第11話 色を染める話

「ねぇ・・・ハンス。あなたは私を買いかぶりすぎよ」

 辛い。

「あなたも、エヴァレットも・・・私はガラクタにしか過ぎないのだから」

 

「すまん、ミロ。言い過ぎた。だから、そんな・・・寂しそうな顔をするな、ミロ」

 ハンスは悲しそうな顔をして目を逸らす。


「食べられないの。本当に・・・。きっとおいしいのだろうけど、私には感じられないし、感じたくないの」

 私は無理やり、サンドイッチを食べる。なぜだろうか、塩の味がした。悲しい味。


「お前を笑わせるために作ったのに、なんて顔をしてるんだよミロ」

 ハンスは自分の目頭を指で抑える。


「ご馳走様!!」

 私は食べ切った。

 ハンスの気持ちが嬉しくなかったと言えば、きっと嘘になるだろう。そこまで私は軽薄な人間ではないようだ。しかしその一方で、エヴァレットを裏切っているような

感覚があるのも事実だった。私は様々な思考をいったん止めて、エヴァレットとの約束の通り生きるために、ぐるぐる整理できない感情を飲み込んだ。



 それから、ちょくちょくハンスが差し入れを持ってくるようになった。私は自分が現金な人間だと思った。彼に甘え、感情に蓋をしてただ生きていた。それこそ人形のように、感情も思考も無にして。カラクリも最低限収入を得るためだけ作った。

 

 そして、エヴァレットが死んでから1ヶ月。そんなミロに面白い話が舞い降りてきた。

「えっ、錬金術師?」

 私の顔をちらっと見ながら、ハンスは紅茶を注ぐ。

「あぁ、町の外れの空き家があっただろ?そこに町の外から引っ越してきた奴がいるんだ。それも老人だぜ?他の住人ともほとんど関わらず、引きこもって何かをしているらしい。俺も一度配達に行ったんだが、すぐに門前払いを受けてな。ちらっと部屋の奥が見えたんだが、お前の家以上に色々な得体のしれないものがあったぞ」

「へぇ・・・」

「俺はすぐ追い返されたが、もしかしたらミロなら・・・気が合うかもな」

「・・・」


 私はその話を聞いて、久しぶりに心が動くのを感じた。ハンスを見送った後、私は自宅の資料庫に入る。

「こほっ、こほっ」 

 そもそもこの部屋に入ることは少なかったが、エヴァレットが亡くなってしまい、埃まみれになっている。


 私は本を探す。

「あった」

 

『———錬金術師

 劣化したものを再生し、物質を変化させ、無から有を生み出す。彼らは全てを無から復活・創造できる鉱石。賢者の石を造ろうとしている。その石は金や銀、パールやダイヤ、サファイア、、ルビーなどどんな鉱石にも、宝石にも、金属にもなることができる。そして、その石を溶かして飲めば不老不死に。その溶解液に死体を入れれば、死者さえ復活させる』


(死者・・・を復活させる?)

 私は血眼になって本を読み、ページをめくる。



『私は彼に会うために各国を旅してまわった。しかし、彼もまた追われる身。禁忌である行為を行うものとして、彼を捉え抹殺しようとする者、彼を利用し永遠の命、世界を制する大富豪になろうと、彼を捉えて利用する者から逃げ回っていて、なかなか捕まえることは容易ではなかった。

 

 ようやく会えたのは北欧の雪国。彼は雪国の温度でしかできない物質を探してようだ。私はこれまでどれだけ錬金術師を探したかを説明し、そこで凍え、疲弊しきった意識が途絶えた。

 私は目を覚ますと、体中に気が満ちているのを感じた。彼がエリクサーを肌から血流に刺して吸収させてくれたそうだ。食べていないのに、体が満ちていることに違和感と、高揚感で心臓が高鳴った。

 

 そして、私は見た。

 

 サビて使えなくなった剣が蘇るところを。まるで、新品のような輝きを取り戻していた。そして、彼が液体の入った器を回すと、結晶が生まれた。彼が念じれば空気中に火を生み出すこともできる。

 

 私は教えを乞いた。

———あなたは、なぜ錬金術を学ぶのか。


 彼は言った。この世の理を知りたい、と。

 

 私は続けて教えを乞いた。

———あなたができないことはあるのかと。


 彼は言った。できないことはある。しかし、錬金術に不可能はない、と。』

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