錬金術師フランコ

第8話 ガラクタ

 エヴァレットは冷たかった。

 彼は安らかな顔で埋められた。

 

 私を残して。


 私は悲しくはない。

 いや、本来であれば悲しいのであろう。しかし、私の心はその感情を感知しない、できない。きっと、その事実を受け止めてしまえば、私の心は壊れてしまうだろう。

 だから、私の心は全ての情報にフィルターをかけた。厚い、厚いフィルター。


 無気力。


(この世界に何が残っているのだろう)

 

 爽やかな風が私のほほを撫でる。

 

(彼が神様に私の頬を撫でるように頼んだのかしら)


 でも、あなたの手の方が何百万倍もいい。

 この風だってあなたが守ってくれなければ、私のむき出しの心は乾いてしまう。そして、こんなにも優しい風だって私の心をじわじわと痛めつけていく。


(だってそうでしょ。感動したときは、私とあなたで分け合いましょうって言ったじゃない)


 私の目線ははさみに移る。あの鋭利な輝きが私を魅了する。

 息が少し上がるが、苦しくはない。

 私はハサミを手に取り、指でハサミをなぞる。


(あぁ、私の心を癒すのはきっとこの気持ちだけなんだろう)


 私は周りを見渡す。散らかった部屋。

 もう片付かない部屋。

 

 

 私を必要とした人がいない世界。

 私が必要とした人がいない世界。


 科学者として全てのものに可能性を感じて、なかなか捨てられない私によくエヴァレットは呆れていた。


「これ、数か月触れてないでしょ?こんな・・・ガラクタ捨てちゃうよ?」

 エヴァレットは埃を被ったガラクタを私に見せてきた。

「ダメ!!それは可能性があるガラクタなんだから」

「可能性があるガラクタって・・・ガラクタって言うのはさぁ」

「今はガラクタ、将来性があるガラクタなんです」

「ふふっ、何それ」

 私のどや顔にエヴァレットは笑っていた。


「そして、私もガラクタです。今は役に立ちません!!でも、そのうち世界の必需品になるんだから」

「じゃあ、まず僕のために一緒に料理を・・・」

「しません!!」

「言い切っちゃったよ・・・」

「いつか、見ててよ。世界にもあなたにも必需品になってやるんだから」

「・・・もうなっているよ、僕の必要な人に」


 私は彼が抱きしめてくれた温もりを思い出した。でも、きっとどんどん忘れていくのだろう。


———それが、怖い。


 彼をなんとなくでしか覚えられていない、このガラクタは壊してしまえば世界にとって有益なのだから。

 私は震えながらハサミを心の臓へ運ぶ。この震えはきっと喜びだろう。

 きっと、一瞬。無に帰るなんてそんなものだろう。

 私は心の臓へハサミを突き立て、覚悟を決めようとする。


———約束してくれ、僕を追って自殺をしないと。でないと、僕は地獄に落ちよう


「うっ、うっ・・・くっ。うぅぅぅっ」

 ハサミを落としてしまう。

「エヴァ、レットォォォッ」

 人間は死んだら無に帰る。それが私の科学者として、人としての見解。

 けれど、彼は私が自殺することがあれば地獄に落ちるという。善く生き、最後の審判を迎えたいと、誰にも優しく、私を愛してくれたエヴァレット。彼が何を信じても私はそれを科学で否定してきたが、彼がそれで不幸せになると言って去ったのであれば、私がそれを行えるはずがあろうか。彼の幸せを他の誰よりも願ったこの私が。

(地獄なんてない・・・あるとしたら)

「あなたのいない世界よ、エヴァレット」

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