19.

 馬車はすぐに動きだした。


 一緒にジェイド、リューク、ケインが乗り込んだ。馭者の隣には、マルサスが座っている。


 揺れる体を天井から下がった吊革で支えながら、シャラは騎士達を見つめた。暴れ馬による撹乱から、この馬車に乗り込むまで、余りに手際が良過ぎる。


 「ジェイド…これは一体…?」


 3人は顔を見合わせ、決まり悪そうに眉をしかめた。


 「シャラ様、誠に申し訳ございません。今まで隠しておりましたが、我らはアルテア国の者ではありません。ログレス国王陛下の命にて、シャラ様の警護にあたっておりました、ログレスの者です。」


 シャラは、力無く笑った。


 「まさか…ジェイド、そなたは僕が8歳の時から傍に居たではないか。リュークだって、僕が9歳の時に-。」


 「ええ。シャラ様はご立派になられましたな。」


 目を細め、嬉しそうに微笑むジェイド。


 「…本当に?そなた達は、ログレスの者なのか?」


 「はい。フィリップ様は、ずっとシャラ様のことを気にしておられたのです。先代のアルテア国王様がお体を悪くされた折、シャラ様の身を案じ、密かに私を派遣されました。もっとも、先代様にはすぐバレてしまいましたが。」


 「父上は知っていたのか!?」


 「はい。シャラ様のお側に仕えて1週間も経たない内に、先代様に呼ばれました。『貴様、何者だ?』と。」


 ジェイドは笑みを深める。


 「先代様は、ご慧眼であられた。あの頃、もう病に臥せっておいででしたが、ベッドの上から睨まれて、私も早々に観念せざるを得ませんでした。シャラ様が3歳の時、森でお助けしたのがログレス国王陛下であったこと、リチャード様とシャラ様の今後をとても心配なさっていること、全て正直にお話ししました。」


 さすがにあの時は、もはやこれまで、と思いましたが。そう言いながら、ジェイドは太い首を手でさすった。


 「先代様は、お許し下さった上に、たいそう喜んで下さいまして。不思議に思っていたそうですよ。3歳の子供が、どうやって森から無事に帰って来れたのか。シャラ様に何度訊ねても、『ひとりでかえってきた!』としか言わないから、何か訳があるに違いない、と思っておられたそうです。シャラ様は、フィリップ様とのお約束を守り通したのですね。」


 シャラは頰を赤くした。


 「リチャード様がシャラ様を憎んでおられることは、先代様も案じておられたそうです。自分が死んだら、シャラ様を守る者が居なくなると…。私は、先代様からログレス国王陛下宛の密書をお預かりいたしました。心遣いに感謝すると共に、今後、シャラ様の後ろ盾になって欲しいとのお手紙でした。」


 「父上が…。そんな…。」


 「先代様とご相談し、この件は内密にした上で、シャラ様の警護について私に全権委任していただきました。おおやけにもシャラ様を守りたいと、ログレス国との条約締結をお望みでしたが…残念ながらそれは叶いませんでした。」


 「そうか…。僕だけが知らなかったのか…。僕だけが何も…。」


 シャラは、自分が酷く卑小に思えた。こんなにも多くの人達に守られていたことなど、何も知らなかった。出来ることなら、このまま消えてしまいたかった。


 アルテアの反撃を懸念して騎士達は渋ったが、シャラは頼み込んで馬車の窓を開けてもらい、そこから少しだけ顔を出した。


 疾走する馬車の前後をログレスの騎馬隊が守っていた。その先頭に、旅装の獅子王の姿が小さく見える。


 山道に入り木々が開けてくると、眼下遠くに、色づく秋のドレスを纏った白亜のアルテア城が見えた。


 シャラは、二度と見ることの無いであろう、美しい故郷の景色をしっかりとその目に焼き付けた。

 




【アルテア編・完】


ログレス編へ続く。

 

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