第6話 愛、それは確かめ合うもの

「あ~っ、さいっこぉぉっ」

「そうだね、さいっこぉぉっ」

 私が背伸びをすると、エヴァレットも嬉しそうに私のマネをする。

「なぁに、エヴァレット。酔っぱらってるんじゃないの?」

「あぁ、君に酔っているよミロ。本当に君は魅力的だよ。そして僕は君に行く」

 ふらふら歩きながら、エヴァレットが私に寄ってきて寄りかかってくる。

「ふふっ、今日は私の方がお姉さんかしら」

 私は少し高い位置の彼の頭を撫でる。彼は嬉しそうに笑った。


 いつも、私の体を心配して早く帰るように促すエヴァレットだったが、今日は上機嫌なのか寛容だった。私の臨時収入もあったので、プレゼントのお礼に何か買ってあげると私も何度もエヴァレットに言ったが、エヴァレットはそこだけは頑なに断り、シェイクスピアの劇を見に行くのとディナーをご馳走するということで、手を打った。


「空がきれいね、エヴァ」

「あぁ、綺麗だ。でも、一番きれいなのはミロだ」

「ちょっと、言葉が軽いわよ、エヴァ。見上げてよ」

 私に促されて、エヴァレットも夜空を見る。

「綺麗だ、本当に。でも・・・」

「はいはい、しつこいわよ」

「本気なんだけどなぁ」

「今は聞いてもちっとも嬉しくない」

 私も彼のようにまだお酒が残っていたのだろうか?顔が赤く火照っているような気がする。




「ねぇ、ミロ」

「なぁに、エヴァレット」

「人は死んだら、どうなると思う」

 私はエヴァレットを見る。彼は空を見て、空に手を伸ばす。

「やっぱり、星になるのかな」

「なるわけないでしょ」

「そっか・・・」

 エヴァレットは腕を下げて、脱力する。


「じゃあさ、人は死んだら生まれ変わるのかな?」

「えっ。天国か地獄で最後の日を待つんじゃないんですか。先生」

 私は突拍子もないエヴァレットの発言に私もふざけて返す。


「東の国ではね、死んだ人々は前世と得と業を清算すれば生まれ変われるそうなんだ」

「へぇ。面白い考え方ね」

 さすが、勉強熱心なエヴァレット。酔っぱらっていても染みついた学門の徒としての姿勢は変らないようだ。


「君はどう思う、ミロ」

「え~、死んだらでしょ?ん~、怒らない?」

「怒らない、今はただの酔っぱらいなのだから」

「じゃあ・・・何にも残らないんじゃない?」

「何も・・・?」

「うん。な~んにも」

「この愛も?」

 真剣な目で私を見るエヴァレット。


「こんな話止めない?エヴァ」

「いや・・・聞きたい。お願いするよ、ミロ」

「出会った頃を思い出すわね、エヴァ。私の話を否定するけれど、私の聞きたいあなた。私もあなたの話を否定するけど、あなたの話を聞きたい・・・」

「あぁ、でもこうして僕は科学の素晴らしさを知った。神学は素晴らしいと思っている。けれど、新しい考え方にも耳を傾けられるようになった」


「私は、愛を知ったわ。いいえ、教わったわ、あなたに。エヴァ」

「僕もだよ、ミロ。そして、僕は人の可能性を教わった、君に。ミロ」

 私は夜空の星々を見て、昔の二人の思い出を思い返す。最初は喧嘩したこともあったけれど、二人でいることは楽しく、幸せな気持ちにさせてくれる思い出ばかりだった。私は心があったかくなり、愛しいエヴァレットを見ると、彼も同じように過去の思い出を思い返し、丁度同じタイミングで目が合う。そして、お互いに微笑み合い、歩いていく。


 

「・・・なんにもなくなっちゃうから、私は私を創るかな」

 私はさっきの問いに答える。

「それは、君じゃないよ。僕はそれを愛せない・・・」

 昼間の堂々巡り。

「知ってた?エヴァ。私って愛されたいタイプに見えるかもしれないけれど、こんな私を受け入れてくれて、尊重してくれるエヴァのことを物凄い愛しちゃってるんだから。私の愛はこの体が尽きたってあなたに伝えきれない。それぐらいあなたのことが好きで、あなたのことを愛してるの。だから、私が先に死んじゃっても、私はあなたを愛したいの。だから、私の分身を造りたい」

 私の心から思う言葉を吐き出す。


「そう・・・それが君の愛なんだね」

「うん」

 エヴァレットは私の目を真剣に見つめて、私の真剣さを理解したのだろう。ようやく否定せずに、理解してくれたようだった。

 私を忘れて欲しくないという独占欲もあるかもしれない。でも、私が死んでも私の知らないところであっても、私が生み出した私とエヴァレットが物語を作りながら、人生を歩んで行くと思えば安心して逝ける。


「そっか。なら、僕はその愛を十二分に受けたかもね」

「かもねって、何よ。全く。それより、あなたの愛は死んだら終わっちゃうの?エヴァ」

「僕は君を愛して待ってる、天国で。でも、自殺した者は天国に来れないし、決して後追いなんてやめてね。ミロ。それで、君は僕を忘れて人生を謳歌してほしい。例えば、肉屋のハンスだって、君のことを———」

 

 私はエヴァレットを睨む。

「よしてよ、エヴァ。私が好きなのはあなただけ、他の誰が私のことを好きだろうとそれは変らないわ。あなたがいなければ私の人生はつまらない。私はこの世に未練はないから消えるわ。私は天国を信じられないし、あなたのいないこの世は私にとって地獄でしかない」


 エヴァレットが私の前に立つ。

「駄目だ。死ぬなんて。例え、死が無に帰すことだったとしても、それじゃあ僕は・・・やるせないじゃないか!!」

 私の両腕を掴む。エヴァレット。

「エヴァレット、どうしたの?今日のあなたはおかしいわ」


 私は改めて、エヴァレットの姿を一部始終見る。星空に照らされてわずかしかわからないが、少し様子がおかしい。

「飲み過ぎたんじゃない、エヴァレット。今度から禁酒———」

「約束してくれ、僕を追って自殺をしないと。でないと、僕は地獄に落ちよう」

 真剣な眼差しのエヴァレット。

 そして、彼が地獄を自ら選択するなんてことは彼の尊厳や、彼の今までの人生の多くを否定する行為であり、私が地獄を信じていようと、そうでなかろうとそれを私の選択によって彼が意にそぐわない選択をすると言っている。

「わかった・・・わ、エヴァ」

「ありがとうミロ」

 私は折れるしかなかった。ミロはようやく安心したような穏やかな顔になり、私もホッとする。 

 

 私は知らなかった。そして、気づけなかった。いや、もしかしたら、気づいていたかも知れないが、目を背けていたのかもしれない。


 その瞬間が目の前に迫っていることを———

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