第4打:雷蔵秘話

 今期最終の業務が終わった。更衣室に行き、着替えと身支度を済ませた。部屋を出て、自動階段に乗り、玄関を過ぎた。職場を離れ、坂道を下った。

 さて、今日の夕飯は何にしようか。饂飩か、天麩羅か、中華料理か。思案の結果、三番目を選んだ。店に入り、L字カウンターの角に腰をおろした。食前に冷酒を呑む。酒肴は餃子。その後、大盛り炒飯をたいらげた。


 勘定場に行き、代金を払った。その際、スタンプカードにスタンプを捺してもらった。店を出て、2キロほど歩いた。肥満を避けるための行動である。川沿いに浮かび上がる夜桜を眺めながら、歩行を続けた。


 帰りの電車の中で、池波正太郎の『ドンレミイの雨』を再読した。題材は「異郷の旅」である。小説1と紀行3の計4篇で構成されている。文章はもちろん、表紙・口絵・挿画・写真の四つも池波先生自身が手がけている。

 まったく凄い。一流の作家は何をやっても一流なのか。あるいは、先生が特別なのか。ともあれ、ファンには「まさにこたえられない…」本と云えるだろう。


 帰宅後、浴室に行き、温水を浴びた。居室に焼酎とミネラル水を持ち込み、水割りを作った。呑みながら、洋泉社の『特撮秘宝』第2号を再読した。平泉成のインタビューが抜群に面白い。俺が初めて平泉さんの演技を観たのは、北野映画第1作『その男、凶暴につき』だったと思う。

 平泉さんはたけしさん扮する暴力刑事の同僚の役であった。署内で孤立している主人公と会話ができるほとんど唯一の存在である。そんな平泉刑事も殺されてしまった。闇勢力の仕業だ。

 味方の仇討ちを誓うほど、たけし刑事の血は熱くはないが、彼の死が闇と戦う契機になったのは確かだ。その意味では、物語の鍵を握る重要な役と云える。

 

 新人時代のエピソード。平泉さんが語る市川雷蔵は、これまで俺が抱いていた彼のイメージを突き崩すほどに強力なものであった。本人は否定されるかも知れないが、平泉さんは人に好かれるタイプなのだと思う。イチローは「僕には人望がない」と自嘲気味に云っていたが、平泉さんには「ある」のだ。


 人望の有無は天性のものである。ある者はあるし、ない者はない。実にはっきりしている。俺なども全然ない。謙遜ではなく、本当である。最も困るのは、ないのにあると思い込んでいる人である。この類いが人の上に立つと大変だ。組織も団体も瓦解は免れない。〔3月31日〕

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