第 10 章 第一ユニバース:新橋第一ホテル(1) 1978年5月7日~12月23日

 メグミの第三ユニバースの記憶が戻って以来、やることが山積みだった。ここではメグミは20才の女の子だが、異世界のあちらの39年間の記憶を持っている。それも1978年よりもはるかに科学技術も理論も進んだ32年後の2010年の世界の記憶だ。おまけに彼女は世界一流の物理学者でもあった。


 この世界の20才のメグミに生活する術(すべ)を教えなければいけなかった。矛盾する記憶知識を公にすると宇宙が変わりかねない。異世界の知識だから同一世界のパラドックスは生じないかもしれないが、注意するに越したことはない。


 ここはジョンだけではなく、ロバート・ケネディもジョン・レノンも暗殺された世界なのだから、そもそも向こうと矛盾している。ただ、現在だけではなく、79年、81年の記憶が転移した向こうの世界の森、島津、湯澤、小平、ジャヤワルダナがいたのだから、少なくとも81年までのこの世界にパラドックスは生じないはずなのだ。


 時間軸が小平先生の推測では第一と第三は25年ずれていて、類似体の生まれ年も違う、記憶に関して、第三と第一の出来事の年月日を換算するのにいちいち計算しなければいけない。1978年以降第三で起こったこと、第一で起こるであろうことも他言できない。時間に干渉することは避けなければいけない。


 ただ、私もメグミも2010年までの記憶が転移している。2008年のCERN(セルン)のLHC熱暴走による転移ではなく、2010年のJ-PARKのガンマ線フラッシュを利用した転移だ。私たちはその点、記憶転移に成功したのだ。


 もちろん、第三の記憶を持った第一のこの私たちの類似体が存在していること自体、時間に干渉していることになるのだが、自分自身の存在を否定してどうなることか。それは触れないでおこうと思った。宇宙における因果関係、一連の原因と結果が並行宇宙間でどうはたらくのかは説明ができないが、私たちが今この時点で存在しているということは必然であって偶然でないような気がする。逆に、私たちがここに存在しないことがパラドックスを生むのではないか?と思われた。


 私もメグミに負けず劣らず、SF小説も映画も読んだ、観てきたつもりだ。だが、実際に自分の身にSF的な事が起こってフィクションがノンフィクションになった場合、あれらSF小説も映画もかなりの部分を端折ったか、作者の想像が追いつかなかったのだと思う。


 私にとってもメグミにとってもこれは一種の若返りだった。私にとっては、39年間の大人の記憶が転移した12才のガキの頃から8年間、その秘密を持ちながら悶々としていたことは確かだ。


「メグミ、たまには家に帰らないと、ご両親が心配するよ」とある日の日曜日に原宿のアジトのベッドでゴロゴロしているメグミに注意した。土曜日、日曜日は仕事をしないことにしていた。昭和53年はまだまだ週休2日は外資系企業を除いて普及していなかったが、2010年、平成22年に慣れている記憶は、土日は休みなのだ。

「明彦のところにいる、とママには話してあるよ」ベッドでうつ伏せになって両ひじを立て、頬杖をついていた。膝を折り曲げて、交互にかかとでお尻を叩きながらメグミが言った。チュニックニットのひざ丈のミニスカートを着ていた。39才の大人の女性、白衣のパンツスーツ姿のメグミを見慣れていたので、その若々しさにはドキッとする。

「私のことはママにはなんと説明しているんだい?」

「え~っと、ボーイフレンド、恋人って言ってある」

「ふ~む、まあ仕方ないか。そのうち、メグミの家に挨拶にいかないといけないな。だけど、5月以来、外泊が増えているのに注意されないの?」

「明彦と一緒にいるから安全だよ、と言っているけど、いけない?」

「昭和53年だよ?結婚前の娘が、とか言われないのか?平気でメグミをここに泊めている私も私だけどね」

「性病と妊娠だけは注意しなさいって、ママに言われました」

「かなりさばけた家だなあ」

「ここ(第一)も向こう(第三)も家の雰囲気は変わらないみたいね。この家の住所も電話番号もママに伝えているから安心しているわ。そうそう、ママと言えば、どうも子供っぽく感じられてダメだわ」

