第 13 章 第一ユニバース:新橋第一ホテル(4) 1978年12月25日(日)

 バイト先のホテルから原宿の家に戻った。5時50分だった。玄関を開けると、メグミがいた。「おかえりなさい。お疲れ様。洋子に会えた?」と無表情で私に訊いた。「会えたよ。もちろん、記憶がまだ転移していないから、私のことを知らないけどね」

「そうか。時間軸の因果律は有効ということね。起こるべきことは起こる。洋子のここ(第一)からの部分的な記憶の転移で、昨日、今日起こったことに従って明彦が行動して、そのとおり洋子が現れて明彦に会った、ということね。ふ~ん、それでどうなったの?説明して」とちょっと不貞腐れた表情でメグミが言った。

「洋子がヒアリングで湯澤に説明したとおり、バーに突然一人で現れて、カクテルを頼んだ。彼女は、現在まだ26才の女性で、ネイビーブルーのビジネススーツを着ていた。高そうなアクセサリーを身に着けていたよ。いかにも、やり手の弁護士という印象だった」

「あ、そうか。ここでは、彼女は、物理学者ではなく弁護士だったわね」

「来年、むこうからの記憶が彼女に転移したら、彼女の素粒子物理学の知識も加わるはずだ。彼女の専門をどうするか、彼女は小平先生と話していたよ。彼女の大学は、本郷とフランスのモンペリエで、日仏双方の弁護士資格を持っている。78年ではEU、欧州連合は発足していないが、93年に発足したらフランスの弁護士資格はEU加盟国すべてで通用するはずだ。おまけにモンペリエは南仏、CERN(セルン)のあるジュネーブまで車で4時間。私たちにとっても都合がいい。弁護士として、それも技術・特許弁護士として、法学も素粒子物理も専門の洋子は、CERN(セルン)中枢を掌握できるはずだ。あちら(第三)では、素粒子物理学者の研究員だったが、こちらなら、セルン中枢をコントロールできる」

「明彦、それはいいわよ。戦略的な方針はあなた方に任せるわ。それよりも、洋子とあなたが、昨夜から個人的に何があったか、私に説明してもいいと思う」と非常に不機嫌に私に訊いた。「明彦、洋子としたの?してないの?」と家の玄関で詰め寄られた。


「わかった、わかった。メグミに隠し事をするつもりはないよ。一部始終、すべて話すよ」と私は、昨晩から今朝まで、洋子と私に起こったことをすべて話した。

「洋子とキスしたのね?」

「ハイ、しました」

「どういうキスだったの?鳥のついばむようなキス?」

「違います。大人のキスでした」


 メグミは憤懣やるかたない表情で言った。「あのおっぱいオバケ!どうせ、やるとは思っていたけど、初対面からそういう性的なことを!許せない!」

「おいおい、仕方ないだろう。時間軸の因果律の結果なんだから。というよりも、話の流れでそうなってしまいました。それは謝ります。申し訳ない」

「・・・う~、う~、どうしようもないわね。この因果律なんだから、なるようにしかならない。あ~あ、私の複雑な想い、明彦わかるの?」

「簡単にわかる、と言えばウソになる。キミはもっと怒る。でも、私なりに理解しているつもりだ」

「・・・過ぎたことは仕方ないのか・・・悔しいわ」

「あのさ」

「何よ!?」

「こういう状況だから、言い出しにくいんだけど・・・」

「言ってご覧なさいよ!」

「ホテルに部屋を取ったんだよ。今日。クリスマスだろう?午後からチェックインできるから、ちょっと私は寝るけど、昼前にでかけて、デートして、今日はホテルに泊まらないか?」

「ええ?この心境で?それも洋子の泊まっているホテルに?」

「洋子は今日の昼にチェックアウトするさ。いや、イヤならいいんだ。キャンセルするから」

「いいわ、いいですとも。デートして、ホテルに泊まろうじゃあありませんか!」

「そんなに怒らなくてもいいでしょ?クリスマスプレゼントも買ってあることだし。食事して、ショッピングして、ホテルに泊まろうよ」

「何か、誤魔化されているような気もするけど・・・いいわよ、そうしましょう・・・ところで、プレゼントってなあに?」


 私は自分の部屋に行って、メグミのために買っておいたティファニーのスリークォーターの銀のコイン(コインはクルクルと回り、表裏がひっくり返る)のネックレスと編み上げた鎖が細かい層をなして鎖帷子のような金のサマセットリングが包装されたティファニーブルーの手提げペーパーバックを持ってきて、メグミにプレゼントした。

