21.


 「お気に召さない物がありましたら、何なりとお申し付け下さい。」


 「足りない物は、いつでもご用命下さい。」


 丁寧な口調とは裏腹に、贅を凝らした各室を案内するたび、誇らしげに胸を張る侍従長の男。シャラは、敢えてその言葉に甘えることにした。


 「あの…部屋を替えて貰えぬだろうか?」


 侍従長は、口を開けたまま凍りついた。付き添っていたユリウスとルミエールも、驚いて言葉を飲む。


 ややあって息を吹き返した侍従長は、頭から突き抜ける声で叫んだ。


 「何を仰るのですか!? ここは、先月まで王様のお部屋だったのですよ!? ここより広く豪華な部屋など、この城にはありません!」


 侍従長は青い顔をして、頭を抱える。


 「陛下から厳命を受けてご用意したのに…。お気に召さないとは…。」


 身悶えする侍従長に、シャラは慌てた。


 「そうではない!もっと質素な部屋で良いのだ!」


 「へっ?」


 シャラに付いて来た騎士達が笑いだした。


 「確かに!アルテアのお部屋は狭かったですね。シャラ様なら、この控えの間だけで充分暮らせそうだ。」


 リュークがそう言ってくれたので、シャラはホッとした。


 「そうなのだ。この高そうな絨毯を踏んで暮らすと思うと、落ち着かない気分になる。」


 「シャラ様のお部屋には、絨毯なんて贅沢品は無かったもんな!」


 賑やかに笑い合う騎士達に、ユリウスは

「なるほど。」と納得したが、侍従長は青筋を立てた。


 「これは、陛下が『シャラ様の為に』と特別にご用意されたお部屋です!ご不満はありましょうが、広過ぎるのは我慢して下さい!」


 「…判った。」


 置いて貰う身とあって、シャラは渋々承諾した。


 だが、シャラはすぐに自分の勘違いに気付く。


 「こちらが主寝室でございます。」


 そこには、大男のジェイドが3人寝てもまだ余る程に大きなベッドと、壁際に金糸・銀糸を使った織物の張られた2人掛けのソファとテーブルが置かれていた。


 ここはシャラの為の部屋ではない。王が夜を過ごす、王の為の部屋なのだ。自分は家具や置物といった、部屋の一部に過ぎない。シャラの頰が熱くなった。


 「では、今宵はこれにて。」


 笑顔で辞そうとするユリウスをルミエールが慌てて止める。


 「ユリウス様!肝心なものをお忘れですよ!」


 ルミエールに指摘され、ユリウスが苦笑する。


 「そうだ、一番大切な物を忘れていた。」


 案内された小部屋は、扉に大きな錠前が掛けられていた。


 ユリウスはポケットから鍵を取り出して扉を開けると、シャラを促した。


 「これは!?」


 中に入ったシャラは驚いた。室内に置かれた棚には何本かの剣やナイフが飾られ、ユリウスの開けた引き出しには、指輪やネックレス等の宝石が入っていた。これらは全て、シャラの父母の形見の品だ。


 「ジェイド、どういうことだ!? そなたに頼んで、知り合いの商人に売って貰ったはずだが!?」


 シャラの口調が、きつくなる。


 「申し訳ございません。ご両親様のお形見を売り払うのは忍びなく、密かにログレスへ渡し、金を用立てて貰いました。」


 ユリウスが口を添える。


 「シャラ殿が直接、兵や民に渡した物も、後で私共の手の者が買い取りに行ったのですが。中には『シャラ様から戴いた物だから、家宝にする!』と、売るのを拒む者もおりまして。無理に取り上げるのは、シャラ殿のご意志に反すると思い、入手を諦めた物もあります。全部集められず申し訳ありませんが、どうぞお受取りを。」


 そう言って部屋の鍵を差し出されたが、シャラは拒んだ。


 「受け取れません!僕は既に代金を頂戴しております。お金を払ったのはログレスですから、これは御国おくにの物です!」


 強い口調に、ユリウスが困っていると、ルミエールが取りなした。


 「では、これは陛下からシャラ様への心からの贈り物とお考え下さい。お断りになるのでしたら、直接、陛下にお返し願います。」


 そう言われて、シャラはやむなく部屋の鍵を受け取った。


 「僕はまだ、国王様に助けていただいたお礼を申し上げておりません。お目通りは出来ますか?」


 ユリウスとルミエールは、顔を見合わせた。


 「今夜はゆっくり休め、とのことでしたから、明日で良いのでは?」


 2人の空笑いに、シャラは眉を顰めた。


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