20.

 「なんと美しい!」


 馬車の窓から身を乗り出したシャラは、思わず歓声を上げた。


 緩い下り坂を駆ける馬車の先には、ログレスの都が広がっている。太陽は望む山脈やまなみの背に、橙色の帯を僅かに残すばかりとなり、家々に灯る明かりが宝石を散らしたかのようにキラキラと輝いている。その中央の丘には、2つの塔を持つ巨大な王城が、暗い影となって都に君臨していた。


 シャラはもっと眺めていたかったが、「危ない!」と騎士達に席へ引き戻されてしまった。


 「ログレス城は、ずいぶんデカくなったものだな。」


 感心しきりのジェイドの言葉に、ケインが嬉しそうに答えた。


 「3年前に増築したんです!お二人が居た頃より、都も更に賑やかになってますよ!」


 ジェイドとリュークは頷いていたが、シャラは今日何度目かの「すまない…。」という言葉を呟いた。


 騎士達は慰めてくれるが、彼らが何年もの間、故国を離れねばならなかったのは、自分が原因だ。


 「本当に申し訳ない…。」


 シャラの憂鬱は、そればかりではない。


 今頃、ログレス王に恫喝され、シャラを逃した兄王が怒り狂っているだろうことは、想像に難くない。


 (怒りの矛先が、民や家臣達に向かわねば良いが…。)


 ジェイドは言葉を濁したが、騎士達の他にもログレスの密偵はアルテア城内に居るようだ。


 どうなったか確かめたいが、既に王族では無いどころか、金で買われた囚人同様の身の上では、思うようにはならないだろう。


 「お前が余計な事を言うから、シャラ様にバレるかと思ったぞ!」


 「すっ、すみませんでした!」


 故郷に帰り、気を緩めたのか、リュークとケインはそんな会話を交わしている。


 「すまない…。」


 シャラは小さく独りごちた。








 (うわっ!これは凄い…。)


 短いトンネルのような城門の中ほどで馬車を降りたシャラは、再び感嘆の声を洩らす。


 城の大きさもさることながら、続く中庭に整然と立ち並ぶ百人ほどの人間に驚いた。


 中庭には煌々と篝火が焚かれ、夜だというのに星も消え失せるほどの明るさだ。


 (ログレス国王のお出迎えとは、こんなに大仰なのか。アルテアとは規模が違う。)


 見回すと、トンネルの終わりで馬丁に馬を預けるフィリップの姿が見えた。


 (先ずは、命を助けていただいたお礼を言わねば…。)


 シャラは騎士達を従え、王の後を追い、中庭に一歩足を踏み入れる。


 「シャラ殿ですね!?」


 いきなり背後から大きな声で自分の名前を呼ばれ、驚いて飛び上がりそうになった。


 振り向くと、満面の笑みを浮かべた若い男が立っている。目鼻立ちが、どことなくフィリップに似ていた。


 「私は国王の弟で、ユリウスと申します。よくぞお越し下さいました。これからは、この城を我が家と思って、どうかゆるりとお過ごし下さい。」


 ユリウスは勝手にシャラの両手を掴み取ると、力強く握り締め、上下に振り回すように握手をしてきた。


 シャラは咄嗟に逃げ出したくなったが、辛うじて堪え、ともかく声を出した。


 「シャラと申します。このたびは、命を救っていただき、ありがとうございました。」


 いやいやいや!と、ユリウスは大袈裟に首を振る。まだ手は離して貰えそうに無い。


 「シャラ殿にお越しいただけたのは、我らにとって大きな喜びです。」


 ユリウスは、ようやくシャラの手を解放した。左手だけ。子供のように手を繋がれながら、居並ぶ家臣達を紹介される。


 「こちらは、将軍のアイザックです。先代の時分から仕えている、歴戦の強者にございます。」


 白髪混じりの顎髭を生やした老将は、シャラに向かって微笑を浮かべ、一礼した。


 「こちらは、内務大臣のルミエールです。昔、陛下の教育係をしておりましたが、今では筆頭大臣として内政全般を取り仕切っております。」


 背が低く、樽のような体型をした赤ら顔のルミエールは、シャラと目が合うと相好を崩した。


 「それと、こちらは財務大臣のー。」


 「ユリウス!」


 鋭い声に、ユリウスはピタリと口をつぐんだ。居並ぶ者達にも緊張が走る。


 「紹介など明日にしろ。シャラは疲れておる。早く部屋へ案内し、ゆっくり休ませろ。」


 「かしこまりました。」


 苦笑しつつ、ユリウスはシャラの手を離し、兄に向かって一礼する。


 (お礼を言わなくては!)


 シャラはフィリップに話しかけた。


 「あの、国王様!」


 だが、フィリップはシャラの声など全く聞こえないかのように、向きを変えて歩み去る。


 (…えっ?)


 戸惑い、立ち竦むシャラにユリウスは困ったように笑いかけながら、城内へといざなった。

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