「あ!ティファニー!ああ、このネックレス素敵。このリングのデザインも好き」

「つけてみる?」とメグミに訊いた。「うん、お願い」私はメグミの後ろに回るとネックレスをメグミの首に回した。それから、彼女の右手の薬指にリングをつけた。

「ぴったりだわ。私の指のサイズがどうしてわかったの?」

「メグミの手をいじっている時に、だいたいのサイズを私の指と比較して測ったんだよ」

「・・・私って単純。機嫌が治っちゃったわ」

「まあ、ちょっと寝かせて欲しい。11時にでかけよう」


 私たちは有楽町にでかけた。有楽町駅から銀座一丁目の交差点に行く道の途中を右に曲がって、小さなスペイン料理屋で食事をする。12月1日にホテルのバイトを初めて以来、落ち着いて食事を2人でするのは初めてだった。

「うわぁ~、感激!こうやって2人だけでランチをするなんて、久しぶりね?明彦?」とメグミがニコニコして言う。「それもクリスマスデート!うれしいわ」

「わかった、わかった。それより、注文をしようよ。何を食べようか?」とメグミに訊いた。「まず、ワインを頼もう。キャンティの白と赤でいい?」と答えると、「私、酔っぱらっていい?」という。

「酔っぱらってもいいよ、今日はね。最初にワインで、最後はシェリー酒、ブランディーを飲もう」「家に帰る心配がないのって、いいよねえ~」とうれしそうに言った。

「そうそう、いっぱい食べて飲んで、ホテルに行こう。それでね、パエリア食べられる?シーフードパエリア?」と私は自分のメニューを指さす。

「え?どこどこ?何ページ?・・・あ、これ?これおいしそうだね?」とメグミはメニューを見ていった。

「それそれ、それから、順序が逆だったけど、ニンニクのスープ、アンチョビのグリーンサラダ、タパス盛り合わせとチーズの盛り合わせなんてので、お嬢さん、いかがでしょうか?2人でシェアしようね」

「おまかせします、明彦。だって、メグミ、なんでも食べられるんだよ、健康なんだよ」

「それはよくわかる。はじけるばかりにメグミは健康だよ、いつも」

「あ!エッチよねえ、いまの表現」

「だって、いつもはじけて、私がヘトヘトになるじゃないか?」

「そうだったっけ?メグミがヘトヘトになるんじゃなかった?」

「お互いヘトヘトになっているんだろう・・・やれやれ・・・」

 私たちは出てきた料理をじつに健康的にすべてたいらげて、ワインを2本飲み、シェリー酒とブランディーを飲んだ。

「あ~、おなかいっぱいだよ、明彦」「食べたなあ、歩けるかい?」「おんぶしていってくれる?」「え~、銀座の一丁目から八丁目まで?そのあと、なぁ~んにもできなくなっていいのだったら、おんぶしてあげる」「う~ん、それじゃあ、つまんないから、メグミ、歩くわ」「まったく・・・」

 私たちは、ブラブラと銀座の一丁目から八丁目までウィンドーショッピングをしながら歩いた。「ねえねえ、このペチコートスカートって、いやらしくない?」とショーウィンドーを指さしながら言う。「なんでいやらしいの?」「簡単に手が入るじゃない?タイトスカートじゃ入らないわよ?」「メグミのスカートにすぐ手を入れるじゃない?」「私の手を握って無理矢理スカートの中に手を入れさせるのは誰だ?」「メグミです」

「あ、見てみて。まだ、メグミ、フロントホックのブラって持ってないのよ」とランジェリーショップの前でメグミが言う。「じゃあ、プレゼントするよ、入ろうよ、ここ」と私が言うと、「明彦、下着屋さんなのよ?」と疑わしそうに見上げて言うので、「べつに、下着屋は男の子厳禁とは書いてないよ。ほら、男性だっているじゃないか?」と私は店内で所在なげに隅のソファーに腰掛けている人を指さして言った。

「いいの?」

「いいよ」

「メグミ、こんなの初めてだよ。2010年のあっちでもなかったもん」

「そう?私といると初めてってことが多いからいいじゃないか?」と私は店内に入ってしまう。


 ブラというのは、フィット感が大事なんだとメグミが言う。同じメーカーの製品でもタイプが違うと同じ番手でもちょっと感じが違う。「だから、試着をたくさんしないとぴったりするものが選べないのよ」と小声でメグミが言った。「ゆっくり選べばいいよ。パンティーも買うんだよ」「ブラとおそろいのやつ?」「それは任せます。どうぞ、ごゆっくり」メグミが選んでいる間、私も所在なげ組の一員となった。メグミが試着室のカーテンを開いておいでおいでをする。私は歩いていって、「なに?」と訊くと、「これ、好き?」と言う。スカイブルーの基調の花柄で縁が濃いブルーのアクセントが入ったブラと、おそろいの柄のパンティー。「似合うと思うよ。でも、ここでじっくり見るわけにはいかないから、ホテルに行ってから見せてよ」「あ!エッチねえ、これを着せて、脱がすのね?」「着ている時間を30分間だけあげよう」「エッチねえ・・・」と何組かもって、メグミは試着室に歩いていった。


