26.-④
「実は、また別の問題も生じておりまして。」
「?」
フィリップ王子がヤンチャな若者で、
いつの間にか、女子の許に通うのが少なくなり、やがては一切行かなくなったのです。
後から考えると、丁度シャラ様と出会った頃からだったと思うのですが。
しかし、私共も当時は深く考えませんでした。
国王となられ、
しかし陛下が20歳の時、良い縁談がありましてな。相手は他国の姫君でしたが、華美を好まぬ堅実なお人柄で、剛健質実を掲げるログレス王家に相応しい方だと、皆で陛下にお勧めいたしました。
ところが、陛下のお返事は「ユリウスの妻にせよ。」と。
それが結局、ユリウス様の奥方様・マリア様なのですが。
…左様ですか。マリア様と
…シャラ様も、そう思われましたか!王妃として、妻として、母親として、あんなに良い方は滅多におられませんよ!
残念ではありましたが、私共は…大変失礼ながら、マリア様が陛下のお好みに合わなかったのかと思い、別の姫君を探し始めたのです。
ところが!
「私は生涯結婚しない。次期国王はユリウスとする。」
そう陛下が宣言なさった時には、皆が腰を抜かしましたよ!
理由をお聞きしても、陛下はお答えにならず。お妃様が要らぬなら、せめて「獅子王様」の御子だけでも…と申し上げましたが、それも拒まれました。
不覚にもそこでようやく、「そういえば最近、陛下に女っ気が無かったな。」と気付いた訳です。
私、よくよく考えまして。
陛下はずっと戦地で男共と過ごしておられたので、そちらの方が良くなったのではないか?と。
そこで私は、一計を案じました!
陛下のお慰めになるのならと、見目良い
…いや、あの時の陛下の殺気ときたら…私の命運もこれで尽きた、と思いましたよ。
…ああ、シャラ様。そんな目で見ないで下さい。
私が内務大臣などという要職に就いているのは、陛下の意志を汲み取り、それに纏わる雑事を片付けることにあるのです。陛下と実行役の大臣達を円滑に結ぶ仕事…所謂「中間管理職」ですので、気働きも利かせねばならんのです。
それで1つ、シャラ様にお尋ねしたいことがあったのですが。
先日、初めて陛下がアルテアへ行かれた際、お2人は結ばれたのですよね?
いや、不躾な質問で申し訳ありません。私が心配しておりますのは、その…陛下が男の力を失われているのではないか?ということでして。戦地に赴いた兵士の中には、出来なくなる者もいると聞きます。「戦の病」というものでしょうかねえ。それなら、医師に話した方が良いかと思いまして。陛下に直接お聞きすればよろしいのでしょうが、これ以上、余計なことを言うと、私の命が危いので。
…えっ?「たぶん」?たぶん大丈夫、ですか。左様ですか。それは安心いたしました。
やはり陛下は、シャラ様が、シャラ様だけがお望みなんでしょうねえ。
シャラ様は、陛下が後悔なさっていると勘違いしておられますが、絶対にそんなことはありませんよ。
当初、シャラ様のお屋敷は、城下の武家町にご用意してあったのです。シャラ様をログレスへお迎えしたら、そちらにお住まいいただく予定でした。
ところが、アルテアからお戻りになられた陛下が、急遽、城に住まわせると仰られて。
その上、陛下はご自身のお部屋をシャラ様用にと仰って。陛下ご自身は、この先のもう少し小さなお部屋へ移られたのです。
陛下には、それほど貴方様が大切だ、ということです。
…えっ?「避けている理由」ですか?それは…。
シャラ様は、誰かを好きになられたことがありますか?
…左様ですか。まだお若いですからな。ハッハッハ!
たぶん、陛下は恋をなさっているのだと思います。私は、そう思います。
ただ、こればかりは双方の気持ちが大切ですから。
もしもシャラ様に、陛下へのお気持ちが無ければ、そう仰って下さって構いませんよ。
陛下も、そこまで無粋ではないでしょうから、あらためて城下の屋敷をお与え下さると思います。
ですが、陛下は少々武骨で気が利かぬ所はありますが、実直な御方です。シャラ様が添われるお相手として、決して悪い御方では無いと思いますよ。
…しかし、不思議なものですな。
せっかく、魔法で鎧が解けたというのに、陛下は別の魔法にかかってしまうとは。
人とは、真に不思議なものです。ハッハッハ!
結局。
ルミエールは言いたいことだけ言って、帰ってしまったような気がする。
ずっと見ていた、気にかけていたと言われ、くすぐったいような嬉しさを感じる反面、粟立つような怖さも覚える。
シャラは居間のバルコニーの扉を開けた。生暖かい部屋の中に、風が欲しい。
今まで国王に遠慮して、バルコニーにすら出ていなかったが、穏やかな秋晴れの陽気に誘われ、そっと足を踏み出してみる。
最上階から望む広々とした庭園風の中庭は、花壇と色付く木々で整えられ、城壁に沿って配置された3つの建物を繋ぐ回廊で囲われていた。高い城壁の向こう側に、都の街並みが僅かに覗いている。
城の入口正面に置かれた大きな噴水の中では、男達が水に浸かり、浮いた落ち葉を拾う作業をしている姿が小さく見えた。
「…恋。」
思いがけず唇から零れた言葉は、ゆらゆらと透明な水色の空に昇り、何処かへ消え去ってしまった。昼だというのに、空には場違いな月が懸かっている。
このまま自分も空に舞って、アルテアへ帰りたい、と思う。
だが、ジェイドに確かめて貰ったが、兄王の怒りは家臣達の取り成しで、何とか収まっているようだ。今さら自分が帰って、死刑をやり直したとしても、国は更に混乱するだけだろう。
「そなたも、帰る家を
シャラは淡い月に向かって、そう呟いた。
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