第9打:鮪と鮫

 台所に行き、電気ケトルにミネラル水を注いだ。沸き立ての湯で、インスタントコーヒーを淹れた。ミルクと適量の砂糖を溶かし込んだ。調理パンを食べながら、熱いやつを飲んだ。

 居室に行き、愛機を起動させた。メクるを呼び出し、草随筆の編集を始めた。大した内容ではないが、書き終えるまでに相当な時間を要する。作文技術のひとつに「早く書く」があるが、この点については完全に失格である。


 気がつくと、外が暗くなっていた。夜にはまだ早い。卓上の時計が「午後3時半」を示している。その時、ゴロゴロという不気味な音が響いた。どうやら、一雨来るらしい。それも、雷神が参加した激しいものが。

 ガラス戸を開けざまに、露台に吊るした脱水衣類を屋内に取り込んだ。午前中に洗ったものである。当家に乾燥機などという文明の利器はない。乾きに関しては、太陽に任せている。困るのは天気の急変である。雨粒の直撃を避けようと思うと、原則、在宅時以外は干せないことになる。


 雷雨は去った。時計が「5時半」を示していた。施錠後、自室を離れた。手ぶらの状態で、近所のスーパーへ向かった。店内は空いていた。鮮魚売場と惣菜売場を物色した。商品を入れた篭をレジに運び、代金を払った。

 家に戻り、日課の腕立て伏せを済ませた。浴室に行き、温水を浴びた。居室に行き、愛機を動かした。メクるに飛び、ブログを編集した。投稿後、シャットダウン。テーブルの上を片づけ、夕食を始めた。目撥鮪の刺身をオカズにして、飯を食べた。その後、焼酎の水割りを作った。


 水割りを呑みながら、笹沢左保の『木枯し紋次郎/六地蔵の影を斬る』(光文社時代小説文庫)を再読した。小判鮫の金蔵と名乗る奇妙な渡世人が登場する。

 敵か味方か、警戒を強める紋次郎だが、金蔵もさる者で、なかなか正体を掴ませない。両者の会話が面白い。


「昨夜から、抜いている」

 紋次郎は金蔵の横にすわり、両脚を投げ出した。

「身体の工合でも悪いのか」

 金蔵が、驚いたように顔を上げた。

「懐工合のほうだ」(同書・41頁)


 最後の紋次郎の台詞だが、彼としては珍しい冗談のようにも聞こえる。もちろん、本人にその自覚はないだろうが。悲惨な少年期を経験した紋次郎には、笑いを嗜むという習慣はない。だが時々、ユーモラスな言動を行うことがある。それが、同シリーズを読む楽しみのひとつになっている。〔5月5日〕

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