第10話 悪魔の実

一方的な条件。

 それに応じるのに私にはなんのメリットもないが、早くハンスには帰ってほしい。私はハンスを睨みたい気持ちを抑えて、サンドイッチを取ろうと手を伸ばす。

(ガラクタしかないこの家でも、私の邪魔をする人もいるのだから、鍵は閉めよう。それくらい、こんな私にもできることだわ・・・)


 ハンスは二つのサンドイッチを取り出す。

「こっちの赤いのはトマトだ。有毒なんて言われているが、食べたら意外といける。彩のコントラストも、味のコラボレーションも行けると思っている。科学者の変人なお前ならこの良さを・・・わかってきてくれると思って持ってきた」


 サンドイッチは2つあった。1つはその真っ赤な観賞植物であるトマト入りのサンドイッチ。もう1つはこの前、おいしいと思ったサンドイッチ。


「じゃあ、ハンス。私はあなたを信じてトマト入りのサンドイッチにするわ」

 私はハンスを信じている、もしこれが毒だとしても、自殺ではない。事故死だ。


「あむっ」

 私は吐きたくなる。

 しかし、顔色を変えずにそのわずかな口に含んだわずかなサンドイッチを噛む。

 このサンドイッチがまずいわけではない。おいしいのかも私には味がわからない。ガラクタとして拍車がかかった私は食すること、すなわち他の生き物の命をいただいて、生きるという行為が受け付けないのだ。なかなか飲み込むことができないが、ハンスが疑っている目をしている。


んぐっ。


 吐きそうになりながらもなんとか、サンドイッチを飲み込む。胸のあたりからお腹のあたりが嫌な重さを感じる。


「んんっ、まぁまずまずかな。っ、でも本当にお腹いっぱいだから。また後で食べるねハンス」

「お前、本当に・・・自殺するつもりだろ」

 拷問に耐えて、裏切られた気分。

 

 それでも、ここで怒ればきっとハンスは居座るか、また来るだろう。

 私は胸のあたりから吐き出しそうになるものを抑え込んで、ゆっくり諭すように話す。

「えっとね、それはないわ、ハンス。私はね、エヴァレットに言われたの。後追い自殺なんてするなって。そしたら、天国で会えないからって。私がエヴァレットに会えないことを選ぶと思う?ハンス。思わないわよね・・・だから」

「俺は、食事を取らずにいる待つ死は自殺だと思うぞ、ミロ」


 どんどん私の中で黒いものがぐるぐる、ぐるぐる暴れまわるのが強くなっていく。適当に頷けば、ハンスは帰ったかもしれない。しかし、私は反撃せずにはいられなかった。爆発し過ぎないように淡々と私は喋る。


「そんなこと言ったって、貧しい子たちは自殺だって言うの?ハンス。あなたはそんな子たちが天国に行けないって言うの?酷い人」

「それは違う、ミロ。その子たちはお金がないんだろ。盗みを働いても天国には行けない。そして、善く生きて天寿を全うしただとしたら、天国に行くだろう。エヴァレットと同じように。でも君はお金があるだろう?なぜ、使わない、そして稼ぐのを辞めた?それは悪しき行為だ、自殺にならなくても天国には行けない」


「私は科学者。アイディアが浮かばなければ稼ぐことはできないわ、ハンス。それなら———」

「本当にそうならな。でも、君が今まで作り出したものを定期的に売れば金になる。放蕩息子の話があるだろう?貧しい子たちがその無知がゆえに人の道に迷い、稼ぐことができないのであれば、神は許し天国に連れて行くだろう。けれど、君が行おうとしているのは神をだまそうとする行為だ、決して天も神も許しはしないだろう」

 私はエヴァレットの作った太くて固い鎖で現世に繋ぎ留められている。

 そして、ハンスもまた私を何度も何度も苦痛を与えながら、鎖でがんじがらめにする。私は彼の言葉に返す言葉が見つからず、睨むように見るしかできなかった。

 


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