で、まあ、もろもろ、私は、社会から『男性、男、男の子』という役割をもたされ、期待されて、それからはずれないことを求められる、そういうことだよね?だから、形容詞としての、『女々しい』とか『女の腐ったようなヤツ』などという言葉が侮辱の言葉になる。これらはみんなペルソナ、仮面なんだ。ここまで合ってる?」
「じゅうぶんよ」
「で、女性、女、女の子についても同じことがいえる。女の子は女の子らしくとか、男性に従えとか。これも小さい頃から、女の子がこう吹き込まれて、ペルソナ、社会的な仮面が形成される。しかし、じゃあ、内面はどうなのだろうか?絵美はヘッセのデミアンを読んだ?」
「読んだわよ」
「私は、デミアンを高校の頃読んだんだけど、あれがユングの影響を受けて書いたとは知らなかった。私がクリスチャンの中高だっていったよね?」
「聞いたわ」
「それで、デミアンを読んで、グノーシスとか、ナグ・ハマディ文書とかを調べてね。そういうの、知ってる?」「知ってるわ」「学校にそういう図書がいっぱいあったからね。で、外面的なペルソナと自分の内面ってなんだろうか?ということを考え始めたんだ。それから、男と女のことも。だから、私は、女の子は女の子らしく、とはまったく思わないし、肉体的・物理的な面を除いたら、男が女を守らなければいけないとか、男性が主導権を持つ、それを女性に発揮すべきだ、なんてことも思わないよ」
「へぇ~、明彦、話せるじゃない。絵美、キミのことが好きだよ、明彦」
突然、会った当日に、「私、キミのことが好きだよ」なんていう女の子を私は知らない。あの知的で冷静で緻密な39才の森絵美と同一人物なのだろうか?いや、もちろん、同一人物ではない。彼女は、第三ユニバースの第一における類似体なのだ。
ちょっとドギマギしてしまったが、私も「私もキミのことが好きだよ、絵美」と言った。ちょっと自然に出たセリフじゃなく、とってつけたような話し方になってしまったが。彼女は、自然だった。
「そうそう、お付き合いするのなら、話しておくことがある。私の中学高校で躾られたことがあるんだよ」
「うん?」
「女の子には、食事でも何でも、ぜったいに支払いをさせてはいけない、ってこと」
「まあ!」
「だから、ここは私のおごり。これから・・・もしも、つき合ってくれるなら、すべての支払いは私。これが条件だけど、よろしい?」
「私の信念とはちょっと違うけど、でも、いいわ。だって、叔父にも父にも払ってもらっているのだし」
「それと、絵美、ひとつ聞きたいのだけど・・・キミ、ボーイフレンドいるの?」
「それって、友人で、性別が男性、という存在?」
「う~ん、親密な男性の存在、ってことだけど」
「親密な男性ねえ、いるようでいて、いないようでいて・・・でも、今晩で明彦が優先順位のトップに昇格した、という答えじゃダメ?」
「ありがとう、私も同じだ。キミがいまや優先順位のトップだ」まあ、第三の記憶が転送された後は、どうするんだろうか?話の流れで言ってみたが、なるようにしかならない。時間軸の因果律が働いているのだ。メグミのふてくされる顔が浮かんだ。
「親密な関係?」と絵美は眼をクルクル回しながらいう。
「アハハ、会った初日から親密な関係というのもおかしい」
「でも、親密な関係になりそう?」
「私は、もう親密な関係だと思いたい。キミがなんといおうと。ただ、私の女性の友人をすべて抹殺、なんて、宇宙家族ロビンソンのロボットじゃあるまいし、それは勘弁して欲しいし、キミの男性の友人を抹殺してくれ、なんてことを金輪際いいたくない」そうだ、私もメグミや洋子を抹殺できない。どのSF作家がタイムトラベルの主人公がこんな悩みを持つことを書いていただろうか?