 買い物を済まし、ホテルにチェックインする。3時になっていた。

「わお!こんな時間から2人きりなんて、信じられない!」とメグミがベッドに座って、ポンポンと飛び跳ねる。「ほら、メグミははじけるばかりに健康じゃないか?」と私が言った。「健康だもん。ねえねえ、買った下着に着替えるの、明彦見たい?」「エッチだなあ、見たいけど」「じゃあ、見せてあげる」と言って、メグミはポロネックのセーターを脱いで、スカートのジッパーを引き下げた。

「ねえねえ、明彦?」とメグミが言う。「何?」「メグミね、明彦の前だと羞恥心って溶けて消えてなくなっちゃうみたい・・・」と着ているブラをはずして、フロントホックのブラをつけた。「慣れちゃったんだよ、いっぱいエッチしたから」「そういうものかな?」とパンティーも新しいものをはいた。「メグミじゃないからわからないよ」と私はシャツを脱いで、「ほら、これ羽織って」とメグミに渡す。「サンキュー」と私のシャツをメグミはボタンをしないで羽織った。ちょっとブカブカだから、袖を折り返す。

ミニバーをチェックして、私はメグミにブランディーの水割りを作った。自分はウィスキーの水割りを作る。TVをつけ、ベッドに寄り添って横になった。

「これって、夫婦みたいじゃない?」

「夫婦になったことがないからわからないよ」

「でも、楽しい」

「明日のお昼までにはチェックアウトしないとね」

「20時間以上あるよ?」

「メグミは寝ないつもりかい?」

「あれ?明彦、寝ちゃうの?」

「寝ないでしていたら、私は死んじゃいます」

「じゃあ、2人で死ぬまでやりましょうよ。それで、明日、ホテルの人が部屋の鍵をこじ開けて、死んでいる私たちを発見するの」

「やれやれ・・・」

フロントホックブラの外し方の研究をしてみた。「これではずれるのか?これは便利だよね」「エッチ!何が便利なのよ?」「メグミを脱がすのに便利だってこと」「まったく・・・」とメグミはストラップを肩から外して、袖口から出した。手を抜いてストラップを抜く。もう片方も。「そういう、シャツを脱がずにブラを脱ぐ方法って、誰に教わるの?」「学校の授業で」「ウソ?」「ウソ!伝承の知識なの、友人のお姉さんから教わって、それが妹に伝わって、さらにさらに・・・という具合よ」「なるほどなあ・・・照明、消す?TVは?」「どっちも消して・・・」


 健康的にドスンバタンした。2人とも息が切れて、メグミの乳房の間には私の汗がたまっている。私は、バスルームに行ってハンドタオルを2つとってきて、メグミの汗を拭いてやった。時計を見ると夕方の6時半になっている。「ねえ、のど渇かない?」「渇いた」「コーク飲む?ビール飲む?」「コークの後にビール!」「ほら」と、私は、コークのプルトップをとってメグミに渡した。


「今晩は、夜はこれからなんだね?明彦?」

「あのさ、今、終わったばっかりじゃないか?」

「ボクシングの試合だと、ワンラウンド3分、合間が1分でしょ?だから、3時間のワンラウンドだったから、明彦には合間を1時間あげよう!」

「なに言ってるんだか。1時間待てますか?」

「待てるわけがないでしょう?健康的なメグミなのよ?」

「まあ、お話でもしようよ」

「お話だけ?」

「多少さわり合っても差し支えないけどね・・・」

「エッチ!」

「どっちが?」


 私たちはコーラを飲み終わって、ビールの缶を開けた。


「明彦」とメグミがビールの缶を両手で押し包むように持って、縁越しに私を見た。「今朝の話。ごめんなさい」

「いや、私の方こそごめんなさい。悪かった」

「明彦はいろいろと気を使ってくれて、プレゼントを買ってくれたり、デートしてくれたり、ホテルを取ったり、してくれているのに・・・嫉妬よね?これ?」

「心理学的な問題だから、私たちは話し合う必要がある。専門家の意見も必要だ。人類史上、このような経験をした人間はたぶんいないんだから」

「専門家って、外部の人間に相談することはできないじゃない」

「忘れたかい?この世界では、森博士、絵美は、心理学専攻だということを?」

「あ!そうだったね」

「彼女があと1ヶ月半でこちらに来る。彼女と相談してみようよ。これは私たちだけの問題じゃない。これからこちらに来る他のみんなの問題でもあるのだから」

「SF小説では書いてない話ね。わかったわ。解決はしていないけど、糸口が見えてきたわ」

「そうそう」

「そうか。スッキリした、じゃあ、明彦?」

「え?なに?」

「もっと・・・しましょ?」

「やれやれ」


A piece of rum raisin

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