第 3 話 第二ユニバース:殺害(3) 1985年12月7日(土)

 レキシントンアヴェニューから東52番街を通って、署の裏手へ車を回し、エンジンを止めた。


 殺人、強姦、窃盗、詐欺、ニューヨークの犯罪はキリがない。むろん、犯罪がなくなったら、俺のおまんまの食い上げだが、インスペクター(警視)の給与でこれほど働かされてはたまらない。今日は土曜日だというのに、昨晩から東西南北動き回って、朝になり昼になり夕方になって、やっと署に帰ってくる始末だ。ガキとベースボールをする約束をしていたっけな。これでは離婚されてしまう。


 デスクに戻ると、調書が山のように積み上がっていた。俺のデスクだけならいいが、どのデスクの上にも書類が積み上がっている。文句を言えたものではない。クリスマスまで机の上を整理するのは止めよう。俺はデスクに脚をのせて、調書を見る。強姦、強姦、窃盗、殺人・・・近親者による殺人ね、なんだ?旦那が女房を殺害?よくある話だ・・・殺人、強姦未遂、また、殺人・・・ん?日本人?女性?大学生?射殺?・・・何時だ?と俺は時計を見た。8時か。事件があったのは午前11時ね。それじゃあ、俺が忙しいときだ。場所は?タイムズスクエア?また、派手な場所で殺されたものだ。通り魔か何かだろうな?俺は調書を放り出した。もう帰る時間だ。


 そういうときに決まって電話が鳴る。俺は出ないで帰ってしまおうかと思った。が、デカなんだから、出ねえとしょうがない。「ハロー?」


「ハロー、ノーマン?」

「ああ、ドクター・タナー、マーガレット、なんだい?こんな時間に?俺といっぱいやりたいってお誘いの電話かい?」

「ノーマン、まだモルグにいるのよ。仕事よ。土曜日だというのに、死体は待ってはくれないわ」

「なんだ?まだモルグか?」

「そうよ。あなたどこにいたの?連絡を取ろうと思って何度もデスクに電話したのよ?」

「外回りだよ、麻薬でラリったヤツが発砲事件を起こした、亭主がウィスキーを飲み過ぎてアパートメントに籠城した、飲んだくれが知り合いを刺した、いつものこったよ」

「土曜日はみんな暇だから、余計に何かしたくなるのよ。ノーマン、調書を見た?」

「どの調書だよ?いっぱいあってわかんねえよ」

「女性、27才、国籍日本、射殺」

「ああ、これか」と、俺は最後に見た調書を取り上げた。

「これがどうかしたか?」

「タイムズスクエア近辺の路上で撃たれた、即死よ」

「ああ、そう書いてあるな、気の毒に。署のアドミからは領事館に連絡してあるようだな」

「いま、目の前に彼女がいるけど・・・」

「なんだ、あんたが検屍担当か?」

「そう。それで、ちょっと気になるのね」

「何がだ?もったいぶらずに、マーガレット、言えよ」

「現場は、正確に言うと7番街の路上よ。リッツカールトンの近辺」

「それで?」

「頭蓋の射入口の位置から見て、40°くらいの角度で撃たれている。つまり、路上からじゃなくて、上の方から。凶器は、アーマライト AR-7か競技用ライフルじゃないかしら?22口径よ」

「え~、おい、22口径なんておもちゃじゃねえかよ?よほどじゃなきゃあ死なないぜ?」

「それがピッタリ側頭部にヒット。しかもアーマライト AR-7か競技用ライフルだったら?ビルの上の方から?」

「つまり、通り魔じゃなくて、狙われたってことか?」

「その可能性があるとしか今は言えないけれど・・・死亡証明書を書き終わったらそっちに回すわね」

「わかった。今からブルックリンに行く気はしねえよ。明日は?マーガレットは休みか?」

「ついてないことに、日曜日の宿直なのよ」

「ふ~む、家族サービスしてから、午後にでも顔を出すかな?」

「ノーマン、離婚も近いわね?離婚したら、二人でいっぱいやりましょ」

「バカ言うな。離婚したら、おい、マーガレット、俺と結婚してくれるってか?」

「何いっている、私はこの業界の人間なんかと結婚はしないわよ」

「ま、そうだろうな。まあ、いい、明日だ。じゃあな」

「おやすみ」


 俺は受話器をおいて、考えた。よりによって、日本人だろ?それも女性で大学生。日本人が犯罪に巻き込まれるケースは非常に少ない。中国人じゃあるまいしよ。それが、ヤクザとかならわかるが、27才の女性か。何をこの女してやがったんだ?狙われてヒットされるようなことを?わからねえなあ・・・まあ、いい。今日はしまいだ。帰っていっぱいやって、女房とセックスでもしよう。


A piece of rum raisin

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https://kakuyomu.jp/works/1177354054934387074

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