「私も同じことを考えていたの。私たち、同じ母親をもった兄妹みたいな感じがする」
「ちょ、ちょっと、それはマズイ。兄妹だと、キミにキスもできないよ」
「あら、概念として、ということで、キスでも何でもしていいのよ」
「う~、ま、まあ、それは将来の課題にとっておきたい」
「初日ですものね」
「そう、初日も何も、まだ数時間しか経過してない・・・おっと、もう7時半過ぎだよ。絵美、帰らないと・・・」
「あら、ホントだ。母に早く帰る、といってきたのよ」
「帰ろう」といって、バーテンさんに「チェックお願いします」と頼んだ。
「条件よね、ごちそうさま」
「おやすいご用で」
私たちは電話番号と住所を交換して、ホテルを出た。御茶ノ水駅まで行く途中で、絵美が、
「ねえねえ、明日もひま?」とうれしそうにいう。「ひまだよ」と私。
「上野行かない?近代美術館と、国立博物館と科学博物館に行きたい!」
「いいよ、私も最近行っていないから」
「じゃあ、明日、お昼過ぎでどう?」
「りょうかい、出る前に電話かけるよ」
「つき合ってくれて、ありがとう」
「こちらこそ」
駿河台の坂道を御茶ノ水駅に登っていくと、医科歯科大学の向こうから春雷の音が聞こえてきた。湯島の方角でかなり低い雨雲が垂れ込めていて、そのずっと上の方が雷光でピカピカ光っている。絵美が「私、雷、苦手なの」「大丈夫だよ」と私は言って彼女の右手を握りしめた。バチッとした。
「あら?」「あれ?」「静電気?」私らは同時に言うと手のひらを見つめた。「絵美は静電気が溜まりやすいってことないよね?」「明彦の方こそ、静電気人間じゃないの?」「静電気なんて持ったことないよ」と私が言うと、絵美が目を大きく見開いて言った。
「あら?どうしたのかしら?私の頭の中、ヘン。おかしい。塊があるの」と言った。
「え?なんのこと?」
「バチッとした時、塊が頭の中にあったの。それで、フワァって拡がって、記憶がたくさん出てきて・・・」
「気のせいじゃない?」
「・・・アイーシャ?インド系の?明彦、インド人知っている?」
「知っているわけがないじゃないか。知らないよ。アイーシャ?」
「ええ、アイーシャ。長い肩の下まである黒髪で、彫りが深くて、鼻が高く、足がすらっとして、黒のビジネススーツと同色のストッキングをはいている女性。彼女の姿が思い浮かんだの」
「凄い想像力だな」
「ううん、彼女はいるのよ。彼女はどこに行ったの?ここに来ていない・・・そんな気がして」
「おいおい、静電気と雷で混乱したんじゃないの?」
「う~ん、ヘンねえ。おかしいわ」
「まあ、いいじゃないか。雨も小ぶりだし、雷は遠いし、御茶ノ水の駅も目の前だよ」「そうね、でもヘンねえ・・・」と絵美はしばらくブツブツ言っていた。「だけど、ひどく頭が痛いの」と彼女は言った。
この第一ユニバースの類似体の絵美がアイーシャを知っているはずがない。転移が始まったのだ。「明彦くん、ゴメン、歩けないわ。喫茶店かどこかで休まないと」と弱々しく言った。私は絵美を抱きかかえるようにして、御茶ノ水駅前の喫茶店に入った。
メグミのときよりも症状が急激に来ているようだ。頭痛は偏頭痛だろう。湯澤とアイーシャの説明では、人間の記憶をつかさどるシナプスの情報量の大きさは、平均的なシナプスで4.7ビットある。脳全体の記憶容量は1ペタバイト(1,000テラバイト)ある。書類で言えば4段重ねのファイルキャビネット2000万台もしくはHD画質の動画13.3年分に相当する。
1本の神経細胞は数千のシナプスに接続され、ひとつひとつのシナプスが数千の神経細胞に接続される。情報信号はシナプスを伝わって伝えられるため脳機能障害はシナプス機能障害による。大きいシナプスはより強力に周辺の神経細胞を活性化することがわかっている。
人間の記憶は、だいたい三種類に分類できる。感覚記憶と短期記憶、それに長期記憶だ。
感覚記憶は、外部からの刺激を与えた時に起こる、最大1~2秒ほどの最も保持期間が短い記憶だ。各感覚器官に特有に存在し、瞬間的に保持されるのみで意識されない。外部からの刺激を与えた時の情報は、まず感覚記憶として保持され、そのうち注意を向けられた情報だけが短期記憶として保持される。
短期記憶は、記憶の二重貯蔵モデルにおいて提唱された記憶区分の一つで、情報を短時間保持する貯蔵システムだ。短期記憶を司るのは脳の海馬組織だ。海馬ニューロンが低エネルギーで高性能の演算機能を有している。そして、海馬組織が短期記憶を選別して、長期記憶組織に送る。
