第 7 章 第三ユニバース:高エネルギー加速器研究機構(4) 2010年5月11日(火)

 ジュネーブのCERN(セルン)から参加している島津が、疑わしそうな顔で小平に質問した。「先生、確かにマンデラ効果の話は理解できます。私の記憶を探っても、この世界では、ジョン・ケネディは暗殺された、ロバートは暗殺されず第37代アメリカ大統領に就任した、レノンは生きている、これらの記憶と、ジョンとロバート・ケネディは暗殺された、レノンの暗殺の記憶はない、という第一ユニバースの私の記憶とがあるのは事実です。LHCの熱暴走以前には、ロバート・ケネディの暗殺の記憶などありませんでした。しかし、モーゼとイエス、イルミナティ、ギリシャ・ローマ神話、ナチス、ヒンドゥー教は関係のない話では有りませんか?」


「島津くん、いい指摘をしてくれた。確かに、マンデラ効果は理由はともかくとして、現象としてわれわれ七人に起こったことなので事実として認めざるを得ない。それに対して、モーゼやイエスなどの話は荒唐無稽に思える。


 まずは、マンデラ効果から整理してみよう。今回の場合、まったくの偶然からLHCの熱暴走が発生してガンマ線フラッシュが人為的に起こったが、十分な出力のガンマ線フラッシュを発生する世界の円形・線形加速器など数が知れている。CERN(セルン)の出力でさえ数兆電子ボルトだ。高エネルギー加速器研究機構(KEK)のJ-PARKメインリングで300億電子ボルトだ。幸か不幸か、LHCの熱暴走でガンマ線フラッシュの十分な出力を得られたが、こんなことはそうそう起こることじゃない。というか、有史以来初めて、人為的なガンマ線フラッシュによって記憶転移が起こったということだ。それ以前の記憶転移はすべて異なる並行宇宙間で発生した相互の落雷現象で起こったと思われる。


 次に、記憶転移が起こる対象の話をしよう。第一と第三ユニバースでは、われわれ七人は、同じ性別、同じ姓名を持っている。年齢もほぼ同じだ。第一と第三ユニバースは非常に近しい並行宇宙と言える。だから、第一のわれわれ七人とこちらの七人は非常に似ている。これを類似体と呼ぼう。この類似体間では、記憶の同期・同調が容易なのではないかと推測している。だから、七人まとめて記憶転移が起こり、マンデラ効果が発生したのではないか?」


「既視感(デジャブ)やアプリオリな知識(先天的知識)などは、自然現象での記憶転移が関わっているような気もする。どこかで既に経験したことがある、しかし、実際はそんな経験などしていない、という既視感(デジャブ)、経験してもいないのに知っているというアプリオリな知識は、他の並行宇宙の類似体からもたらされた記憶かもしれない。

われわれ七人は、性別も生まれも年齢も近しい類似体が存在するが、性別も生まれも年齢も異なる類似体だって存在するはずだ。そういう類似体間での記憶転移は、輪廻転生/リーインカーネンション、生れ変りという現象なのではないか?」


 モニタースクリーンのアイーシャが「小平先生、そう言えば、私の故郷のスリランカでは、仏教の影響なのかもしれませんが、他の国に比べて、生れ変りの事例が多いのですよ。民間伝承ですけれども。それに雷の多い国なのですよ」と言った。

「アイーシャ、それもまた可能性のひとつだ。仏教の影響、仏教の信仰は、類似体間の同期・同調性を促進するのかもしれん」


「仏教、輪廻転生で言えば、チベット仏教のダライ・ラマ法王制度は世襲制でもなければ、選挙で選ばれるわけでもありません。先代法王が亡くなられた後、法王の次の生まれ変わり(化身)を探す『輪廻転生制度』を採用していますね」

「それも興味深い話だ。法王の次の生まれ変わりではなく、異なる並行宇宙の類似体間の記憶転移が赤子に起こることだってありうるのだ。転生者(化身)ではなく、記憶転移者(類似体)なのかもしれん」


「さて、次に、モーゼやイエスなどの話だが、有史以来、自然現象としての多元並行宇宙間の記憶転移が無数に起こったとしよう。人々は、それを輪廻転生だとか、多重人格だとか、心霊的理解、超常心理学的理解で片付けてきた。その内、誰が最初の人間かわからないが、教団の始祖みたいな人間が『これは別の宇宙からの未来の記憶が雷、稲妻が原因の自然現象で起こっていることじゃないか?』と気づいたとしたら?」


「むろん、記憶転移の時間的遡及性はあるのだろう。落雷によるガンマ線フラッシュの出力では、何百年、何千年も記憶を飛ばせるわけじゃないと思う。それほど未来の類似体の記憶ではなく、その頃は科学知識も十分ではない。しかし、始祖は頭のいい人間だったのだろう。そのような記憶の未来からの伝搬が起こることを前提に、ユダヤ教だとかキリスト教だとか、イルミナティ、ギリシャ・ローマ神話、ナチス、ヒンドゥー教、仏教などの団体を組織したとしたら?」


「その始祖みたいな人間は、宗教体型を作り上げた可能性もある。輪廻転生したものを探せ、多重人格者を探せ、そのものたちを組織に迎え入れろ。育成しろ。知識を共有しろと。始祖とその団体は、社会の闇深く潜伏した。科学者、神秘論者、錬金術師、ある宗教で異端とされた宗派など正統派宗教や社会などの粛清から逃れる人たち、団体と親交を結んでいった。何百年、何千年もかけて、新たなメンバーを吸収し力を蓄えていったのかもしれんな。まあ、これは荒唐無稽な話だがね」


A piece of rum raisin

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