第3話 愛、それは試されるもの
はぁ、はぁ、はぁ———
私は逃げる。エヴァレットから、そして、常識から。
とは言え、私は足がそんなに速くないし、そんなに長い距離も走れない。
息を整えながら後ろを見るが、エヴァレットの姿はない。
私はとても悲しくなる。
まるで、迷子になってしまったこどものように。
「おい、大丈夫かミロ?」
「ハンス・・・」
再び前を見ると、同い年の肉屋の跡取り、ハンスだった。
「どうしたんだ、そんな泣きそうな顔で?」
「・・・なによ、レディーに対して大丈夫かは失礼でしょ、ハンス。私はいつだって大丈夫よ。天才だもの」
私は目に入った液体という名のごみを取り除く。
「べっつに~。エヴァレットと喧嘩したとかそんなんじゃないし」
「おっ、珍しいな喧嘩なんて。どうせまた、ミロがわがまま言ったんだろ?」
「今日は違うもん・・・」
私は拳を握りしめる。
「わっ、悪かったって、すまん、すまん」
ハンスが謝ってくる。
「別に、怒ってないもん」
私は目線を逸らす。
「ふぅ~、そうか。じゃあ、これでも食べな」
もう一度ハンスを見ると、サンドイッチだった。私はハンスからサンドイッチを取り上げて、ぱくっと食べる。
「おいしい・・・」
「だろ?」
自信たっぷりに笑うハンス。
サンドイッチのぱっと見、真ん中の鶏肉が存在感を主張しているが、食べてみると塩気に酸味が程よく合わさっており、最後に肉の歯ごたえと脂身と旨味がやってくる。これは、絶品だ。さっそく、エヴァレットに・・・。
「おいおい、なんだよ急に。上手かったんだろ?なぁ」
「うん・・・おいしかったけど・・・エヴァレットと分かち合いたかったよぉ~」
「うわっ、また涙目になんじゃねぇよ」
「涙目なんかじゃないよ。ごみ、ごみが入ったんだよ」
「ごみが入っても結局、出るのは涙だかんな?たくっ」
ハンスがポケットをごそごそする。
「ほれ、これで拭け」
ハンスが出したハンカチを借りて、目を拭き、口を拭き、鼻をかむ。
ハンスはびっくりして、最後は頭を抱えて苦笑いをしていた。
「たくっ、ミロは面白いな」
「おもしろくなんかない。レディーだもん」
私は胸を張る。
「そんな・・・背伸びしなくてもよ。いいんじゃねえか?」
「私はエヴァレットの妻だもん。エヴァに見合う女になるためには、子どもじゃいられないもん」
ハンスは私を見つめる。
「この前教えてもらった香辛料を試してみたんだ。なずけてマスターソード。なっ、かっこいいだろ?」
「おぉ~~~」
ハンスが差し出した黄色いソースを出しながら、見せてくる。そのネーミングがかっこいいと思って、私は目をキラキラさせる。
「なっ?俺といる方が楽しいだろ?ミロ。だから———」
「でも、エヴァレットがいい。エヴァレットが一番。私が選んだ人。私を選んだのは間違いないって泣いて感謝させるんだから」
「んだよそれ・・・」
残念そうに俯くハンス。
「ありがとう、ハンス。サンドイッチ凄いおいしかった。だから、元気が出たよ。これっ」
銀貨を飛ばす。
「おい、多すぎだぞ」
「ううん、そのくらい美味しかった。多いと思ったら、元気が出たお礼を加えたと思って」
「んっ・・・じゃあ、ありがたくもらっとく」
手を振る。
「なぁ!」
ハンスが呼び止めるので、また振り向く。
「俺といると元気が出るだろ?」
「うん。でも、エヴァレットといると心が温かくなるの!!」
「いつでも、あいつに飽きたら乗り換えていいからな!!一緒に肉屋をやろうぜ!!」
「私、不貞を働く妻にはならないって決めてるの!!じゃあね!!」
ハンスは呆れたように笑った。
「んだよ、喧嘩してもラブラブじゃねえか。バカップルが」
私は向かう愛する人の元へ。それが今日で最後であったとしても。
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