長期記憶は、大容量の情報を保持する貯蔵システムで、一旦長期記憶に入った情報は消えることはない。長期記憶は大脳皮質に貯蔵される。
湯澤とアイーシャが生み出した記憶転移装置では、まず、大脳皮質に貯蔵された記憶を彼らの開発したナノマシンを大脳皮質に注入する。マシンを使用して記憶を収集する。収集した記憶を圧縮、普通の記憶の流れと逆に、海馬組織を利用して外部に送信する。海馬組織を一種のワイファイ・ルータのような機能として使用するのだ。外部に送信された記憶情報は、マルチバース間記憶転送装置*1を通じて、第三ユニバースから同期された第一ユニバースの類似体に転送される。
*1: MHMTD(マルチバース間記憶転送装置、Multiverse Human Memory Transfer Device)
第三ユニバースから転送するエネルギーは、KEK(高エネルギー加速器研究機構)のKEK-B加速器の発生する大容量ガンマ線フラッシュで、陽電子が時間を遡る性質を利用する。第三の本体と第一の類似体間で同期された時間では、ちょうど第一ユニバースでは落雷が発生している。その落雷で発生した電子、ガンマ波フラッシュがちょうど第三ユニバースでのガンマ線フラッシュと逆の経路で、類似体の海馬から大脳皮質に第三ユニバース本体の記憶を送信する。海馬組織ではパケット形式の情報が圧縮を解かれ、大脳皮質に第三の本体の記憶を送り込むのだ。
記憶情報のパケットが海馬に受信される時、海馬組織は通常の数百倍の動きをする。湯澤とアイーシャによると、その動きで血流が増大し、高熱と偏頭痛を伴う痛みがあらわれるということだ。メグミの時は、それが緩やかだった。落雷から三十分くらい喫茶店にいて様子を見たが、すぐには海馬の動きはなかった。だから、キミは、高熱を出して寝込んでしまうと言って家にかえした。メグミの話では、家に帰るとすぐ高熱と偏頭痛が襲ってきて、脳内で記憶が解凍されて復元していくような気がした、ということだった。
ただし、みんながみんなメグミのように緩慢に記憶のパケット情報の結合、解凍、展開が行われるのでもなさそうだ。湯澤は個体差があるので、すぐ高熱と偏頭痛が襲う個体もある、と言っていた。
私の場合は、転移が起こった1970年に高熱と偏頭痛があって、落雷のあった金曜日の夜から土曜、日曜日と38℃くらいの熱が出て、寝こんだ。しかし、全てがその時に結合、解凍、展開が行われたわけではなく、何らかのメカニズムが働いて、小出しに情報を出してきた。すべての記憶が展開されたのは、メグミの転移が起こった時に、それがトリガーとなって記憶転移が完了した。だから、私のケースは参考にならなかった。
絵美の場合は、急激な結合、解凍、展開が起こっているようだ。このまま喫茶店で時間を過ごしていても、高熱と偏頭痛は収まらないだろう。自力で家に帰れないようだ。かといって、病院に連れて行くわけにもいかない。高熱と偏頭痛の原因はハッキリしているが、検査などで脳をいじられたら何が起こるかわからないのだ。
私は、かばんの中からトランシーバーを取り出した。スマホがない世界だ。バック・トゥ・ザ・フューチャーのパート2でマーティがドクと連絡した方法だ。秋葉原で買っておいたのだ。喫茶店でぐったりしている絵美をソファーにあずけ、すぐ戻ると絵美に言って、私は喫茶店の外に出た。私はメグミを呼び出した。
念の為に、今朝、メグミには駿河台の近くに車で来て待機して欲しいとお願いしていたのだ。何も起こらなかったら車で一緒に原宿の家に帰ってくればいいだけだ。「探偵みたいね。洋子の時みたいに帰ってくるのを待っていたら気が狂っちゃうわ。大丈夫、駿河台の明大の近くで路駐して待っているわ」とニコニコして言った。
雑音の多いトランシーバーの送信ボタンを押した。「メグミ、どこにいる?」と彼女に訊いた。
「下倉楽器の手前の小桜通りで路駐しているわ。明彦が絵美さんを抱きかかえているのが見えたわよ。双眼鏡を持ってきて良かったわ」と言う。双眼鏡だって?あの娘は何を考えているんだ?「わ、わかった。ちょうどいい。緊急事態だ。後で説明する。絵美を原宿の家に連れて行かないといけない。既に高熱と偏頭痛が起こっているんだ。小桜通りから明大通りを突っ切って、真っすぐ行ってくれ。それで、右に曲がると駿台予備校があるだろう?」「うん、わかる」「駿台予備校を回り込んで、右折して、中央線と平行にはしっているかえで通りを駅の方に行ってくれ。ノウムという喫茶店にいるんだが、精算して店を出る。車の進行方向、向かって右側の路上に立っているから拾ってくれ」「ラジャー、明彦!」メグミは探偵ごっことでも思っているんだろうか?やれやれ。