「どういうこと?」

「ここのママは43才じゃない?私は物理的には20才だけど、経験は39年間の記憶がある。ママは専業主婦だけど、私はあちらでは仕事を持っていたじゃない?扶養家族のママと私の感覚がすれ違うのよね。43才と39才ってほぼ同年輩でしょう?彼女、子供っぽいのよ。なんでもパパに訊いてみましょう、という返事ばっかり。自分の判断がないのかしら?向こうの世界ではこんなことは思いもしなかったわ。もちろん、向こうでは23才年上の母親として見ていたのだけれど。同年輩の感覚だと、彼女がやけに女性に見える。パパに接する態度がオンナ、オンナしているのよ。向こうでは気が付かなかったわ」「なるほど。女性だとそういう感覚も出てくるのだね。私は気が付かなかったけど。そのような感覚も、メモしておいてくれ」「メモするの?」「そうだよ。これから森くんも島津くんも湯澤も小平先生もアイーシャも向こうからやってくるのだから、私たちと同じ感覚を味わうはずだ。メモしておけばこの転移という経験に対する対処も楽になるだろう」「SF小説は役に立たないわね」「筒井康隆に教えてあげたいね。タイムリープはそんなもんじゃない、ってことをさ。おまけに私たちのこれはタイムリープですらないんだ。たとえ類似体とは言え、同一人物ではなく、同じ世界でもないのだから。さあって、折角の日曜日だから外に出ようか?」「どこに行くの?」「代々木公園のホコ天にでも行ってみよう」

 私たちは神宮前に出て、五輪橋を渡って代々木公園に向かって歩いた。2010年と違って街並みも低い建物ばかりだった。代々木公園の交番前から青山通りまでの2キロくらいが歩行者天国、いわゆるホコ天になっていた。カラフルでダボッとした衣装で踊る「竹の子族」や50年代ファッションでロカビリーを踊る「ローラー族」などが土日になるとホコ天に集まって、踊っていた。原色の赤や紫のダボッとしたつなぎを着たグループ、リーゼントパーマをかけてロカビリーを踊っているグループとにぎやかだった。

「みんな幸せそうね」「2010年よりも1978年の日本のほうが不便だけど幸せだったのかもしれないね」「不思議な感覚だわ。ピンク・レディーが同い年なのよ」「キャンディーズが解散した年で、成田空港も今年開港した。こんな過去に戻るなんて思ってもみなかったよ」

「明彦、私たち、孤独よね?これから、絵美も洋子も研一も小平先生もアイーシャもこっちにくるけど、今は私たち二人。こんな秘密を誰にも言えない。どうしたらいいの?」

「私は、こちらに来て、8年間、一人ぼっちだった。メグミの言うことはわかるよ」

「筒井康隆に文句を言いたいわ。時をかける少女って、こんな悩みをもっていなかったんだから」

「・・・それは・・・面白い考えだ」

「え?何?」

「あのさ、筒井康隆は確か昭和9年生まれ。今、40才くらいのはずだよね?赤塚不二夫もそのくらいだ。タモリは30才くらいかな?彼らに会いに行こう。あいつら、新宿のゴールデン街で毎日飲んでいるはずだからね」

「ええ?どうしようというの?」

「彼らに会っても不都合はないだろう?酔っ払いの集団だし、私たちの話だって、冗談にしか過ぎないよ」

「・・・明彦、冗談だよね?」

「なに、暇つぶしだよ。壊滅的な未来の知識を私たちが話さなければ良いんだから」


A piece of rum raisin

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https://kakuyomu.jp/works/1177354054934387074

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