26.-③

 シャラ様の無事を伝える報告の手紙に、陛下が顔を綻ばせるのを見て、私共は手紙の回数を半月に一度から、週に一度へ増やしました。内容も事細かく書くようにと、密偵に指示をいたしました。


 シャラ様が初めて独りで馬に乗ったこと。チェスを習い始めたこと。畑で転び、鼻の頭を擦り剥いたこと。


 まるで、子供の成長を唯一つの喜びとする父親のように、たとえ戦地に居る時ですら、陛下は手紙を待ち望んでおられましたよ。


 しかし、アルテア国王様のご病状が伝えられると、それも一転しました。


 シャラ様の先行きが危ぶまれるとの報告に、陛下は今度こそシャラ様を取り返す、と仰ったのです。


 私共は、何としてでもお止めするしかありませんでした。


 陛下は武力を使うことも辞さないとの意でしたが、戦乱の真っ只中、アルテアへ兵を向ける余力は、我が国には未だ無かったのです。


 陛下のお気持ちを考えると、私も胸が痛みました。


 お考えの末、陛下は竹馬の友であり、最も信頼するジェイドに、自分の代わりにシャラ様を守ってくれるよう頼んだのです。


 ジェイドも陛下のお苦しみは重々承知しておりましたので、快く引き受けました。


 …ありがとうございます。そう仰っていただけると、騎士達もさぞ喜ぶことでしょう。しかし報告の手紙を見ると、騎士達にもシャラ様と過ごした日々は、とても楽しく、意義有るもののようでしたよ。






 さて!時は満ちました。


 この数年、大きないくさも無く、国の体制も固まってまいりました。ようやくシャラ様をお迎えする準備が整ったのです!


 …フッフッフッ!…いや、申し訳ありません。つい、思い出してしまいまして。


 先日、初めて陛下がアルテアへお迎えに行った際、私共は、てっきりシャラ様を連れて帰って来られると思っていたのです。


 ところが帰還のお迎えに出たのに、シャラ様のお姿が見えない。


 私は思わず、陛下に聞いてしまったのですよ。「シャラ様は?」と。


 そうしたら陛下が一言、「負け戦だった…。」と呟くように仰って。


 ハッハッハ!あの悔しそうなお顔ときたら!


 いや、誤解しないで下さい。私は嬉しかったのです。陛下が、あのようにお気持ちを顔に出されたのを見るのは、何年ぶりのことでしょうか。


 ユリウス様も、泣いて喜んでおられましたよ。シャラ様を想う陛下のご様子が、あまりにも情けなかった、と。「ようやく兄上が帰って来られた!」と仰っておいででした。ユリウス様も、ずっとご心配になられていたのだと思います。


 …左様ですか。アルテアでは、普通に笑っておられましたか。


 シャラ様と直接お会いになって、陛下の鋼の鎧は解けたのかもしれませんな。まるで魔法か何かのように。

 





 申し訳ありません。ずいぶん長くお喋りをしてしまいました。


 昔から陛下に「お前は話が長い。」と𠮟られております。


 そういえば!この数日、陛下が大声でお叱りになられるようになりましてね。


 喜ばしいことではありますが、実際に怒鳴られると、もう少し鎧を着て下さっていてもいいかな、などと、つい考えてしまいます。ハッハッハ!


 いや、話が逸れてしまいました。


 申し上げました通り、私も含め、陛下のお側に仕える者は、皆喜んでおりますし、陛下のお心の安寧は、国の安寧にも繋がります。


 シャラ様がログレスで平穏に暮らしていただくことは、私共にも利することですので、どうか何のご遠慮も無く、この城でお過ごし願います。







 「…お話の旨は判りました。」


 シャラは言葉を選んだ。


 「しかし、それは僕自身とは、何の関わりも無いように思えます。上手く言えませんが、国王様は『手紙の中の僕』を大切にして下さったのであって、『現実の僕』とは違うのではないでしょうか?実際、先日お会いした時に、国王様は『思っていた姿と違った。』と仰ったのです。」


 シャラは困ったように微笑んだ。


 「僕を避けておいでなのも、やはり想像したのと違っていたから、後悔していらっしゃるのでは?」


 ルミエールは腕を組んで考え込み、やがてそれを解くと、諦めたように呟いた。


 「実は、また別の問題も生じておりまして。」


 「?」

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