喫茶店で精算を済まして、絵美に「車を呼んだから、行こう」と行って店を出た。すると待っていたかのようにスカイライ2000ターボGT-Eが近づいてきた。メグミがさっと車を降りてリアのドアを開けて、私たちを押し込んだ。
絵美はわけがわからず、車に乗った。「明彦、さっき会ったと思ったら、私を誘拐でもするつもり?この女性は誰?」と私に訊いた。運転席にメグミが乗り込み、急発進で車を出した。メグミが「騎兵隊の到着よ。絵美さん、久しぶりね。若くなったわね」と運転席から絵美に言った。
「久しぶり?私、あなたを知らないわ。あなたはどなたなの?」「明彦、まだ記憶転移が途中みたいね。絵美さん、私は加藤恵美。メグミと呼んで。だんだん思い出してくるわよ、森博士」
「メグミ、急に情報を与えてもダメだよ。ゆっくりと思い出してもらわないと」
「ちょっと待って」と絵美が言った。「加藤恵美?森博士?え?どういうこと?うぅ、頭が割れるように痛いわ・・・あら?私、あなたを知っているような気がする」と絵美は運転席のメグミに言った。
「そうよ。絵美さん、お友達のメグミちゃんをわすれちゃった?」
「お友達?あら、ここは・・・御茶ノ水よね。え!高エネルギー加速器研究機構は?え?高エネルギー加速器研究機構って・・・」と絵美は自分の手を見た。両手を交差させて肩をさすった。バックミラーを覗き込む。「私は・・・私は・・・私はこんなに若くない!私は・・・ああっ、来たの?私は第一ユニバースに来たの?メグミさん、加藤博士。あなたは、明彦、宮部博士?」
運転席から後ろを振り返って、メグミが言った。「おかえりなさい、絵美さん。あれ?いらっしゃいかな?」
「メグミ、話はあとだ。前を見て運転に集中して。こんなところで事故に合うわけにも行かないぞ」
「わかったわ。感動の再会は後回しね。行くわよ」とメグミはアクセルを踏み込む。明大通りをまっすぐ突っ切り、神田橋を渡って、大手町、二重橋、赤坂を通って、一気に原宿の家に着いてしまった。土曜日だから道はすいていたが、スピード違反で捕まったらと思うとヒヤヒヤした。8時半になっていた。
「さあ、おかえりなさい、絵美さん、私たちのアジトにようこそ。明彦、私、このスカイライン、気に入ったわ」
「やれやれ。メグミの運転がこれほど粗いとは思わなかったよ。絵美は病人なんだから、気を使ってやってくれよ」
「ラジャー。ごめんね、絵美さん。援軍が来たからうれしくなっちゃって。明彦、リビングまで絵美さんを連れて行ってあげて。私は氷枕を用意するわ。鎮痛剤は・・・」
「鎮痛剤はよしておこう。自然に情報を解凍、展開させたほうが良さそうだ」
私は絵美を抱きかかえて、リビングのソファーに横たえた。枕と氷枕を持ってメグミがやってきて、絵美の頭の下にあてがった。絵美が「この熱と偏頭痛はアイーシャと研一が言っていた通りね。今、海馬を通して大脳皮質に第三の記憶情報が結合、解凍、展開されているのね。今日は、1979年2月17日。時間軸の因果律は有効なのね。成功したのね、私」と言った。「この家は?誰の家なの?」と訊くので、「いろいろ話すことはあるんだが、ここは私の家。1970年以来、私たちの活動資金を作っていて、アジトとしてこの家を買ったんだ。私の家というよりも、私たちの家だ。ここが活動拠点になる。あとでゆっくり説明するよ。それよりも、絵美はお母さんに早く帰るって言ったんだろう?電話をかけて遅くなると伝えないと」
「そうだ、いい考えがある」とメグミが言った。「絵美さんに家に電話をかけてもらって、友達の家にいるから遅くなると説明してもらう。それで、私が電話を代わってもらって、友達のメグミです、と言って私の家にいることにするの。なんなら、私の家に泊まる、と説明してもらってもいいわ。ちょうど、明日は日曜日だし。体調が良くなったら、私が車で絵美さんの家まで送るわ」
「メグミは悪知恵が働くね」とわたしが言うと、「それはそうです。同じ女性だから、家への言い訳は慣れたものだもん」と電話機を持ってきた。電話機は、アメリカンドラマのようなロングコードにしてある。ワイヤレスの固定電話などない時代なのだ。「絵美さん、電話かけられる?」
