第 8 章 第三ユニバース:高エネルギー加速器研究機構(5) 2010年5月11日(火)

「このプレゼンは長いな。調子に乗って話しすぎた。はしょるとしよう。・・・諸君、ティーブレークにしようではないか?」と小平が言って、「島津くん、ジャヤワルダナくん、休憩としよう。どうだね?」と問いかけた。


「そうですね、小平先生、30分ほどではどうでしょうか?」と島津が伸びをして言った。

「そうそう、島津くん、バージニア州のエドワードは元気かね?」「はい?エドワードですか?」「エドワードだよ。私らの知合いの?」「は、はい、元気だと思いますよ」「では、休憩だ。回線は念の為に切っておこう。じゃあ、30分か、それくらいで、また」と小平はCERN(セルン)との回線を切断した。


「さあ、諸君、散歩でもしよう」と小平は伸びをして小会議室の外へ出ていってしまった。湯澤も宮部、森、加藤に呼びかけて後を追った。

 小平は、研究本館前の中央通りを300メートルほど歩いて、右に曲がると西通りを周長3キロの衝突型円形加速器、KEKBの方に歩いていってしまった。KEKB は80億電子ボルトの電子と35億電子ボルトの陽電子を衝突させることで、大量のB中間子・反B中間子対を作り出す装置だ。全員小平を足早に追っていった。ZONE-Iの先端計測実験棟の方に曲がると、廃棄されている星型の古い加速器のある窪地の縁の芝生に腰を下ろした。


「さて、諸君、歩きながらですまんね。まず、スマホの電源を切ってもらおう。なに、休憩の間だけだ」と他の四人に言った。「筑波山がよく見えるよ、諸君。いい天気だ。ああ、宮部くん、KEKBは稼働しているかね?」「ええ、動いていますよ」「そうか、盛大に電子と陽子を撒き散らして、電磁波がたくさん出ていることだろう。ファイブアイズのシギント(通信傍受)システムも容易には傍受できないだろう。エシュロンの担当者にも聞こえないだろうな。さて、湯澤くん、説明してくれたまえ」と小平は湯澤に話をふった。


「宮部くん、森くん、加藤くん、理由があって外に出てもらった。リスクがあってね。意図的に、CERN(セルン)との常時回線接続を使用したのだ。たぶん、エシュロンの担当者が聞き耳を立てているだろうからね」と湯澤も芝生に腰を下ろした。

「エシュロン?じゃあ、小平先生も湯澤くんも今の私たちの会議を通信傍受されていたってことですか?」と森が小平に訊いた。


「そう、どうせこの記憶転移の話はファイブアイズや日本政府にバレると思ってね。彼らにわれわれの話を聞かせてやったのだ。大事な部分を除いて。聡明な島津くんも気づくだろう」「どういうことですか?」と森が訊くと「私が島津くんに訊いただろう?『バージニア州のエドワードは元気かね?』って」「ええ」「私と島津くんにバージニア州のエドワードという知合いはいないが、彼女だったら、エドワードはエドワード・スノーデンのことで、バージニア州はアメリカ国防総省の本庁舎のペンタゴンのことだとピンとくると思ってね。それもうっかり博士の私がわざわざ『回線は念の為に切っておこう』と言うのだから彼女もおかしいと思うはずだよ」 


A piece of rum raisin

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