第15打:死なない男

 夕飯後、一旦食卓の上を片づけた。それから、焼酎をミネラル水で割った。呑みながら、山田風太郎の『甲賀忍法帖』(講談社文庫)を再読した。表紙絵担当は天野喜孝画伯。

 休戦の誓いは破られた。天下人、家康の意思が働いたのだ。甲賀十傑と伊賀十傑。憎悪の炎を燃やし合う二大陣営、その代表選手たちが激突する。最後の一人が息絶えるまで、戦いは終わらない。


 全忍者の中で、最も活躍するのが実悪兼色敵の薬師寺天膳である。天膳は極めて特殊な体質を有しており、これを駆使して、敵忍者を確実に屠り去ってゆく。彼の目標は、甲賀組の皆殺しと頭目お幻の孫、朧の婿の座である。

 山田先生は天膳の容姿を「色白で、ノッペリとして目がきれながで、ややふとりかげんのからだにも、女のようにやわらかな線があった」(67頁)と、簡潔に描写されている。

 なかなかの美男子らしいが、その内面では、野心と嫉妬がドロドロと渦巻いているのだ。三代目将軍選びに絡む「殺人ゲームの開催」を一番喜んでいるのは、間違いなく、天膳であろう。


 洗面所に行き、歯を磨いた。居室に戻り、円盤(DVD)プレーヤーの電源を入れた。自動的に、木村拓哉、二宮和也共演の『検察側の罪人』の再生が始まる。キムタクとニノの演技合戦もまことに素晴らしいが、俺としては「山崎(努)さんはどこに登場するのだろうか?」という点に興味があった。ファンなのである。


 怪しげな役を得意とする松重豊が、闇社会の住民(ギャングではない)に扮していた。彼にぴったりのキャラクターではあるが、演技過剰でいささか鼻につく。だが、この芝居を誉める人もいるだろう。巧い俳優であることに異論はない。

 オーバーアクションはともかく、最近の松重さんはオーバーワーク気味ではあるまいか。仕事熱心なのは結構なことだが、健康を害してしまっては何にもならない。表情に浮かぶ疲労の色が、少し気になる。お体、大切にしてください。


 山崎さんの出番は終盤に用意されていた。大物弁護士の役で、さすがの貫録だが、映画全体を揺さぶるようなパワーは感じられなかった。今なお、現役の俳優として活動されているのは嬉しいことだけど。

 山崎さんの出世作と云えば、黒澤明の『天国と地獄』の犯人役だが、キムタク検事の突飛な発想は、仲代(達矢)さん扮する鬼警部の異様な執念を連想させる。暴走した正義ほど怖いものはない。〔5月31日〕

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