第15話 アイカギ

「こういうことは・・・よくある」

 フランコは私の肩を叩く。


「どんなに努力しても行き詰るときは行き詰るんだ。3ヶ月でここまで理解し、実践するなんて、たいていの者はできないんだから、誇っていいぞ、ミロ」

 行き詰まったことを悟る私とフランコ。

 今私たちが持ちうる全て知識を駆使しても届かない望みという事実がわかってしまった。

 フランコは悟ったように私を慰める。


「いいえ・・・まだよ」

「休むことも必要だよ、ミロ」

「まだなの、私ならできる・・・」

 

———止まれない、止まれないの。


「こういう時はゆっくり休むんだ」

「いいから、ほっといて。私だけでもやるから。フランコは今までありがとう。でも、ここからは私だけでやるからいったん休んで」

 私は粉末の調整し、液体に入れるが、いつもと同じ反応にしかならない。


「ミロ。君は、そんな風に切羽詰まって、絞り出して絞り出して絞り出した先に、君の素晴らしいアイディアたちががあったのか・・・?」

 私はフランコにほっとくように怒鳴ろうとして彼を見るが、彼は悲しそうな顔で私を見ていた。


「違うだろ?ミロ。君は大切な人に優しく見守られながら楽しくアイディアを生み出していたはずだ・・・。僕はね、君の何百倍もの人と出会ってきた。いろんな人たちと話をして、情報を交わしてきた。しかしね、こんなにもわくわくするアイディアをもっていたのはミロ、君が初めてだ。そんな君が長所を忘れて、こんなに切羽詰まって考えたって真理の鍵は開かないよ」


 色々な人と出会って来た人の目。色々なことを知っている人の目。そして、色々な悲しみと失敗を重ね、絶望してきた目。


「ごめんなさい、フランコ。私、この頃ピリピリしちゃって・・・」

「いいんだよ、いいんだ・・・」

 種類は違うが私と同じように今のこの世にない何かを求めて私の何百倍もしてきた男。その彼に私は敬意を払っていなかったことに急に恥ずかしくなった。

 

 私はフランコの顔を見る。

 なんだか久しぶりにフランコの顔をしっかりと見た気がした。そして、やつれた彼は優しい顔で笑った。




「でも、等価交換か・・・」

 私は背伸びをしながら錬金術の原則の書いた本の文字を見る。

「あぁ、それがこの世の理だ」

 フランコも私の目線の先の本を手に取る。


「私はあなたがくれた情報と同価値の知識を与えていないと思っているの」

「うーん、何度も言ってるけど僕はそうは思わないけどなぁ」

「じゃあ、仮に情報が等価だったとして、私もあなたも新しい知識を得た。じゃあ、その代わりに私達は何かの知識を捨てたのかしら?」

「いや、時間とともに失うことはあっても、知識を得た瞬間失うわけではないと思うよ」

「でしょ、そうすると私達は幸せになっている。誰かが代わりに不幸せになることもない。そうよ、世界も私達も成長を続けているのだから、全てが等価なんてこともないはずなのよ。物も人もどんどん生まれて増えて、進化していく。うん・・・そうだわ」

 私はペンを走らせる。

 フランコは戸惑ったように私の背中を見続けている。



「ねぇ、フランコ・・・あなたはなんのために錬金術を学んだの?」

「お金のためって・・・」

「深くは聞かないわ。シンプルに答えて?それは自分を幸せにするため、それとも周りを幸せにするため?」

「・・・両方かな」

「そう」


 私は頭を巡らせる。あと少し、あと少しで真理の鍵が開きそうだ。

 私たちのわずかな知識では開かない鍵だが、何か———


 私はエヴァレットの顔が浮かんだ。


「・・・愛、そうよ愛よ!!」

「あい?」

 フランコが怪訝な顔で見る。

「あなたの情報が私の情報に代わった。それもあるかもしれない。そう、あなたの研究はそれが主なのかもしれない。でも、あるのよ、無から有を生み出すものが」

「賢者の石だろ?」

「それも、そうなのかもしれないけど、もしかしたら賢者の石はないかもしれないじゃない。そうなあやふやなものよりも、私もあなたも持っているもの・・・それは『愛』よ、他人を愛することは見返りを求めないでもするでしょ?私たちの気持ちは等価交換の法則を超えて、世界を変えて行くわ」


「・・・それは無茶苦茶だね」

「無茶苦茶でなければ届かない境地なのよ。例えば私の作ったマリオンヌちゃんの材料はただそれだけでは何も生み出さないものだったけれど、彼女は家事を自動でやってくれる便利屋さんよ?私は彼女を生み出したけれど何も失ってないわ」

「でも、それを作るのに時間を費やしただろう?」

「えぇ、でもそれを余りある恩恵を彼女は私にもたらしたわ。そう、私は愛情を持って、彼女を創り出した。そうしたら、余りが出るのよ。余り。幸せはそうやって増えていくんだわ」


 フランコは考え込む。自分の行ってきたことを。そして、自身の様々な知識から私の突拍子もない意見を精査する。


「君と同じような考え方をした男と女がスペインにもいたよ。彼らは大きな船を造る必要があった。誰も見たことのない。西の大海を進んでいくために。東の黄金の国ハポンが西から行けると信じて。発想の転換。そして、投資と言うらしいが、カンパを集めて、お金を先に出してもらい、成功した暁には莫大な利益が出ると触れ回っていた。てこの原理か・・・面白い。やっぱり、君はおもしろい」

 彼は淡々と説明口調で話していたフランコだったが、少年のように目を輝かせていた。

「それも愛よ、夢を愛した人々の挑戦。素敵じゃない」


 フランコは費やした日々を憂うよりも、自分の知識で目の前の課題を考える。

「もしかしたら、開かれるのかもしれない。私が数十年追い求めていた真理が———」

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