26.-②

 正直に申し上げますと。


 当時のログレスは、アルテアに構っている場合では無かったのです。


 丁度あの頃、南方の国で起きた大規模な干ばつをきっかけに、周辺国一帯がきな臭くなっておりまして。あちらこちらで、紛争が勃発し始めておりました。


 ログレスも、戦火に巻き込まれない訳にはいきませんでした。


 …そうですか。シャラ様の父君も、ご出陣なされたご記憶がおありですか。


 この10年来、この一帯の地図が何度書き換えられたことか!


 …いやいや、ご謙遜を。アルテア国に攻め入る者が少なかったのは、財政や資源のことでは無く、山深い立地によるものだったと思いますよ。


 しかし、アルテア城に最も近いログレスは、シャラ様が居るという理由で攻撃しなかったのですから。


 これも、ご縁というものでしょうな。






 シャラ様は、戦地に赴かれた事がおありですよね?


 …そうですか。実は私も、剣術が苦手でして。


 これでも若い頃には、先代の国王陛下にお伴していくさへ行ったこともあったのですが。早々に自分は不向きだと判りましてね。先代様に願い出て、フィリップ王子の教育係に転任させていただきました。


 いや、戦というのは、恐ろしいものですな。


 敵のものやら味方のものやら。血溜まりには肉が転がり、死にきれぬ者達がはらわたを覗かせながら苦悶の声を上げ…。


 おっと、気味の悪い言い方をして申し訳ありません。しかし、それが戦というもの。 一度ひとたび戦場に出れば、自分がむくろにならないよう、苦手な剣でも振り回すしかないのですが。


 ですが。私には、やはり恐ろしい場所でした。金輪際、御免被りたいものです。


 私は経験していないのですが、城攻めになると、もっと酷いと聞きます。


 …シャラ様も、ご経験がありませんか。私に言わせれば、それは幸いなことでございましょう。武人の方に聞かれたら、𠮟られそうですが。


 城の内部での戦となれば、3日であろうと1週間であろうと続くそうですな。友のしかばねの傍らに眠り、飲み食いしながら、血や腐臭にまみれて戦を続けるそうですよ。


 そんな戦の現実に、時には歴戦の勇者といえど、気をたがえることもあります。「戦の狂気」という名の魔物に捉まった、とでも言えば良いのでしょうか。


 我がログレス国王陛下にも、そんな魔物の手が迫っておりました。






 もともとフィリップ王子は、快活な若者であられました。


 しかし、シャラ様とお会いになられた翌年、16歳の折、ディクソン国との戦で、目の前で父王様を討たれまして。フィリップ王子は、その場で自ら国王の宣言をなさったのです。


 それ以来、陛下の肩には、戦とまつりごとの両方が重くのしかかることとなりました。戦火の嵐が吹き荒れた時期です。戦の指揮を取りつつ、拡がる一方の国の政も考えなければなりません。陛下には、休まる暇などありませんでした。


 それに…不本意とはいえ、敵の女子供を手にかけねばならぬこともございました。陛下は元は優しいお人柄。さぞお辛かっただろうと思います。


 日を重ねるにつれ、陛下のお顔から表情が消えました。笑うことも、怒鳴ることも無くなりました。


 私には、陛下がご自身を守る為に、心に鎧を纏ったように思えました。そうしないと、戦の狂気という魔物に捉まってしまう…そんな風に見えました。


 国の為とはいえ、陛下ばかりに重荷を負わせるのは、私共としても心苦しいことでした。しかし、急速に拡大した国を民を統べることが出来るのは、軍神と言われた「獅子王様」しか居なかったのです。


 陛下は、ただ淡々と心の鎧を厚くしながら、国の為に戦い続けて下さいました。

 





 ですが。


 そんな陛下のお顔が唯一、和らぐことがありました。


 それが、アルテアからの手紙だったのです。

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