第7打:黒澤ヒーロー

 帰りの電車の中で『いろいろ事情』を読み終えた。石川先生は「(日本人には)まねをする対象がなければ、まったく独自の方法を考えだす能力がある」と書き述べられている。なるほど。そうかも知れない。同能力が最大限に発揮されたのが江戸時代であり、巨大都市エドというわけである。

 エドを舞台にしたアクション小説を書けないものかと、思案を巡らせる時があるが、実現には至っていない。俺の手に余る難しい題材なのだ。


 地元駅下車。改札を抜け、階段を下った。他人の迷惑にならない場所まで移動し、そこで家路の途中にある弁当屋に電話をかけた。出てくれたおばちゃんに幕の内を注文した。

 弁当屋に寄り、頼んだものを受け取った。代金を払って、店を出た。アパート到着。集合ポストの中を確かめた。重要な郵便物は届いていなかった。

 階段を登り、自室の玄関に足を進めた。鍵をあけ、中に入ろうとした。その際、外壁の表面にはりついている生物を視野に捉えた。ヤモリの幼獣であった。


 ロフトに上がり、日課の腕立て伏せをやった。浴室に行き、温水を浴びた。体を拭き、服を着た。居室に行き、愛機を起動させた。

 メクるを呼び出し、ブログの更新を始めた。投稿後、シャットダウン。テーブルの上を片づけてから、晩酌兼夕食の支度をした。トリスクラシックをミネラル水で割った。

 テープに録音しておいた『松山千春のON THE RADIO』を聴きながら、トリスの水割りを呑む。当家では、ラジオが娯楽の上位に属している。これからもそうだろう。もちろん、テレビにも興味はあるが、観ている余裕がないのだ。


 洗面所に行き、歯を磨いた。居室に戻り、円盤(DVD)再生機の中に三船敏郎主演、黒澤明監督の『醜聞』を滑り込ませた。醜聞と書いて「スキャンダル」と読む。1950年に公開されたもの。二回目の鑑賞である。

 黒澤監督が、若い頃、画家を志していたのは有名な話だが、この映画の中で、監督は三船氏に画家を演じさせている。気鋭の芸術家だが、性格破天荒。オートバイをぶっ飛ばす痛快おにいさんである。どうやら、前世はサムライだったらしく、正義感が異様に強い。まさに、クロサワの分身と云える。

 中盤以後、主人公が画家から、弁護士(志村喬)にチェンジする。志村氏の喜劇才能が堪能できる。あの酔いどれドクターと同じ演者とは思えないほどの変身ぶりである。〔4月21日〕

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