「大丈夫よ。あら」と何かを思い出そうとしている。「実家は、第一も第三と同じ住所なのね。電話番号は・・・少し違っているけど」と実家に電話をかけた。メグミが調子を合わせて「お母様、偶然、御茶ノ水で出会ってしまいまして。いえいえ、迷惑なんてとんでもない。話が弾んでしまって、遅くなってしまいました。すみません。できれば泊まっていってもっと話をしたいんですけど。ええ、ええ、問題ありませんよ」と絵美の母親に説明した。こういう調子の良さはメグミらしい。
「さて、電話番号が違うという話。それは、私たちの体が似ているからと言って、この世界とあちらがまったく同じとは限らないんだ。ここは、ロバート・ケネディもジョン・レノンも暗殺された世界だ。世界の有り様は違っている。この体も似ているといっても他人の体だ」
「違和感が感じられないのはどうして?」と絵美が言う。
「非常に似ている類似体なので、しっくりくるのだろう」
「でも、第三の私がこの第一の森絵美を乗っ取ったという感じはしないわね」
「オリジナルはこの体だし、20才までのアイデンティティも第一のこの体だ。こう考えればいいんじゃないかな。第三ユニバースと第一ユニバースで、ほぼ同じスペックのハードディスクがあるとする。第一は東芝製で、第三はウェスタンデジタル社製だ。同じ、640GBの容量、同じ7200rpmの回転数、フォーマット形式も同じNTFS。第一の東芝製ハードディスクには20才までの記憶がセーブされている。第三のウェスタンデジタル社製ハードディスクには39才までの記憶がセーブされている」
「それで、ウェスタンデジタル社製ハードディスクの20才までの記憶は、東芝製ハードディスクの20才までの記憶情報に上書きされたり、別フォルダー名でセーブされる。その判断は、私たちの脳の海馬組織次第だ。そのメカニズムは謎だ」
「20才以降39才までの記憶データは、もちろん東芝製ハードディスクにはないから、ウェスタンデジタル社製ハードディスクの20才から39才までの記憶データは、東芝製ハードディスクに新規保存される」
「こう考えると、第三の記憶が乗っ取るとか、第一の人格が消去されるということではなく、社風の似ている創立20年の企業と39年の企業の対等合併みたいなものになるのだろう。もちろん、この脳を走っているOSは多少異なるOSだろうから、第三の記憶データを利用するのは、あくまで第一のOSだし、プログラミングも第一のものだから、第三の演算結果と違う結果が出るかもしれない。その演算結果をアイデンティティと呼ぶのならそう呼んでもいいと思うよ」
「それと忘れてはいけないのが、こことあちらの時間軸だ。今、ここ第一の時間軸は1979年の世界が進行している。あちら第三は2004年になる。私たちがあちらを離れたのが2010年だが、1979年の今から2010年までの31年間のこちらの世界は、あちらとは違ってくるだろう。私たちの2010年までの記憶も予測精度が多少高い天気予報みたいなもので、まったく同じ天候になるとは限らない」
「だから、私たちが注意しなければいけないことは、当面、私たちの2010年までの知識を使ってここの世界の干渉を起こさないことだ。小平先生と湯澤、アイーシャが転移するまで、干渉を控えるのが良いと思う。彼らと相談しないといけない。もちろん、干渉と言っても、私たちの資金力と能力は微々たるものだから、仮に間違えてもたいした干渉が切るわけがない。ただし、あちらの最新の物理学の知識とか科学技術の知識の扱いは注意する必要がある。この世界ではまだ発見されていない、証明されていない知識で干渉してはいけない」
絵美が考え込みながら言葉を選ぶように言った。「単純に物理学的な諸問題を解決して、第三の種の滅亡を食い止めるというだけの話ではなさそうね。それよりも前に、このような人類が誰も経験したことのない状況で、どう目標を達成するか、私たちチームの心理的なバランスをとるかに注意しないと、チームがバラバラになりそうな気がする」
「そうなのよ」とメグミが言う。「心理的な問題が出てくるの。例えば、ここは国際宇宙ステーションみたいな閉鎖空間のようでもある。または、火星探査ロケットの中の状態にも似ている。そういう状態で、『閉鎖空間内の男女の心理的問題』という命題を解決しないと。絵美さんが来てくれて助かるわ。相談できるじゃない」
「・・・えっ?・・・ははあ、既にそういう心理的問題が発生している?」
「そうです」
「あなたと宮部くん?」
「ご名答!ビンゴ!」
「やれやれ」
A piece of rum raisin
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